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「……何を言っているんですか。母さんがドラゴン?そんなバカな」
動揺を顔にださないように気をつけながら、俺はアマンダに言う。これでごまかせたらどんなによかったか。
だが、アマンダは俺の言葉になんか耳を貸さず、車を路肩に停車させる。非常灯をつけてサイドブレーキをおろし、ギアを駐車にいれる。
そして、アマンダはカーラジオについた青いボタンを押した。何かの電源が動く音がした後、正面の窓ガラスがにわかに明るくなった。陽の光とかじゃない、内蔵されたライトが照らしているような、人工的な明かりだ。
アマンダは窓に目を向けることなく、スマホに目を向ける。すると、ピコンという音のともにメールが一通届いた。
「タイミングがいいわね」
そう言いながら、アマンダはメールを開き、添付された動画を操作する。そして、彼女の操作に合わせて明るくなった窓にも何かが映り始めた。
「科研の方に映像の解析をお願いしていてね。これはアパートにつけられた監視カメラの映像。時間は昨日の午後2時くらい。ちょうど私がひったくりの男と追いかけっこをしていた頃ね」
アパートの屋上にでもつけられていたのか、360度、上下左右の景色が映し出される。下の通りには人々が歩き、時折アパートの玄関から中に入る住人の姿が映っている。
ただ、注目すべきはそこではない。なんのためにこの映像を見せたのか、俺にもすぐにわかった。
斜め前方の建物の屋上。そこを人影が跳ねるように渡っていくのがわかる。
「拡大したものが、これ」
そう言って、アマンダはスマホを操作する。すると、アマンダの操作に合わせて窓ガラスに映った映像も動き、人影がみるみると大きく映し出される。
拡大されたことでいくらかぼやけて映るけれど、アマンダの指先がスマホを撫でると、映像が上にスクロールされて鮮明な画像が映し出された。
そこにいたのは、俺だった。ちょうど建物から建物に飛び移ろうとしているところを撮られていた。
「これは、リュカくんよね」
「……ええ。そうです」
どういうわけかひどく居心地がわるい。車の中がさながら取調室にでもなったみたいだ。
「なかなかの運動神経よね。これがまだ子供だっていうんだから、末恐ろしいわ。けど……」
アマンダは窓に映った俺の腕を拡大する。
「これは、人間にはできない芸当ね」
俺の腕に浮かんだモヤ。使用したのはわずかな時間だけれど、この映像はしっかりと俺が使った瞬間を映し出していた。
「……でも、だからと言って俺がドラゴンの子供だってことにはならないでしょう?」
なかなか苦しい言い訳だ。そんなことは自分でもわかってる。
でも、俺がモヤを出せるからといって、ドラゴンの子供であるとはいえない。そのわずかな謎にかけてみるしかない。
しかし、アマンダは俺の問いかけにまるで動揺していない。その問いかけが来ることはわかっていたみたいだ。
「まぁ、そうね。これはあなたの特異体質っていうこともあるかもしれない。結構乱暴な納得の仕方だけど、その可能性だってある。でも、なんの証拠もなしに言っているわけでもないのよ。私は」
そういうとアマンダが画面を切り替え、今度は古い新聞記事が映し出された。
紙面には『今世紀最大の列車事故 死傷者多数』という見出しがおどっている。
「これは?」
「20年前、列車と列車が正面衝突する事故があったの。線路は単線で、行き違うことができない。だから、遅れている方は早い方を優先するように、わきに用意された線路に退避して行き違うの」
紙面は縦にスクロールされ、生々しい事故の写真が映し出される。
「でもこの時は待機している側の信号が、何かの理由で赤から青に変わってね。それを信じた運転手が線路内を進んでしまって。そしたら……」
アマンダはパンと手を打ち合わせる。衝突の表現、言葉ではなく身振り手振りで俺に伝えて来る。
