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リーコン・ロジステックについたのは、ツアーの時刻の30分前、午後12時半。
路肩の駐車スペースに車を止めて、俺とアマンダはリーコン社の中へと入る。
相変わらず会社員や清掃員など、人の姿が絶えずそこにはある。
しかし、昨日とは違って一階のフロアには会社員でない私服姿の人のかたまりがあった。
『ツアー参加者集合場所』と書かれたついたてが彼ら、彼女らの前に立っている。
よく見るとついたては実在するものではなくて、床に置かれた映写機のような機材から出された映像だった。
「サンドイッチでも買ってくるわね」
そういうと、アマンダは俺をフロアに残してリーコン社をあとにする。
なんとなく彼女の背中を追っていくと、ビルの前にあるワゴン車に向かって行った。
ワゴンの前にはのぼりが立っていて、キッチンワゴンという名前とサンドイッチのイラストが描かれている。
数人の男女がワゴンの前に列をつくっていて、アマンダはその最後尾にならんだ。
なんとなく手持ちぶさたになった俺は、フロアの窓際にあるベンチへ向かう。
真ん中に植木がうえられ、木を囲むようにぐるりと白いベンチが並んでいる。
そこで会社員たちが弁当片手に談笑している。俺はその人たちから少し間を空けてベンチに座った。
窓を正面にして、外の街並みと人の行き交いをながめていく。
ここだけをみたら東京と言われてもきっと不思議に思わない。どこか懐かしさと同じような感覚が、俺の心に湧き出てくる。
しかし、ここは東京どころか日本でもない。行き交う人々に日本人はいないし、外国人のような人たちばかりだ。
アジア系の顔つきの人もいるけれど、喋る言語はこっちの言葉。日本語ではない。
そして、今の俺も厳密に言えば日本人じゃない。魂日本人、肉体はこっちの人間。しかも半分はドラゴンだ。
アマンダは内密にしてくれると言っているけど、実際のところはよくはわからない。
いつこの何気ない人々の視線が、俺に向けられるか分からない。
視線で傷をおうことはないけれど、心は簡単にえぐられる。
それはアマンダが口を滑らせてしまった瞬間、いとも簡単に訪れてしまう。
せめて、アリョーシが見つけられるまでは、その時が来ないように祈ろう。
「こんなところにいたの」
声をかけられて、俺は声の方へ顔を向ける。そこには紙袋を持ったアマンダが立っていた。
「ほら、これがリュカくんの分」
そういうと、紙袋の中からサンドイッチを取り出して、俺に差し出してくる。
ラッピングのビニールにはいくつもの文字が印字されている。
中にはレタスとサラミがパンに挟まれたサンドイッチが入っている。
パンは見た目だけでは堅そうだ。フランスパンみたいにみえる。
「ありがとうございます」
俺はアマンダからサンドイッチを受け取ると、ラッピングを解いてサンドイッチにかじりつく。
パンは、やっぱり硬かった。
焼かれているみたいで、歯を立てるとサクサクと音を立てる。
どうにかサンドイッチの中にまで到達すると、塩気の聞いたサラミとドレッシングをまぶされたレタスが出迎えてくれる。
柔らかな肉の食感とレタスのシャキシャキ感。
ドレッシングのものか、時折レモンの香りがすっと鼻をぬける。
実にシンプルなサンドイッチだけど、満足のいく味だった。
アマンダは俺の隣に座ると、自分の分のサンドイッチとカップに入ったコーヒーとオレンジジュースを取り出す。
コーヒーはアマンダ自身が飲み、オレンジジュースは俺の分にとっておいてくれている。
しばしの間、俺とアマンダは言葉を交わすことなく食事を楽しんだ。
子供たちの楽しげな声。革靴の音。道路を走る車の音。静かに食事をしていても、耳には様々な音が飛び込んでくる。生活の音というのか。聞いていると、少し心が落ち着いてくる。
食事を一通り終えようかという時、アマンダはコーヒーをすすり、俺はオレンジュースを味わう。
「緊張する?」
アマンダが何気なくそう聞いてくる。
「いえ、別に。緊張はしてませんよ」
サンドイッチを口元から離して、口の中のものをオレンジジュースで飲み下したあと。俺は言った。
「あなたはツアーを楽しんでいればいいわ。調べるのは、私に任せておきなさい」
「そのつもりなら、俺も協力させてください。ここにきたのだって、母さんのことが何かわかるかも思ったからなんですから」
「いいの。子供はそんなことをしなくても。警戒を向けられるのも、あやしまれるのも私の仕事。貴方は子供らしくのほほんと楽しんでなさい」
「でも……」
なおもくってかかろうとする俺の口を、アマンダの指がふさぐ。
「リュカくんお母さんを思う気持ちはよぉくわかっているつもりよ。もちろん、リュカくんの気持ちはできるだけ尊重してあげる。でもね、頭のでかい大人が、素人の子供に情報を教えるようなことは絶対にない。こういう時こそ、肩書きってものがものをいうの」
アマンダはほほえみをうかべながら、俺をさとすようにいう。
そう言われてしまえばその通りだし、ぐぅの音もでない。
だけど、理解はできても納得ができない。どうしても、腹の中ではアマンダにたいする反感が渦を巻いている。
「ツアー参加者の方はこちらの集まってください。ただいまより受付を開始いたします」
女性の声が後ろから聞こえてくる。見ると、昨日受付にいたアンドロイドだった。
「行きましょうか」
食事もそこそこにアマンダは立ち上がり、ツアー参加者に混じって受付の列に並ぶ。
俺は残り少ないサンドイッチを飲み込むと、ジュース片手にアマンダの後を追った。