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ガブリエルと夕食を共にした後、早々に部屋に戻って再び作戦をねる。
実際見た目が子供というのは、得にはならない。
映画館とか、アミューズメントパークとかの割引があるくらいで、何かの情報を聞き出すのには苦労するだろう。
まぁ、大人になったからと言って、信用をえるなり証拠を握るなりしなければ、確信的な情報なんて得られないんだろうけど。
なんの肩書きもない。強いて言えばドラゴンと人とのハーフという物珍しい血筋と、人並み外れた身体能力を持っているだけ。
財産なんてものはなく、また住所も森という、いかにも怪しげな所在地だ。
どれだけいい子ぶっても、信用を得るのは難しいだろう。
「……だめだ。こりゃ」
ベッドに体を投げ出して、天井をあおぐ。
白い天井に吊るされた豆電球。オレンジ色の光を放ち、部屋の中を暖かな暖色で包み込んでいる。
昼間の衝撃と興奮からか、眠気が一向にやってこない。
夜中は車の通りもなく、アパートの周辺も随分と静かなものだ。
だからか、神経が研ぎ澄まされて、あらぬ考えが浮かんでくる。
そのどれもがアリョーシに関するものばかりで、なおかつ後ろ向きなことだらけ。
今頃殴られているんじゃないか。
いじめらえているんじゃないか。
何か下世話なことを強いられているんじゃないか。
考えただけで気分が悪いし、ふつふつと怒りが湧いてくる。
もし、そんな目にアリョーシを合わせていたら、必ずそいつらを……。
「リュカ坊、もう寝たか」
どす黒い感情がふつふつと湧き始めた時、扉の向こう側からガブリエルの声が聞こえた。
「いえ、起きてます」
俺がそう返事をすると、扉はゆっくりと開かれて、ガブリエルが中に入ってきた。
シャワーを浴び終えたのか、紺のジャージをきて、首にはタオルをかけている。
「なんだ、その。悪かったな」
「何が?」
「アマンダにお前の素性を調べられたことだ。私が強く止めてれば、変に探られることもなかっただろう」
「いや、別に俺は気にしてないですけど」
「そうか、なら、いいんだが……」
ガブリエルはポリポリとほほ掻きながら、取り繕うようにほほをゆがめる。
ただそれだけを言うために、部屋に来たんだろうか。
夕食の時もどこか俺によそよそしくて、会話もあまりなかった。
元から夕食の時は静かなものだけど、今日はどこか遠慮がちだった印象がある。
「他に、何かあるんですか?」
「……リュカ坊は、本当にドラゴンの子供なのか?」
「そうですけど、アマンダさんから聞いたんでしょ?何を今更」
「ああ、いや。その、なんだ。いまだにアマンダの言葉が信じられなくてな」
「これなら、信じてもらえますか」
そう言って、俺は腕にモヤを宿させる。
もう慣れたものだけど、これを初めて目にしたガブリエルは、目を丸くして俺の腕をみていた。
「……こいつは、驚いた」
ガブリエルはそう言いながら、俺の方に近寄ってくる。
そして、モヤを浮かべた俺の腕をしげしげと眺め始める。
「触っても大丈夫ですよ」
「そ、そうか」
ガブリエルは恐る恐る俺の腕に手を伸ばす。彼女の指が俺の腕をつついてなでる。
「大丈夫でしょう?」
「ああ、不思議なものだ。これもドラゴンの力か」
「俺はそう教わりました」
散々ガブリエルに腕を触られて、少しくすぐったくなってきた。俺はモヤを腕から消して、膝の上に下ろす。
「これで、俺がドラゴンの子だって信じてくれましたか?」
「……少なくとも、人間じゃねぇことは分かったよ」
興奮を冷ますように、ガブリエルは深く息を吐き出す。
「ドラゴンの姿には、変われないんだったか?」
「ええ。残念ながら」
「そうか。色々と事情があるんだろう。深くは聞かんさ」
ガブリエルはそういうと、俺の隣に腰を下ろす。
「なぜ、教えてくれなかった」
「別に、聞かれなかったから。話さなくてもいいかと思ってました」
