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9...

 「どうかしましたか、隊長」


 男を心配して、彼の部下が扉を抑えながら声をかける。


 「いや、何でもない」


 「お早くお願いします。中でお二人がお待ちになっておりますので」


 「わかっている。そう急かすな」


 男はそう言いつつ、部下の開けた扉から部屋の中に入る。


 そこは応接室のようなつくりになっている。


 部屋の奥には一枚ガラスがはめられた大きな窓があり、そこから日差しが照りつけている。


 茶色の壁には浜辺を写したモノクロ写真がかけられている。


 部屋の中にはソファが向かい合わせに二つあり、ソファに挟まれるようにして、高さが膝くらいのテーブルが一つ置いてある。


 ソファには二人の男が座っており、紅茶をすすりながら談笑していた。


 「お待たせいたしました」


 部屋に入った途端、男は二人に向かって頭を下げる。


 「何、それほど待った覚えはないさ。なぁ、ロベルト」


 恰幅のいい男性が、かっかっかと笑いながら隣の男性へ言葉をかける。


 何を隠そう、この男こそリーコン・ロジステックス社社長。アーロン・ロドリゲス本人だ。


 アーロンの隣に腰掛けていたのは、ロベルト・モーガン。わずか32歳にして社長の右腕を任せられている有望株だ。


 茶髪の髪は綺麗に整えられ、襟足やもみあげは刈り上げられている。藍色の瞳でフレームの薄い眼鏡越しにアーロンを見ながら、軽い会釈を彼に返している。


 「アーチャーくん、そうかしこまらずにこっちにかけてくれ」


 アーロンは手で向かいのソファを指しながら、男、アーチャーにソファにかけるように促す。


 「はっ」


 アーチャーは頭をあげると、アーロンの言葉に従い、ソファにこしかける。


 「それで、警備部門にもう少し予算をあてて欲しいということだったかな?アーチャーくん」


 「ええ。そうです」


 淡々と、感情を感じさせない声でアーチャーは語る。


 アーチャー、本名レイ・アーチャーはリーコンの警備の総括を任されている。傭兵として多くの部下を率いて戦争や内紛で戦闘した経歴を持ち、その実績を買われてリーコン社に雇われた。


 部下からは『隊長』と呼ばれているが、これは傭兵時代の名残からきている。


 「今の装備でも十分だと私は思っているんだが、違うのか」


 アーロンは少し前のめりになったアーチャーに尋ねる。


 「今でも十分な装備をいただいているとは思っています。H&K XM8にTDI Vector、WA 2000にスタンロッド。傭兵時代には使ったことのないような代物まで使わせてもらっているわけですから」


 「ならば、問題はないはずだが」


 「ですが、それも今のままであればの話です。新たに施設を増設させ、クローン・ドラゴンももう一種これから新たに育てる方針ではないですか。研究に力を注ぎ、存分に資金を投じていくことに我々もなんら異論はありません。ですが、警備に当たるわれわれにも、もう少し予算を使っていただきたい」


 「うむ……。なるほど、確かに」


 自慢の白いひげをなでながら、アーロンがうなる。


 「だが、だとしてもきみたちの実力があれば、現状の装備でも十分仕事をこなせるのではないかね?真に実力のあるものは、使う道具を選ばない。そう聞くがね?」 


 「信頼を置いていただいていることは、感謝いたします。ですが、たとえ使う道具を選ばないといえ、性能のいいものを使わないという手はありません。より良い装備の方が、より高いパフォーマンスを生むことができるかと」


 「ふむ。そういうものかね」


 「そういうものです。それに現状の銃ももちろん性能はいいですが、ドラゴンの鱗を貫くほどの性能はありません。人間の姿にでもなっていない限り、実弾仕様の銃で殺すことは難しいでしょう」


 「まるで、ドラゴンを狩ったことがあるような口ぶりだな」


 「傭兵時代にドラゴン狩りをしていた連中と知り合いだったもので。そういうことも聞き及んでいただけです」


 平然と表情を変えることなく、アーチャーが言葉を続ける。


 「ここで育てているドラゴンもいつ暴れだすか分かりません。ドラゴンの種類を増やすと言うのであれば、その可能性はより高まりましょう。レーザーライフルやロケットランチャー等の武器があれば、万が一ドラゴンが暴れて脱走するようなことになっても、対処はしやすいでしょう」


