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7...

 「ここより先はお静かにお願いいたします」


 マリアがくるりと振り返り、参加者に注意を促す。


 そして、廊下の突き当たりにある扉をひらく。


 もちろん手動じゃなくて自動なわけだから、この場合開くという言葉が合うのかは少し疑問だ。開かれた、といったほうが適切かもしれない。


 扉の先には一直線に通路が伸びている。


 壁も床も全てガラス張り。歩くこともためらってしまうような通路だ。


 ガラスの向こう側。見下ろして見ると、広々とした空間に研究者たちが動き回っている様子が見られた。


 ガラスがはめ込まれた壁で区画が切られ、それぞれの区画では違う研究がされている。


 その一つ一つの様子を観察していたかったが、ツアーの参加者のお目あては、空間の中心にある、一際大きな区画にあった。


 「……すごい」


 誰かの心の声がもれる。思わず出てしまったのだろうけれど、もらしてしまうのも無理はない。


 その区画には大きな檻が二つ設置されている。そして、その中にはそれぞれに二頭のドラゴンが横たわっていた。


 一匹は赤黒い鱗をもったドラゴン。エレベーター前にあった模型とそっくりの個体だ。


 もう一頭は青い鱗を持ったドラゴンだ。赤黒いドラゴンよりも顔つきがほっそりとしていて、頭部にはヤギのようなツノを生やしている。


 一瞬死んでいるのではとも思ったが、よく見ると呼吸とともに腹部が上下している。ちゃんと生きている個体のようだ。


 「火龍種と水龍種のドラゴンです」


 マリアが言う。子供たちも、そして大人たちもこの時ばかりがガラスにかじりついてドラゴンを見ている。


 「現在は火龍種の情報を元に、水龍種の生育の条件。産卵後の保存方法を研究しているところです」


 「このドラゴンたちは、どこからか捕まえてきたんですか?」


 母親らしき女性がマリアに尋ねる。


 何気なく思いついた問いかけなのだろうけど、俺はこの女性と同じ疑問を持っていた。


 マリアはゆっくりと首を振り、女性の質問にやんわりと否定からはいる。


 「いいえ。このドラゴンたちはクローンです。国から許可を得てオスとメス数頭のドラゴンを麻酔で眠らせ、血液を採取して作られました。そこからDNAをつなぎ合わせ、最初のクローンドラゴンを作成しました。そして、そのクローンドラゴンを元に新たに卵を産ませ、現在に至ります」


 淡々とマリアは母親の質問に答える。


 DNAをどうつなぎ合わせたとか。クローンドラゴンを使ってどうやって卵を産ませたとか。


 そういう詳しい説明はなかった。ただ、されたとしても俺の脳みそが追いつくかどうかは疑問だ。


 映画みたいな技術だ。とは最初に思った。


 昔に見たあの映画は、琥珀から取り出された蚊からクローンを作っていた


 目の前で行われていたのは、生きたドラゴンから抽出した血液を元に作られたもの。


 血液からという点は同じだけれど、新鮮さで言えばこっちの方が優っているか。


 「生まれたドラゴンたちは、どうなるんですか?」


 今度は少し若い、大学生くらいの男性からの質問が飛ぶ。


 「何頭かのドラゴンを一緒に育てつつ、社会性と狩りの方法を学ばせています。野生のドラゴンを教材に、観察記録をもとに生育しております」


 そう言いながら、マリアは参加者を連れて歩いていく。


 そこの区画では、何頭かの子供のドラゴンが、つなぎをきた男女によって餌付けされ、広々とした空間で空を飛ぶ練習がなされている。


 「あの子たちはお外へ行けないの?」


 子供からの質問だ。


 「現在、生育を目的とする研究施設を新たに建設しております。数年後には、外でのびのびとドラゴンたちが飛べるようになるでしょう」


 「外に出す時、課題になることはあるんですか?」


 若い女性からの質問。子連れというわけではなさそうだ。


 さっきの大学生らしき男性の隣に立っていることから、彼氏と彼女という関係のようだ。


 「それはやはり自然のなかで本当に生きられるのか。ということでしょうね。野生のドラゴンと違って、彼らは人間の手によって育てられています。自然界に放した時、狩りはできるのか。現存するドラゴンと共生することは可能なのか。などなど、多くの課題が挙げられています」


 マリアの答えに、女性は持ってきていたタブレットに事細かに入力していく。


 「では、こちらへ。もう少し近くでドラゴンを見てみましょう」


 マリアはそう言って通路を進み、ドラゴンの入っている檻の前にまでくる。


 すると、ドラゴンがやおらに顔を上げて俺たちの方に顔を向けてくれた。


 鱗の模様から瞳の色。さらには目を閉じる際に一瞬見える瞬膜まで。近いからこそよくわかる。


 「ママ、触ってみたい」 


 少女がドラゴンを指差しながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


 「ダメよ。ドラゴンさんはペットじゃないの」


 母親はそんな少女の頭をなでながら、少女を落ち着かにかかる。


 その様子をマリアはどこか微笑ましげに見つめている。


 もちろん、それはただの俺の主観だ。


 実際には表情のきびなんてものはなく、らんらんと光る目で親子を見つめているだけだ。


 ドラゴンは、首を傾げて、何か不思議なものを見るように俺たちをみている。


 随分と人馴れしているドラゴンだ。退屈そうにあくびをしてみせる。警戒している様子はない。


 人間ばかりのこの施設で育てられたのであれば、人間にも慣れるのも当然といえば当然か。


 しかし、しょうがないとはいえ檻の中に入れられているとなると、少しかわいそうだった。


 それはきっと、外に暮らして、外を知っているからこそ出る感情なんだろう。


 このドラゴンの住処はここで、ドラゴン自身もそのことになんら疑問を抱いていない様子だ。


 ただ、これは俺の知っているドラゴンの生活ではない。


 そこは人に作られたから、仕方がないとは思う。それにこれは人間の善意によって、ドラゴンという種を絶やすようにと進められる計画だったはずだ。褒められてしかるべきだし、批判はもってのほかだろう。


 クリクリとしたドラゴンの目が、ふと俺に向けられる。なんの害意のない無邪気な目だ。鋭さなんてかけらも感じられない。


 心に浮かんだモヤモヤを吐き出すのは、やめておこう。このドラゴンの命までなかったことにしているようで、何か心苦しい。


 せめて、このドラゴンが外で無事に出れるように。そして、生きていけるよう祈るばかりだ。

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