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6....

 サイレンの音を響かせて、消防の車が対向車線を走り抜けて行く。


 そのあとを救急車と自警団の専用車が続いていく。


 窓の向こうに流れていく車たちに俺は内心ヒヤヒヤしていた。特に自警団のロゴが入ってた車が通ったとき、思わず息を止めてしまったくらいだ。


 幸いガブリエルの車に気がつくことなく、自警団の車はアパート群の方へ行ってしまった。


 「危なかったな」


 そういうガブリエルは、楽しげに頬を緩ませている。


 「危なかったなじゃないですよ。もしかしたら、死んでいたかもしれないんですよ」


 「だが、私もリュカ坊もこうして生きているじゃねぇか。何にも問題はないさ」


 「ですけど……」


 「終わったことに一々気をもむな。それよりもだ。これからどうするかを考えねぇと」


 ガブリエルのいうことはもっともだ。


 せっかく手に入れた手がかかりも無くなった今、捜査は振り出しに戻ってしまった。しかも、今度は調査をどこから始めていいかも分からない。


 リーコン社にもう一度資料を見せて欲しいと言っても怪しまれるだけ。一度目はなんとか事情をつけて見せてもらえたけど、二度目ともなればガードは固くなるだろう。


 それにだ。一度目の嘘もバレてしまう危険もある。容易にもう一度行くのは無理がある。


 最後の手段として親子の面会の場を作り、奴をリーコン社から出させる方法は残ってはいる。だが、これも母親役を誰にするかという問題はもちろんだが、俺はラリー・ザモアに顔を知られている。


 仮にうまく奴を表に出させたとしても、俺の顔が知られている以上、すぐに母親はバレてしまうに決まっている。


 奴に忘れられているというわずかな期待はあるものの、わずかすぎて賭けにもならない。


 俺の手札は切られ、得られたものといえば、アリョーシをさらった男がリーコン社にいるということ。


 アリョーシの居場所は相変わらずわからないまま。死にかけたにしては結果はかんばしいものではなかった。


 手がなくなり、途方に暮れていると、ガブリエルのスマホが震えた。


 「私だ……」


 ガブリエルがハンドル片手スマホを耳に当てる。


 「……わかった。これから向かう」


 そういうとスマホを耳から離し、助手席に放り投げる。


 「すまんが、これから自警団の方へ向かわなけりゃならなくなった」


 「何かあったんですか?」


 「いや、何かあったわけじゃないが。ちょっと面倒なことになった」


 ハンドルを左に切り、信号を左折する。そのおかげでガブリエルの言葉が途切れる。


 「私たちが独自に調べていたことが、お上(・・)の耳に入ったらしい」


 途切れた言葉が繋がった時、事態は嫌な方向に転がったように思った。


 「お上(・・)って、上層部ってことですか?」


 「ああ。どういう経緯で知ったのかは分からないが、直々に呼ばれちまってな。相手は部長一人だってことだが、お小言の時間が待っているとなると、なかなか憂鬱になるな」


 頭を掻きむしり、ガブリエルの口から露骨なため息が溢れる。


 「すみません。俺のせいですよね」


 「なんでリュカ坊が責任感じんだよ」


 ルームミラー越しにガブリエルが俺を見てくる。


 「だって……」


 「今回のことは運が悪かっただけだ。どこかに目が光っていたに違いない。それか、さっきの自警団車が私の車に気がついたのかだろう。……いや、待てよ」


 なんの気なしに喋っていたガブリエルだが、自分の言葉に思うところがあったのか、笑みが消えて真剣な顔つきに変わる。


 仕事の顔。刑事の顔。なんと言えば言い表せばいいのかは分からないけど、ミラー越しに見えた彼女の顔はいつにも増して険しくなった。


 だけど、その顔が一瞬だけ緩んだことに、俺は気がつかなかった。


 「なぁ、リュカ坊。こいつは面白いことになりそうだぞ」


 「は?」


 これから怒られに行くというのに、何が面白いというのか。


 ガブリエルが怒られるという行為にある種の興奮を覚えるタチだというなら理解できるけど、これまで一緒に暮らしている限りじゃそんな毛色は微塵もなかった。


 「何が面白いんです?」


 だから、俺はそう聞いた。遠回しに聞いても仕方ないし、単刀直入。真正面から質問をぶつけた方が無駄に頭の労力を使わなくてすむ。


 「私たちの動向が上に知られるのが異常に早いと思わないか?」


 「まぁ確かに早いとは思いますけど」


 「まるで誰かに見られていたみたいだよな?」


 「そうも言えますけど、実際見られていたんじゃないですか? ほら、ガブリエルさん以外にも俺の保護観察をやっていた人がいるとか」


 「いいや。少なくともそんな話私は聞いていない。何人も子供相手に寄ってたかって警備をするのは、返って目立つからってんで、私一人に任せられたんだ」


 車が交差点に差し掛かり、信号が青から赤に変わる緩やかに車を停止線で止めると、ガブリエルが再び口を開く。


 「それにだ。もしさっきの自警団の車が私に気がついたとしても、私たちがあの男のアパートに向かっていたとは分からないはずだ。確認するために私のところへ電話をかけてくるのならまだしも。明らかに断定して上に報告を上げるのは、ちょっとおかしい。そう思わないか?」


 ガブリエルは同意を求めるように、肩越しに視線をやる。


 「カメラで押さられていたんじゃないですか? ほら、町中に監視カメラぐらいいくらでもあるはずでしょ?」


 「なんだ。調べたのか?」


 「道路を走っていれば、いやでも気がつきますよ。街灯とかビルの角とか。カメラらしい球体をよく見かけますもん」


 「よく見てるじゃねぇか」


 意外そうな口ぶりでガブリエルが言う。何もぼうっとしたまま乗っているわけじゃないし、何度もエデンの市街を走っているんだ。いやでも目につくものだろう。


 と内心では思ってみるものの、改まって口に出すことはしなかった。


 「確かにカメラを操作して監視することは可能だ。だが、それにしても早すぎる。車を運転しながらカメラを覗くにしても、時間はかかるものさ。そりゃ、通り過ぎた上に連絡して電話がかかってくるもんじゃない。それができるのは……」


 「ずっと見張っていた奴がいたってことですか?」


 俺がそうたずねると、ガブリエルは頷いた。


 「私たちがアパートに入り、爆発に巻き込まれた現場を押さえていた人間。あるいはリーコン社からずっと私たちを見ていた奴。それか、私とリュカ坊が私のアパートから出かけた時からずっと見張っていた奴。色々考えられるが、そう言う人間が連絡をしたってなら、話は単純なんだ」


 「まさか。だってそれらしい人は見かけませんでしたよ?」


 「そいう事に長けた連中なら顔を見せるなんて真似はしないものさ。もしくは、人間ではない奴の目で見張っていたかだ。やりようによっては、自警団(わたしたち)以外でもカメラを覗くことはできるからな」


 赤が点滅し、信号は再び青に変わる。ガブリエルはアクセルを踏み、車を前進させる。


 「なんにしても、部長に呼ばれている以上は顔を見せなくちゃならない。だが、うまく話を引きずり出せれば、思わぬところから奴らの尻尾をつかめるかもしれんぞ。リュカ坊、楽しみにしとけ」


 そう言うガブリエルの口が不敵に歪んだ。

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