 アーチャーからの言葉に、アーロンは腕を組んで思考を巡らせる。


 「君の言い分もわかる。最上を思いつつも最悪を考えて対応していかなければならないこともね。だが、私たちは軍隊でもテロ組織でもないのだ。へんに装備を整え、市民たちに恐怖を与えるようであってはならない。ましてや、恫喝や殺人などの犯罪に使われるようなことがあってはならない。それは、君だけでなくこの会社の信用にも関わってくる」


 「もちろん、その点は重々承知しております」


 「本当にそうなら、いいのだがね」


 アーロンがため息交じりに言った時、彼のポケットから発信音が聞こえてきた。


 「ああ、私だ」


 ポケットからスマホを取り出すと、おもむろに耳に当てて通話を始める。


 「わかった。すぐにいく」


 そうとだけいうと、短い通話を終えて立ち上がる。


 「すまないが、あとはロベルトに話してやってくれ。これから所用でなければならない。予算を引き上げるかは、ロベルトの報告の次第を聞いてから検討しよう。ロベルト、あとは頼む」


 「お気をつけて」


 ロベルトの言葉に返事こともなく、アーロンは部屋を後にする。


 遠ざかる靴音が扉の壁の向こうから聞こえてくる。やがて、それが聞こえなくなると、ロベルトがおもむろに口を開いた。


 「社長もああ見えてお忙しい。会社にどっしりと構えていればいいものを、率先して自ら動きたがる。まぁ、そのおかげで会社の知名度も上がっている面もあるが。会社としてはもう少し落ち着きを持ってもらいたいところだ」


 「装備の件、本当に考えてもらえるのだろうか」

 

 「無論考えるとも、銃の扱いやその危険性については、君の方が私たちより詳しいだろうし、何より私たちの事業にはより注意と警戒が必要だ。万が一の事態を考えて、武装を整えるのは必要不可欠。そこのところは私の方からうまく社長に伝えておこう」 


 メガネをクイと持ち上げて位置を戻し、ロベルトの目がアーチャーを見る。


 「それよりも、彼女(・・)はどうしている」


 「おとなしく眠っています。最初は暴れていましたが、麻酔を打てばおとなしいものです」


 「さすが我が社の麻酔だ。効き目は抜群か。だが、おとなしいからと言って、くれぐれも怪我だけはさせないでくれ。それに、ペット(・・・)にするのもだめだ」


 「信頼のおける部下に見張りをさせていますから、その点は問題ありません」


 「それは何よりだ」


 ロベルトは背もたれに深く体を預ける。


 「事業を続ける上で、金は避けられない障壁だ。理想の前には現実が立ちはだかるのが常だ。これも社長のため、ひいてはこの会社のためになる」


 ロベルトはテーブルに置いたカップを手に取ると、残り少なくなった紅茶を一息に呑み下す。


 「顧客(ゲスト)が集まり次第、ショーは開く。それまで警戒は厳重にしておけ。それと、くれぐれも社長には気づかれるな」


 「ええ。わかっています」


 アーチャーからの返事を聞くと、ロベルトは満足げに頷いてみせる。


 そしてカラになったカップをテーブルに置く。そして、ソファから立ち上がる。

 

 「滅ぶべき種の存続。人間の手で崩壊寸前まで追い込んだ、太古の時代(ロスト・ワールド)の再現。それを目指した事業によって、守るはずの種を食い尽くしていたと知ったら、社長は一体何を思うんだろうな」


 窓辺に歩み寄りながら、ロベルトは独り言のように言葉をつむいだ。


 正直、アーチャーには興味のない話だった。彼が唯一興味のあるものは金だけ。信じているのも金だ。それ以外の感傷や思惑など、知ったこっちゃなかった。


 金が支払われる限り、彼にとっての正義は雇い主にあり、正義のために体を張って雇い主の守り、思惑に加担する。


 あるのはたったそれだけの、実にシンプルな考えだけ。それだけあれば、あとのことはどうでもよかった。

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