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「……あの女性は、俺の母親です」
その言葉を言うにはだいぶ時間がかかった。人間との間、ということは言わないことにした。
喉の奥があぶらぎってうまく言えなかったし、後悔も尾を引いている。
だけど、ここで伝えなければ、アマンダはしつこくつきまとってきそうな気もした。
アリョーシを探すのにいちいちつっかかってこられてもたまらない。そういうわずかな心配を取り除くために、俺はわずかに中身を明かすことにした。
「そう」
俺の悩んだ末の返答に対して、アマンダの返事は淡白なものだった。
「……これから、俺はどうなるんでしょう」
実験施設に送られるのか。はたまた国外退去を命じられるのか。それとも、それ以外の第3、第4の選択によって死ぬことになるのか。
いろんな可能性が俺には待ち受けている。短い時間に覚悟を決めるのは簡単じゃない。
だがそうなった場合でも、せめてアリョーシは探してくれるように頼もう。
俺がいなくなっても母の命が助かってくれたら、それはそれで目的は達せられるから。
「別に、どうもしないわよ」
俺の覚悟を知らず、アマンダはのんきにそう言ってのけた。
「……へ?」
俺はふいにおかしな声が出た。出そうと思って出したわけじゃない。出てしまったんだ。
口から出たものを引っ込めることはできず、アマンダの笑いを引き出してしまう。
「何よ、その声」
フッと息をだしてアマンダは笑う。恥ずかしいやら、どうしたらいいや分からず、俺は顔を赤くしてアマンダから視線をそらした。
「ごめん、ごめん。別に、バカにするつもりじゃなかったのよ」
笑いながら言われても説得力はない。俺はちょっとの恨みを込めてアマンダをにらむ。
「そんな怖い顔をしなくたっていいじゃない」
アマンダはそう言いながら、俺の頭に手をのせる。
「私は別にあなたを捕まえようと思って、調べたんじゃないの。言うなら、ただの興味。私個人のね」
「興味、ですか」
「森で生まれて、屋上から飛び降りて無傷な少年。これに興味がわかない方がどうかしているわ。もしかしたらエデンに害なす存在かもしれないし」
「そんなこと……」
「ええ。リュカくんに関してはそれはないと思うわ。ちょっとの付き合いだけど、あなたはいい子だって思ったしね。なにせ犯罪者にまで優しくするんだから」
頬を歪めて、アマンダはけらけらと笑う。
「大丈夫、このことは私とリュカくんだけの秘密にしておいてあげる」
「そ、そうですか」
「あ、でもガブリエルには教えておくかもしれない。でも、いいでしょう?一緒に暮らしているんだから、少しは相手のことを知っていても」
「は、はぁ。でも、あまり言いふらさないでくださいよ。お願いします」
一応の釘は刺しておくべきかと、俺はアマンダにそう言い伝える。
「わかっているわよ。私を信用しなさい」
そう言いながら、アマンダは俺の頭から手を離して腕をくむ。笑みを浮かべていた彼女の表情は、一転して神妙な顔つきにかわる。
「しかし、あなたのお母さんがドラゴンとなると、ちょっと話が変わってくるわね」
「変わってくる、とは?」
「人間の誘拐から。ドラゴンの密漁に変わるってこと」
アマンダは背もたれに体を預ける。
「ドラゴンの密漁だってもちろん重罪よ。捕まれば死罪は免れないわ」
「密漁って頻繁に起こるんですか」
「いいえ。せいぜい一年に一件あるくらいよ。でも、言い換えれば一年に一頭は捕獲されて、どこかに売りさばかれている。ドラゴンを保護の対象にしているからと言っても、人間の欲望にかかれば、法なんてものは簡単に意味をなさなくなる。そうなった場合に備えて、私たちがいるんだけどね」
手であごをさすり、アマンダは思考を巡らせる。
「でも、ドラゴンを捕まえるのってなかなか難しいことよ。必ず抵抗するし、その抵抗の具合はそこらの動物なんて比じゃない。一人や二人、あるいは密漁者全員がかえりうちにあうことだってある」
そこで、アマンダの視線が俺に向く。この際隠していても仕方がない。俺はアリョーシが捕まった時のことを話すことにした。
「母さんは、俺を守るためにあいつらの銃弾に体を晒したんです」
「……なるほど、子を守るためにね」
ウンウンとアマンダは小さくうなずく。
「でも、普通の銃弾じゃドラゴンの鱗を貫通することはできないはずなんだけどね」
「あの時は、人間の姿をしていたんです。その、俺の飛ぶ練習をするために」
「あら、あなたはドラゴンの姿になれないの?」
「ええ。その……、出来損ないなので」
「ああ……、何かごめんなさいね」
「いえ、別に」
俺の歯切れの悪い言葉に、アマンダは何か察したように謝ってくる。
ただ答えに困っていただけなんだけど、あえてそういうよりも、このまま勘違いしてくれている方がよさそうだ。
「母さんは、ヘリでどこかへ運ばれていきました。それは木の上からはっきりと見たので、間違いはないです」
「生死はわかったかしら」
「……いいえ。ヘリに宙づりにされたままさらわれていくのを見ただけで。そこまではわかりません」
「そう」
返事をしながら、アマンダは自分のあごを撫でる。
「ヘリも持ち合わせているとなると、ただの傭兵とも限らなくなってくるわね。潤沢な資金のある何者かが関係しているのは間違いなさそうね。それに、化けている状態でもドラゴンと判別ができて、居住エリアを熟知している。となると、バックにはドラゴン研究の専門家もいそうね」
あごから手を離すと、アマンダはサイドブレーキをさげ、ギアを駆動にいれる。
「ドラゴン研究となれば、リーコン社以上のところはない。これは、見学以外に色々と聞かなきゃならないことが増えるわね」
アマンダはほほをゆがめながら、アクセルを踏んだ。