「……そうか」
俺の答えにふっと頬を歪めて、ガブリエルは笑う。
「森生まれというのも、これでようやく合点がいったな。ドラゴンが街で暮らすわけがねぇ」
「まぁ、そうですね」
アリョーシは昔この街で暮らしていたことがあったらしいけれど、それは言わないでおこう。
アリョーシのことを余計に話して、興味を持たれたりしても面倒だ。
「アマンダから、お前が捜査に関与しないよう見張ってくれと頼まれた」
「そう、なんですか」
どきりとした。
なるべく顔を変えないように気をつけたけれど、もしかしたら驚きが顔に出ていたかもしれない。
幸い、ガブリエルは俺の方を見てはいなかったから、きっと気づかれてはいないと思う。
アマンダから告げ口をするなんて、やけに入念だ。いつもガブリエルの目が光ってちゃ、勝手はできない。
「アマンダの心配も無理はないだろう。お前が勝手をして、危険な目にあうのを嫌っているんだ」
「邪魔されたくないんでしょうね」
「それもあるが、一番は心配だろう。下手に怪我をされても困る」
「でも、怪我を恐れてちゃ、助けられるものも、助けられません」
「それもそうかもしれないが、体をはるのは自警団の役目だ。子供がわざわざ体をはる必要はねぇ。親御さんに傷物の体を見せてぇのか?」
「戻ってこなければ、それもできないですよ」
「まぁ、確かにそうだな」
ガブリエルは面倒臭そうに髪をかいて、ため息を一つもらす。
「……本当なら、私がお前を説得するところだが、そういうのは、私は得意じゃない。殴って説き伏せられるんなら、それをしてやってもいいが、ガキをなぶる趣味もねぇ」
ガブリエルの言葉に少し背筋がぞっとする。
もしあの義手でぶん殴られたら。そう考えただけで冷や汗が出てくる。
「アマンダは私にお前を見張っていろとは言った。だが、お前の行動を制限しろとは言わなかった」
「……えっ?」
「私の目が光っている限りは、お前を見張っていることになるし。なんなら私とともにリーコン社にかちこみかけたとしても、それは見張っていることになる」
「それって、捜査に加えてくれるってことですか?」
「いいや。私はお前の監視を任されて、捜査からは外されてるからそれはできない。たとえ参加していても、民間人を捜査に加えるわけにはいかない」
肩をすくめながら、ガブリエルは言った。やっぱりそう簡単に中を見せるわけがないか。
わかりきっていたことだけど、ガブリエルの物言いに少しだけ期待してしまった。
「部屋でずっとお前を縛り付けてるのも、それをじっと見てんのもつまらねぇし。ましてや隙をみて、お前が部屋から抜け出してしまうことの方が面倒だしな。まぁ、暇ついでにリュカ坊に付き合ってやる。私の肩書きも存分に使ってやってくれ」
「……ありがとうございます」
「感謝される覚えはないさ」
そう言うと、ガブリエルは立ち上がり、部屋をでる。
「今日はもう寝ろ。明日には早速リーコンに調査に向かおう。アマンダ達が来る前に、調べないと変に絡まれる」
「そうですね。よろしくお願いします」
俺はベッドに座りながら、ガブリエルに軽く頭を下げる。
「よせよ。もう寝ろ」
ガブリエルがどんな顔をしているのかわからなかった。彼女の言葉の後、扉の閉まる音が聞こえてきた。
俺は顔を上げて、ガブリエルの消えた扉を見た。
願ってもない助力に感謝をするが、その反面でどこへなりともガブリエルがつきまとうことになる。
気にしなければいつも変わらないけれど、監視という名前がつけばそれはいつもとは大きく変わる。
日常にあって非日常になる。
けれど、ガブリエルの肩書きは魅力的だ。彼女を存分に使えるのであれば、子供でありながら、情報を手に入れることができるだろう。
考えを巡らせるのは、一旦終わりにしよう。あとのことは明日になってから考えればいい。
俺は毛布を被りベッドに横になる。頭の中をからにして目を閉じれば、闇が俺を飲み込んで、深い眠りへと誘ってくれた。