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2...

 アマンダの車が、アパートの前に止まった。


 時間は10時をちょっと過ぎた頃。運転席から降りた彼女は俺を迎えにティモンの店へと入ってくる。


 俺は入り口に近いところで待っていたから、すぐにアマンダに見つけられた。


 「どうしたの。その服」


 俺の格好を見て、アマンダが言った。


 俺は事情を説明しようと口を開きかける。でも、ショーケースの奥で立っていたルークが先にアマンダに言葉をかけた。


 「俺のお古をこの子に譲ったんだ」


 「あら、そうだったの。よかったわね、リュカくん」


 意外そうにアマンダはルークの顔を見る。そして、俺に目をうつして、微笑みかけてくれる。


 「意外と似合っているじゃない」


 つま先から頭まで。俺の服装をみてアマンダが言う。


 「それは、どうも」


 ぶっきらぼうに返事を返してしまったけれど、アマンダは特に気にする素ぶりを見せず、俺の手を握る。


 「行きましょうか」


 そう言って俺の手を引いて、店の入り口を開ける。何気なくちらりとルークの方を見ると、小さく手をふっていた。


 店をでたあとは、アマンダの運転する車にのって道路を走った。


 時間にもまだ余裕があるということもあって、下道でエデンの都市部へと向かう。


 「ねぇ。あなたのお母さんて、どんな人?」 


 アマンダは突然こんなことを聞いてきた。


 「どうしてそんなことを」


 「ちょっと気になっただけよ。別に深い意味はないわ」


 運転席から前を向いて、アマンダが言う。話題の種にとまいた質問なのか。


 とにかく問われたのなら、答えなくてはならない。


 「どんなって……」


 そもそも人ではないアリョーシを、どんな人と考えてみていいものか。

 

 少し疑問だったけれど、その疑問は一旦棚に上げて置いた方がよさそうだ。それよりも、アマンダの改めて考えてみると、なかなか適当な表現が思い浮かばない。


 「無邪気。いや、無垢。違うな。なんと言うか、子供っぽい……のかな?」


 「私が知るわけがないでしょう。聞いているのはこっちなんだから」


 思わず疑問のような口調でアマンダに答えてしまった。


 そのためかアマンダは困ったようで、眉を寄せながら俺に向けた


 「ようは明るい人なのね。リュカくんのお母さんは」


 「まぁ、そうですね。明るいです」


 だいぶ乱暴なまとめ方だけど、すっと納得できてしまった。


 アリョーシは明るい。たしかに、その通りだった。


 「明るいですし、すごく、優しかったです」


 「そう。いいお母さんだったのね」


 ふっと微笑んだかと思えば、アマンダの視線は再び前方へと向けられる。


 「お母さんも、森で生まれ育ったの?」


 「さあ、あんまり昔のことは聞きませんでしたから。ああ、でも、一時期森以外のところで暮らしていたことがあるらしいです。その時出会った男の人との間に、俺が生まれたみたいです」


 「その男性も森で暮らしていたの?」


 「いえ、僕が母さんのお腹にいる間に別れてしまったみたいで。森では俺と母さん二人だけで暮らしてました」


 「そう。ちなみにだけど、その男性の特徴とお母さんから聞いてない?」 


 「すみません。そこまでは……」


 「そう」


 アリョーシから聞いた話を、ドラゴンという単語を出さずに喋ったが、なんとかなるものだ。


 自分で聞いていても、綺麗にまとまっていたはずだ。


 しかし、どうしてそんなことを聞いてきたのだろう。という疑問が俺の頭をかすめる。


 話の種にしては、妙に俺の出自についてくいついてくる。


 「……ああ、ごめんなさいね。取り調べみたいになっちゃって」


 俺の思いを知ってかしらずか。アマンダは取り繕うように言葉をつむぐ。


 「いえ、別に。気にしてないですよ」


 「仕事のくせって嫌なものね。口調が取り調べとそっくりになっちゃうわ」


 アマンダは肩をすくめて言う。アマンダ自分のくせに嫌気がさしているようだ。


 「単に興味があって聞いただけよ。気を悪くさせてしまったら、謝るわ」


 「そんな、謝るほどのことでもないですよ。むしろ、こっちも改めて思い出させてくれましたし」


 「思い出した?何を」


 「母さんを、絶対に連れ戻してやる。ということです」


 「……そうね。早く見つけてあげなきゃね。リュカくんのお母さん」


 「ええ。そうですね」


 拳を固く握りしめて、俺は薄れかけた決意を再び頭に宿す。


 と、ちょうどその時だ。車にバイブレーションが響く。それは、アマンダのポケットから聞こえてきた。


 彼女はそっとポケットからスマホを取り出すと、おもむろに耳に当てる。


 「私よ。……そう。ありがとう」


 短い言葉のやり取りのあと、アマンダは通話を切る。 


 「誰からです?」


 「ゼレカからよ。ちょっと科研にお使いを頼んでたのよ」


 「科研?」


 「科学捜査研究所。略して科研。まぁ、そんなことはどうだっていいの。思ったような結果が得られたからね」


 「何か事件についてのものなんですか?」


 「まぁ、そうでもあるけど。今はまだ分からないわね。って、そうやすやすと捜査情報を教えるわけがないでしょう?」


 もっともなことだ。民間人相手に情報を教えるとか、ドラマとか小説でない限り、ありえない。


 俺だって、ちょっと興味がはたらいて聞いてはみただけだから、教えてくれるとはちっとも考えていなかった。


 「そうだ。もうちょっと聞きたいことがあったのよ」


 そう言うとともに、アマンダは緩やかにスピードを落とし、車を路肩に停める。


 飲み物でも欲しくなったのかと、あたりを見渡してみるけど、自販機の類は見当たらない。


 コンクリ壁が道路沿いに並んでいて、落書きがいたるところに書かれている。

 

 治安の悪さゆえかと思えば、そうでもない。


 子供がボールを蹴って歩いていたり。


 子連れの母親が買い物袋を持って歩いていたり。


 パイプをもった老人が地べたにすわってプカプカとパイプをふかしていたり。


 平穏な日常がそこに広がっている。


 「なんでしょうか」

 

 そんな日常から目を切って、俺はアマンダの方を見る。


 「あなたのお母さんって、ドラゴンなの?」


 何気なく投げられたアマンダからの疑問。その答えを容易する以前に、彼女の言葉を俺は理解できなかった。

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