「死者は56名。負傷者は400名以上に上った。原因は信号機の誤作動。日常の整備点検をおこたっていたからだったみたい」
「そんなことが……」
凄惨な事故。現場はひどいありさまであったことは、容易に想像がいく。だが、20年前と聞いて、ティモンの遭遇したという列車事故とも時期が合う。もしかすれば、この事故にティモンが巻き込まれていたのだろうか。
「でも、問題なのはこの事故の中で起きた不思議なことよ」
そういうと、アマンダは再びスマホを指で弾く。すると、窓ガラスには突如暗くなり、中心に丸と横を向いた三角が映し出される。アマンダがスマホをタップすると、そのマークが消えて動画が再生される。
ブレブレでピントがあっていない。撮影の素人が撮ったような、そんな映像だ。
そこにはひしゃげた二つの列車と、救急隊と消防隊らしき隊員たちの姿がある。
どうにかこうにか列車の壁に穴を開けて、その隙間から慎重に負傷者を運び出していく。
すでになくなった人には、ブルーシートがかけられる。
事故のなまなましさ、それが映像となって俺の目に飛び込んでくる。
と、突然の物音が列車の方から聞こえてきた。カメラもそちらの方へ向けられる。
列車の屋上。そこが破られて、中から一人の女性が現れた。
「あっ……」
思わず声が出た。
その女性はアリョーシだった。今と変わらぬ姿をした、アリョーシだった。
彼女は赤ん坊を一人抱え持ち、また背中には女性をおぶさっている。
アリョーシは女性と赤ん坊を列車の天井にそっと寝かせると、破いた天井から男性を一人引き上げた。
『おい!大丈夫か!?』
救急隊員だろうか。男の声が聞こえてくる。
撮影している方はそちらへはカメラを向けず、アリョーシと男性を写し続ける。
アリョーシと男性は何か話しているようだ。声は周囲の喧騒にかき消されて、カメラには届かない。
男性はアリョーシの手を握り、何かを伝えている。
アリョーシは困ったような表情を浮かべていたけれど、男性の手をそっとほどき、首を横にふる。
そして、次の瞬間には腕にモヤをまとわせて、森の奥へと消えていった。
カメラはアリョーシを追うように森の方へ向く。
そして、遥か遠くから一匹のドラゴンが空高く舞い上がっていく姿を捉えていた。
「母子を救い、また多くの人命を助けた。名前も年齢もわからない。だけど、赤ん坊が握りしめていた髪の毛で、彼女が人間でないことはわかった」
画面が切り替わり、ポチ袋にはいった緑色の髪の毛が映し出される。
「20年経った今でも、この髪は劣化せずに残っているわ。この髪の毛からDNAを調べたけれど、人間の持つDNAではなく、ドラゴンのものだったことがわかった。リーコンの研究者によって判明したの」
そこまで言ってアマンダはカーラジオの青いボタンを押して、窓ガラスの電源を切る。
「この資料だけじゃ、リュカくんがドラゴンであると断定することはできないわね。でも、腕にモヤを出すなんて芸当は、後にも先にもこの女性とリュカくんしかいなかった。そして、この女性は人間に化けていたドラゴンだった」
スマホをポケットにしまい、アマンダは俺に体を向ける。
「仮説の域を出ないから、このことは誰にも言っていない。科研にも、ゼレカにも私の頼んだことは忘れて、調べたものを処分してくれるように頼んである。単なる想像だといいけど、そうでなかったら大ごとになるからね。だから、直接リュカくんに確かめたくて」
アマンダは、そう言って俺の顔を無理やり自分の方へと向ける。
「で、どうなの?あなたはドラゴンなのかしら?」
デコとデコとを付けあって、アマンダの目が俺の目のさらに奥を見つめてくる。
俺がドラゴンであるということ。しかも、人間との間にできた子供だということ。
この秘密を明かしたことにで生じる問題とは。利益とは。
そんなことばかりが俺の頭の中をいったりきたりして、選ぶべき言葉を探し当てるには、まだ時間がかかった。