8...
地下の研究施設を後に俺たち参加者は、最後に事業紹介の映像を見せられた。
映像からわかったのは、リーコン・ロジステックスはドラゴン研究の他に医療や介護にも力を入れているということ。
元々はそういった医療系の事業を専門にあつかっていた会社のようで、およそ20年前からドラゴンについての研究を始めていたらしい。
研究の発起人は、アーロン・ロドリゲス。当時はドラゴンについて研究しているのは、彼一人で、支援も少ないなか懸命に研究を続けていたらしい。
そして、近年になってドラゴン保護の動きが活発になり、プロジェクトがより活発になっていった。と、大まかに経過を編集した映像が流されていく。
事細かに経過を説明していったら、1日あってもたらないんだろうなぁ。と素人ながらに映像から察してしまう。
しかし、20年というのは長いように思うけど、たった20年という言い方もできる。
20年という間でドラゴンのクローンを作り、人口的に卵を孵化させ、さらにはドラゴンの子供を育てている。
そこまでたどり着くのに、20年という間に成功しているんだから、すごいことだろう。
それは社長さんの熱意によるものか、それとも社員たちが優秀だったからか。どちらもあったからということもあるかもしれない。
会社映像のため内容は淡々と進み、ホログラムが終わればエレベーターに乗り込み1階に戻る。
「クローン・ドラゴンの作成方法ですが、企業秘密となっておりますので申し訳ありませんがお伝えすることはできません。ですが、もしご興味が湧いたのであれば、ぜひこのリーコン・ロジステックスへの就職を。お子様たちが将来ここで私たちと働くことを心待ちにしております。そちらにいるお若いお二人も、ぜひ挑戦してみてくださいね」
冗談めかしにマリアがそういうと、参加者、特に大人が朗らかに笑ってみせる。
和やかな空気をそのままに、一時間と少しのツアーはこうして幕を下ろした。
最後におみやげとばかりにリーコンの企業ロゴのはいったキーホルダーとパンフレット、それにビニールに入ったクッキーが手渡される。ドラゴンが象られたクッキーは、社内の若いスタッフが焼いたものらしい。
一口食べてみれば、実に素朴な味だ。
食感はしっとり系。クッキーの上に軽くザラメが振り掛けられていて、噛むたびにやんわりと口の中に甘みが広がっていく。
歩き回り、少しばかり疲れた体には、ちょうどいい甘さだった。
手土産をもらった順から、各々で帰るべき場所へと向かいビルを後にしていく。
俺はクッキーを頬張りながら、アマンダの姿を探す。
ぐるりとフロアを見渡していると、ベンチに腰掛けたアマンダを見つける。
見つければ、向かわないわけにはいかない、俺は早足でアマンダの元へ歩く。
「あら、終わったの?」
顔を上げたアマンダが、何気なく言う。
「ええ。まぁ」
「どう、楽しめた?」
「そこそこには。アマンダさんの方こそ、何かわかりましたか」
「あんまりいい話はなかったわ」
アマンダは肩をすくめて話し始める。
「資料をもらって不審な金の流れとかないか見てたんだけど、そう言うのもないし。他にも国家に報告していないような研究はないか。情報を外部に売りつける、または漏洩している社員はいないかとか。いろいろ聞いては見たんだけど、どれも一つ一つ詳しく説明してくれて、疑いの芽をつまれちゃったわ」
タブレットをにらみつけて、アマンダが面倒くさそうに話す。
「帰ってからもうちょっと詳しく調べるつもりだけど、あんまり期待はできなさそうね。ドラゴンの密漁についても遠回しに聞いてみたけど、そんなものに関与した覚えはない。なんてつっぱねられちゃって。まぁ、密漁がなくなるよう、こちらも協力できることは協力するって確約はされたからいいけど」
「協力を取り付けたのは、いいことじゃないですか」
「そうかしら?ていよく厄介払いされた気がしてならないけどね」
ため息とともにアマンダは立ち上がり、うんの背筋を伸ばす。
「久しぶりに事情聴取なんてものをやったから、頭が疲れちゃった。何か甘いものでも食べにいきましょう」
「あ。それなら、これ。よかったら」
俺はアマンダにクッキーの袋を差し出す。
「何これ、どうしたの」
「さっき、ツアーの終わりにもらったんです。会社のスタッフさんが作ってくれたみたいで」
「へぇ」
関心したような声をもらしながら、アマンダがクッキーを一つつまみ出し、口に運ぶ。
「あら、意外と美味しいじゃない」
「でしょ?」
「さすが大企業、いいスタッフがいるわね。うちにも美味しいクッキーを焼けるスタッフが一人でもいりゃぁいいのに」
「アマンダさんは、料理しないんですか?」
「旦那がいた頃はやってたけど、一人になったらあんまりやらなくなったわね。一人で作って一人で食べるなら、外食の方が美味しいし」
「旦那さん?もしかして……」
「死んではいないと思うわよ。ただ、別れただけ。お互い一人の方が気苦労もないしいいってことでね。今でも仲はいいし、お互い信頼しているわ。円満離婚?ていうのかしら。こういうの」
変にかんぐって、旦那さんがなくなったのかと思ったが、そうでなくてちょっと安心した。
変に口調や態度を変えることなく、アマンダは離婚を平気でつぶやく。
離婚というワードはマイナスの印象が強い、というよりかは勝手にそう思っているだけかもしれない。
人の一生はそれぞれにあり、またそれぞれに歴史ありだ。
俺だって離婚した口だけど、こう平然と事実をいうことができれば、もう少し長く生きられたかもしれない。
クッキーを頬張りつつも、アマンダは出口へと向かって歩き始める。
俺も彼女の後を追ってベンチの前から歩き出す。
午後の陽気に包まれるフロア。人の流れも落ち着いて、目立った人の姿は見つからない。せいぜい、リーコンに務める社会人たちが行き交うくらいのものだ。
歩きながらフロアの中を見ていると、二階を歩く人影に目がいった。
そこには黒いスーツ姿の男たちが平然と歩いている。
どこかマフィア的に見えたけれど、黒のスーツなんてこの会社の中を歩いただけでも、見あきるくらい見ている。特別変なことじゃない。
ただ、その中の一人が、どこか見覚えがあった。
横顔だけだからはっきりとは言えない。だが、その男がふいに窓の方を向いた時、はっきりと思い出した。
黒髪のオールバック。鋭い目つき、灰色の瞳。顔にできた切り裂かれたような傷跡。
間違いない。アリョーシと俺を襲った。男たちの一人だ。
「リュカくん、どうしたの?」
衝撃に立ちすくんでいた俺を妙に思ったのか。アマンダが俺の肩を叩く。
「……いえ」
俺はすぐに言葉を返すことができず、短い言葉しか声に出せなかった。
しかし、アマンダに視線を切ってしまったことで、もう一度見たときには男の姿はどこかへ消えてしまった。
フロアの隅から隅を見て回ったけれど、やっぱり姿が見えない。見失ってしまった。
「何かあったの?」
より心配になったらしく、アマンダも俺と同じようにフロアに視線をめぐらせている。
しかし、探すものがなんなのかアマンダがわかるはずもない。
「……後で話します」
俺はそうとだけいうと、アマンダの脇を通って外に出る。
「どうしたのかしら」
アマンダの言葉が俺を追いかける。けれど、ガラスに阻まれて、その言葉が俺に届くことはなかった。