1....
俺が車に乗り込んだあと、アマンダが遅れて乗り込み、車を発進させる。
「ねぇ、何があったのよ」
運転をしながらも、アマンダは俺の変化に少し戸惑っているようだった。
それもそうだと思う。リーコン社から出た後も黙ったまま決め込んで、自分の目で見たものを飲み込むのに一生懸命になっていた。事情は車の中で話すとか言っていたくせにだ。
「……あのリーコン社に、見たことのある男がいたんです」
ようやく頭の整理がついたころ、俺は重い口を開いてアマンダに話し始めた。
「何、知り合いでもいたの」
「知り合いなんかじゃありません。知り合いたくもなかった」
苛立ちと逃げ帰ったみたいな自分の不甲斐なさを、つい言葉と一緒に声に出してしまう。
「そう……。じゃあ、誰を見たの」
アマンダは戸惑いながらも、俺に話の続きを促してくる。
「奴は、あの男は。母さんをさらった連中の一人でした」
「……何、犯人の一人がいたってわけ?リーコンの社内に?」
「ええ。間違いありません」
「見間違いとかじゃなくて?」
「見間違うわけがない!あいつの顔を……。間違えるもんか……」
動揺がかえって興奮を呼び起こすことになった。俺は声を荒げてアマンダにどなり散らしてしまう。
すぐに落ち着いたけれど、恥ずかしいところを見せてしまった。
案の定、アマンダは面食らったような顔をしている。
「すみません。声を荒げてしまって」
「ううん、いいの。こっちこそ、疑うようなこと言ってごめんね」
「いいえ。そんな。謝るのはこっちのほうなのに」
「親がさらわれて、人相の一致する男を見かけたんだもの。そりゃテンパっても仕方ないわよ」
それはひどい言いがかりのように聞こえたけれど、アマンダは俺が何か言う前に話を続けた。
「でも、それだとリーコン社が嘘を言っていることになるわね」
片手で顎をさすり、アマンダは思考を巡らせていく。
「関係ないとか言っておいて、しっかり関係している。それは会社全体でかくしていることなのか。それともどこかの一部社員だけが関わっていることなのか。どちらにしても、これは調べがいがありそうね」
眉間にしわを寄せながら、それでもアマンダはどこか楽しげにほほを歪める。
こう言うのを血の気が多いと言うのかはわからないが、短い間でどうやらこのアマンダは、捜査となるとこういう顔をするらしい。
「帰ったら人員集めて作戦立てなくちゃね。もし、リュカくんの言うことが本当であれば、大捕物になりそうな気がするわ」
アマンダはアクセルをふかし、意気揚々と道路を走る。
「お母さんも、すぐに見つけてあげられるかもしれないわね。期待して待ってなさい」
そう言って、アマンダはペシペシと俺の頭を叩く。
それに反応できるほどの余裕があればよかったけれど、俺は憮然としたまま、窓の外を眺めていた。
男の居場所はわかった。けれどアリョーシの居場所はわからないままだ。
さらった連中の仲間を見つけただけでも前進したけど、あいつらが簡単に口をわるはずがない。
のらりくらりと質問を交わして、雲隠れするに違いないんだ。
捜査に関していえば、素人の域をでない。
せいぜい知っているのは、ドラマの中で演出された捜査の方法もどきみたいな奴だ。
演出のために色々誇張されているだろうから、あてにはならない。
そこは、プロであるアマンダやガブリエルたちに任せるのが一番だろう。
下手に俺が出張って現場を混乱させてしまうことこそ、一番ダメなパターンだ。
だけど、それがわかっていても、じっとしているなんてことはできない。
せっかく手の届くところにアリョーシの影があるのに、指をくわえて待っていることなんて、そんなのはあんまりだ。
「自分で調べてやろうとか、思ってないでしょうね」
「えっ……?」
まさか俺の顔にでてたのだろうか。アマンダが見透かしたかのように、そんなことを言い出した。
ここですぐさま否定でもすればよかったか、しかし、頭がそこまで巡らず、たじろぐばかりだ。
「無理もないけど、あんまり首をつっこむのもどうかと思うわよ。あなたのお母さんを思う気持ちは、別に否定するつもりもないけどね。でも、かえって君の行動が、お母さんの首を絞めることだってあるんだから」
ハンドルを左に切りながら、アマンダの口は動き続ける。
「それにあなた一人ができることは、何もないわ」
「でも、そんなのはやってみたいと……」
「分かるのよ」
確信した断言がアマンダの口から出てきた。
「子供にまともに取り合おうなんて大人はいないし、ましてや自分たちの秘密を明かそうなんてバカはいない。いたとすれば、頭のラリったジャッキーか、頭のネジのゆるい馬鹿よ」
そう言われてしまえば、否定はできない。
子供に情報を話してしまうような奴なら、とっくの昔にアリョーシは自警団か誰かに見つけているだろうから。
「まぁ、協力してほしいことがあったら、こっちからお願いするわ。それ以上に何かしようとは思わないこと。いい?」
「……はい」
「よろしい」
アマンダはハンドルから片手を外すと、俺の頭にのせる。
「あなたが危険な目にあうのなんて、お母さんはきっと望んでいないと思うわよ」
「そうかも、しれませんね」
歯切れの悪い答えをしてしまったかもしれない。
けれどアリョーシの気持ちなんてアマンダがわかるわけもないし、かと言って俺がわかるということもない。
ただ、親として子を思う気持ちは、俺にもわかる。なにせ、俺にも子供がいたから。危険な目になんて合わせたくない。たとえ、自分の身が犠牲になろうとも、子供だけは守ろうと思う。
だが、だけどだ。
たとえアリョーシがそう思っていたとしても、俺はその想いには従えない。目に見えない想いなんかに、邪魔されてたまるか。
それに俺は子供の姿をしているが、中身は身勝手なおっさんだ。生きるのが辛くて、死に逃げたどうしようもない人間だ。
そのどうしようもない人間が、何かの間違いでこんな子供に生まれ変わって、なんの因果か記憶まで忘れずに持っている。
転生しただとか、そんな宗教じみたことを信じるつもりはコレッポチもない。
だけど、もし。もしも俺のこのちっぽけな命に意味があるとすれば、それは、俺を守るために体を張った、アリョーシを救うことにある。そして、願うことなら、アリョーシと共にもう少しこの世界で生きてみたい。
最後のは俺のわずかな願いだ。歩ける体を手に入れて、見るはずのないものを見て、出会うはずのない人と出会い。まるで夢でも見ているような街を歩く。
この世にいるはずのない人間にとっては、贅沢な夢を見させてもらっている。
だから、もう少しだけ、アリョーシとこの夢の続きを見られるのなら。
たとえ四肢がなくなり、死の淵をさまようことになっても、構いはしないんだ。
アマンダは俺がそんなことを思っているとは、つゆほども知らないだろう。
大人しくなった俺をみてから、アマンダははしつこく言うことはなかった。
自警団の本部へと向かう道中、なけなしのひらめきに頼って、考えを巡らせていく。
どうやって調べていくか。どうやって自警団の手に入れた情報やリーコンの情報を手に入れていくか。
それがすぐに思いつけばよかったが、自警団の駐車場に車がさしかかっても、いい考えは思い浮かばなかった。