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7....

 車を走らせることおよそ二十分。郊外の寂れた風景から一転して、都会らしいビル群と見慣れた3D広告が出迎えてくれる。


 この街へ来た頃には目を奪われ続けた光景だったが、時間が経つにつれて新鮮味が薄れ、電車の吊り広告くらい目に入らなくなってきた。


 ガブリエルの車は見慣れた自警団本部の駐車場へとやってくる。


 そして車から降りてエレベーターへ。この小さな機械の箱によって運ばれる先には、ガブリエルの職場である16階が待っている。


 ガブリエル自身そこまで緊張した様子はない。いつもと同じひょうひょうとしてエレベーターに乗っている。だけど、俺は彼女のようにはできなかった。


 元はと言えば、彼女がここへ呼び出されたのは俺のせいだ。これでガブリエルに不利益を被ってしまう結果になったら。それもこの職を失うようなことになったら。そう考えるとどう詫びていいのかわからなくなる。


 「まだ自分のせいだとか思っているのか?」


 ガブリエルの声がふってくる。目を向けてみると、赤い瞳が俺をじっと見つめていた。


 「あ、いや……その……」


 「気にするなって言ってんだろ。これはリュカ坊のせいじゃねぇ。運が悪かっただけだ。あんまり自分を追い込みすぎんな」

 

 ガブリエルの手が俺の頭に乗せられる。そしてガシガシと俺の髪をかきむしる。指と指の間に俺の髪が絡んだで引っ張られ、毛根がきしむきしむ。


 「痛い……痛いですって」


 ガブリエルの手を持ち上げながら、もう片方の手で痛む箇所をさする。


 「何、最悪職を失ってもどうにかするから安心しろ。お前が気に病むことじゃあない」


 ガブリエルがそう言った丁度その時、チンと甲高い音とともに自動扉が開いた。ひょいと顔をエレベーターの外に向けると見知った女性が立っている。アマンダだ。


 「勝手なことをしてくれたみたいね」


 腕組みをしてわざとらしげにため息をつく。顔には笑みを浮かべているけど、目は全く笑っていない。


 俺は内心焦ったけど、ガブリエルは対して気にもとめていない。俺から手を離すとエレベーターから進みでる。


 「知的好奇心に突き動かされただけだ」


 「そのせいで部長に大目玉くらわされるんだから、仕方ないわね」


 「危険を顧みないと得られるものはない。昔から言うだろ。私はそれを実践したまでだ」


 「呆れた。まぁ、せいぜいクビにならないことを祈るのね。貴女が怒られている間、リュカくんの面倒は見てあげるわ」


 「なんだ、気がきくじゃないか」


 「それが私の取り柄だもの」


 アマンダはそっと俺の手を取ると、控え室の方へ連れて行く。


 断る理由は一つもないけれど、あまりにいきなりだったから、少しだけ戸惑ってしまった。だからかどうかは分からないけど、俺の目は自然とガブリエルの方を向いた。


 「あんまりリュカ坊を困らせてやるなよ。人さらいみたく見えるぞ」


 苦笑を漏らしながら、ガブリエルが言う。


 彼女の言葉が気づきをもたらしてくれたのか。アマンダは俺の方を見ると、申し訳なさそうに手を離してくれた。


 「ごめんなさいね。ちょっと頭に血が上っちゃってたみたい」


 「いや、別に平気ですよ。ちょっとだけ驚いただけで」


 取り繕うようにだけど、俺は頬をぽりぽりとかきながら言った。


 先ほどまではアマンダの顔には眉根を寄せて、苛立ちを隠そうともしていなかった。でも、ガブリエルの言葉でちょっとだけ抑えられたようだ。


 「珍しいな。お前の頭に血がのぼるなんて」


 「誰かさんのせいで捜査会議から抜け出してきたからね。全く。こんな忙しい時に手をわずらわせてくるなんてね」 


 「それはご苦労なことだな。捜査はどこまで進んだんだ?」


 「外されている人には、教えられないわ」


 ガブリエルの言葉に思うところがあったのか、アマンダはムッとして情報を話そうとはしない。


 「そうかい、そうかい。それは残念だな」


 しかしガブリエルは気にしたそぶりもなく言うと、手をひらひらとさせてその場を去って行った。


 ガブリエルのあとを追いかけるのは、アマンダの放ったため息。深い深い息の中に、ガブリエルに対する苛立ちと呆れが大いに含まれていた。


 「……行きましょう」


 改めてアマンダは俺に顔を向けて言った。


 俺を安心させようと、頬をわずかに歪めながら。そして、今度は無理に俺の手を引くことはしなかった。


 行く場所はとうにわかっている。


 エレベーターから目と鼻の先。いつものあの控え室だ。自動ドアの先にある見慣れた室内に、実家のような安心感さえ感じてしまう。


 「あの人が帰ってくるまでは、ここにいましょう。勝手に出歩く心配はしていないけど、一応心配だから私もここにいるわ」


 「わかりました」


 俺がソファに座ると、向かい側にあるソファにアマンダもどかっと座る。そして天井を仰ぎ見て深いため息をこぼす。


 だいぶ疲れが溜まっていたようだ。仕事の疲れか。それともガブリエルとの会話によるものなのかは俺には分からないけど。


 それからは言葉をなくした部屋に沈黙が広がっていく。


 静かな時間は気にならなかったけど、なんとなく重苦しい雰囲気に息遣いだけがえらく聞こえてくる。


 「ねぇ。ガブリエルと何をしていたの?」


 俺に顔を向けたアマンダが、何気なく言った。


 しかしこの単純な質問に対して答えはなかなか難しい。正直に言ってアマンダから怒られても嫌だし、俺が言ったせいでガブリエルが攻められてもいやだ。


 よりうまい嘘をつかなければならないが、かといっていい答えなんて思いつかない。


 「……え?」


 だから俺は咄嗟に聞こえなかったふりをした。これでアマンダの質問をなかったことにできたらどんなによかったか。


 「あくまでとぼける気ね。全く」

 

 しかし、当然ながらそんなことはアマンダの気は治らない。髪を掻きながらアマンダはすっと立ち上がる。


 「とぼけられると余計に気になっちゃうわね」


 そう言いながら、アマンダは俺に詰め寄ってくる。俺はどうにか逃げようと腰を上げかけた。けど、アマンダの手が俺を押さえつける方が早かった。


 「はっきり言ってしまった方があとあと楽だと思うけど?」


 「あ、はっはっはっ……」


 俺の乾いた笑いにつられるように、アマンダの頬がゆっくりと釣り上げられる。だが、上がっていく頬とはうらはらに、彼女の目は色をなくして冷たい視線を俺に向けてくる。


 今日ほどガブリエルと別れたことを後悔した日はない。早く戻ってきてくれと思いながら、俺の背中は冷や汗で濡れていた。

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