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翌日。朝食を済ませたあと、早速ガブリエルの車に乗り込んで、リーコン社へと向かった。
今日の目的は、ガブリエルの顔を肩書きを使って、リーコン・ロジステックスの従業員名簿を手に入れること。
昨日、男の顔は間違いなく見たけど、もしかすれば見間違いという可能性もないこともない。
名簿には大抵顔写真と住所氏名に性別などなど。種類にはよるが、社員についてのプロフィールが書かれているはず。ならば顔と名前を確認ついでに確かめればいい。
渋滞も少ない時間帯。車の通行はスムーズで、予定よりも早くリーコン社の前に到着した。
駐車場に車を止めて、ガブリエルと俺は会社の中へと入っていく。
「ここで待っていろ」
フロアの中にあるベンチを指差して、ガブリエルが言う。
どうしてだと俺が問う前に、彼女はスタスタと受付の方へ歩いていく。
もちろんついて行こうとしたけど、ガブリエルは来るなと言わんばかりににらんできた。
それまで見たことのないガブリエルの鋭い目つきに、俺はその場にたちすくんだまま、動けなくなった。
俺が動かないのを見て、ガブリエルは満足したらしい。俺から視線をきって、そのまま受付にむかっていく。
ガブリエルが遠ざかっていくことで、緊張も次第にとけていく。
けれど、彼女の後を追って同じ目にあうのは嫌だと、その場でガブリエルの背中を追っていく。
ガブリエルは受付の前に立つと、アンドロイドと何やら話し始める。
俺の場所からでは話の内容まではわからないけれど、アンドロイドは相槌を打ちながら、時折俺の方に視線を向けてくる。
十分ほどガブリエルが受付で粘っていると、アンドロイドはこくりとうなずいて、エレベーターの方を手でさした。
ガブリエルはこくりと頷くと、俺の方へ戻ってきた。
「名簿、見せてくれるってさ」
その言葉を俺の求めていたものだった。
「受付のひとになんて言ったんですか」
「失踪した父親がここにいたのを、昨日お前が見かけた。本物かどうか知りたいから、ここの名簿は見て欲しい。母親からの申し出があって調査に来た。どうか、協力して欲しい。……要約すればしたらこんな感じだ」
なるほど、だからアンドロイドが俺をみたわけか。
さしさわりのない、かといって嘘っぽくも聞こえない嘘。
それに加えてガブリエルの肩書きを見せられれば、真実味は増すだろう。
嘘を使ってということに、少し後ろめたさは感じるけれど、背に腹はかえられない。
ガブリエルの後に続いて、エレベーターに乗り込む。
指定された階は60階。ぐんぐんと登り、パネルの数字がみるみると加算されていく。
ものの数分で60階にたどり着き、自動扉が開かれる。
エレベーターフロアの床にはグレーの絨毯が敷かれ、壁は緑の下地にツタと葉っぱが描かれた壁紙で統一されている。
エレベーターの正面には通路が伸びていて、通路の奥には両開きの扉があった。
ガブリエルは迷うことなくそちらに向かい、扉に手をかけて開く。
中は広々とした部屋になっている。大きな円卓が部屋の中央に据えられ、机の縁にそうように椅子がずらりと並んでいる。
椅子のどれもが革張りで、素人目でも高そうだという印象を持った。
けれど、そんな感想も、目の前に広がる景色に全て奪われる。
一枚ガラスの大きな窓。そこからはエデンの街並みが一望できた。
ビルの窓から飛び出す広告。
ビルの間を進むモノレール。
凸凹とし高さの違う街の建物。
ヘリの中からとは違う、高所からの風景に、俺は思わず息を飲んでしまった。
窓辺によって恐る恐る下を覗いてみる。
そこには豆粒ほどの人間とアンドロイドが通りを歩く姿があった。
窓はちょうどビルの正面を見ているようで、下から見上げた時に見えた展望台は、どうやらこの部屋のようだ。
「名簿は運んでいくから、ここで待っていろってさ」
ガブリエルの声が後ろから聞こえてくる。
目をそっちに向けると、どかっと椅子に座り、足をドカッとテーブルの上に投げ出していた。
「行儀が悪いんじゃないですか。それは」
「反面教師ってやつだ。私はこうするが、お前はこうなるんじゃないぞ」
両腕を組んで後頭部にまわし、背もたれ深くに体を預ける。
「もうしばらくすれば持ってくるはずだ。それまでゆっくり待とうじゃないか」
それにしたって、くつろぎすぎじゃないか。とか考えていると、扉からノック音が聞こえてくる。
「どうぞ」
部屋の主人になったかのように、ガブリエルが扉に向けて言葉を放つ。
「失礼します」
扉から入ってきたのは、アンドロイドと資料を乗せたカートが一台。
アンドロイドが部屋の中に進んでいくと、その後ろからカートが自動的に後を追っていく。
ロボットか何かだとは思うけど、わざわざ訪ねるのも面倒だし、そんな目的でここを訪れたわけではない。
窓辺から離れて、ガブリエルの隣の席に腰をすえる。
カートには20を超えるバインダーファイルが乗せられていた。
アンドロイドはカートから手にとって、ガブリエルの前に積み重ねていく。
「こちらが全従業員の名簿になります。表面にはそれぞれの部署が書かれていますので、判別にお使いください。……坊やのお父さんが見つかるといいわね」
アンドロイドが俺に視線を向けて、そう言ってくる。俺は軽く会釈をしたくらいで、変に表情をかえることはなかった。
変に動揺とか、言葉を使って怪しまれるわけにはいかない。
資料を全てテーブルに置くと、「外でお待ちしております」と言って部屋を出ていく。
「さて、やるかね」
ガブリエルは足を下ろして、背筋を伸ばし、早速資料の一つを手に取る。
俺も彼女に続いて、目の前に積まれた資料を読みにかかった。




