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 翌朝。

 俺はガブリエルとともにティモンさんの店でサンドイッチを食っていた。


 今日のサンドイッチはチーズと肉厚ベーコンが挟まったちょっと味が濃いめのやつだ。朝から満腹になること間違いなしだが、腹の減った朝にはちょうど良かった。


 ガブリエルの方はコーヒーとベーコンとレタス、それとトマトの挟まっているサンドイッチだ。コーヒーで口を潤しつつ、一口ずつ腹に収めていく。


 食事の最中だったけれど、ガブリエルのスマホにコールが入った。


 ガブリエルはサンドイッチをさらに戻して、スマホを耳に当てる。


 「私だ。……なんだ、アマンダか。どうした」


 どうやら相手はアマンダらしい。ガブリエルはちらっと俺の方を見ると、要件を飲んだのか。「わかった」と言って電話を切る。


 「アマンダがお前を迎えにくるらしい」


 「迎えにくるって、ここにですか」


 「そうみたいだ。なんの気まぐれかだか。まぁ、いい。迎えに来るって言うんだから、お前はここで待っていろ」


 そういうとガブリエルはカウンターに金を置く。


 「釣りはリュカ坊に渡してくれ」


 ティモンの前にコイン数枚と紙幣を一枚置くと、ガブリエルは席を立って店を出た。


 俺はガブリエルの背中を見送りながら、サンドイッチにかぶりつく。


 「相変わらず、忙しそうね。あの子」


 カウンターの向こう側で肘をつき、ティモンは言う。


 「治安を守る仕事なんですから、それなりに忙しいんでしょうね」


 「坊やは寂しくないの?」 


 「ええ。これといって。ガブリエルさんもよくしてくれてますし、特に不満はありませんよ」


 「そう。偉いのね」


 そう言ってティモンは俺の頭を撫でてくる。


 一体自分の何が偉いのだろう。自分だけでなく、子供がどこか大人びたことを言うと、大人は皆偉いという言葉でほめるけど、なぜ偉いのだろうか。


 子供なら別に気にせずにいられたのだろうけど、見た目が子供なだけで中身はいいおっさんだ。


 こんな簡単なことを偉いと言ってもらっても、困ってしまう。


 けれど、こんな簡単なことでほめられるのも、なんだかちょっとだけ嬉しくもある。


 なでられることもこの体になってから多いが、こそばゆさに目をつむれば、悪い気はしない。


 「それよりも。ねぇ、坊や。坊やはその服以外に服はあるの?」


 「えっ?」


 「服よ、服。ジャージばかり着ているから、私気になっちゃうわ」


 ティモンは白い指で俺の体を指差した。


 昨日とは柄が違うものの、俺の服は相変わらずガブリエルの弟さんが使っていたジャージだ。


 上着の袖とズボンの横にはオレンジのラインが二つ入っていて、左胸には企業のロゴが入っている。 


 「ま、まぁ。ジャージの方が動きやすいですし、服にもそんなこだわりもないので。不便には思ってません」


 「だめよ、それじゃ。せっかくエデンに来たんだもの。もうちょっとオシャレしなくちゃ」


 「別に、そこまで服が欲しいってわけでも……」 


 「そうだ。うちの息子の服、いくつかあげるわ。ちょっと古いかもしれないけど、ジャージよりはましよね。そうしましょう」


 俺の言葉なんか、ティモンには聞こえていないらしい。俺に構わず話を進めてしまう。


 「ルーク。ちょっと店番お願い」


 「別に構わないけど、どうしたんだいママ」


 「この子にあなたのお古を上げようと思うのよ。いいでしょ?」


 「なるほどね。いいよ、店は任せて行っておいで」


 ルークは俺に向かってウィンクをする。


 ちょっとした愛嬌なのかもしれなかったけれど、確かめる間もなく、俺はティモンに襟首を掴まれ、店を出た。


 アパートの一階にある部屋。そこがどうやらティモンの自宅のようだ。


 店からも近いこともあって、すぐに部屋の中に入れられた。


 部屋の様子はガブリエルの部屋と特に変わりはない。


 玄関からまっすぐに伸びる廊下。その先にはリビングがあって、青い皮のソファがちらりと顔を覗かせている。


 「こっちにきなさい」


 ティモンはそう言うと、俺の襟首から手を離して、俺の手をにぎる。


 そのまま連れられて行った先は、リビングにある大きなクローゼットの前だ。


 両側に引き開くタイプの扉が付いている。


 ティモンがクローゼットを開けると、いくつかのコートがハンガーからぶら下がっていた。


 コートの下にはカラーボックスが積み重なっていて、ティモンはいくつか取り出してリビングに並べていく。


 「さて、どれだったかしらね」


 そう言いながら、ティモンはボックスを開けていく。ボックスの中には薄いビニールに包まれた衣服が入っていた。


 たたまれているというよりも、ベッドのように空気を抜いて圧縮されて詰め込まれている。


 小さく丸まった衣服を上から眺め、ティモンはその後もボックスを開いては中身を確かめていく。


 「ああ、あったわ」


 茶色いボックスを開けた時、ティモンから懐かしむ声が聞こえてきた。


 「たぶんサイズは合っていると思うんだけど、着てみて」


 ティモンは俺に服をひとつ投げてきた。受け取ってみると、表面にはTシャツと書かれている。


 「あの、どうやって取り出すんですか?」


 「上の方にボタンがあるでしょ。それをポチッと押してみなさい」


 ティモンに言われるがまま、俺は丸まった衣服の上部を見る。


 そこにはティモンの言う通り、小さな赤いスイッチがある。


 押してみると、ビニールは一瞬にして剥がれて、中から白い半袖のTシャツが飛び出してきた。


 「……へぇ。すごい」


 「圧縮袋を知らないなんて、そうとうな田舎からきたんだねぇ」


 「ええ。木と川ばかりのとこでしたから」


 「そうなの。ガブリエルにそんな変わった親戚がいたなんて、知らなかったわ。まぁいいわ。今はそんなことよりも、ほら。着てみて」


 「は、はい」


 俺は床に落ちたTシャツを拾うと、上に着てみる。だけど、流石にサイズが合わない。


 Tシャツだけど、袖の部分が肘より先にあるし、胴の方が股間のあたりまでついてしまっている。


 「いや、大きいですね」


 「みたいね。ちょっと待ってなさい」


 そう言うとティモンは俺に近寄り、シャツの横に手をのばす。


 俺は気づかなかったけど、服の横にメモリと小さなパネルのようなものがつけられていた。


 ティモンはパネルの部分に指をおす。すると、メモリの数字がみるみると小さくなり、俺の着ていた服のサイズが縮んでいった。


 「こんなものかしらね」


 「サイズ変えられるんですか」


 「フリーサイズだからね。よほどの小ささとか、よほど大きくなってなければ大丈夫よ。ルークが20くらいの頃の服だから、ちょっと痛んでるかと思ったけど、結構長持ちするものね」


 ティモンはそう言いながら、俺の周囲をぐるりと回って服の状態を確かめていく。


 俺の知っているフリーサイズよりだいぶ便利な代物なのだが、それを言えばきっとティモンは首をかしげるだけで終わってしまうだろう。子供のたわごとだと相手にしないのは目に見えていた。


 虫食いあとも俺の見る限りじゃ特にない。着る分には何も問題はなさそうだ。


 それからTシャツをもう2着とジャケットを2枚。ジーパンを3着。あと冬用のコートを2着とスニーカーを一足もらった。


 こんなにいいのかとなんとなくティモンとルークに申し訳なくなったが、


 「もともと私の趣味であの子に買い与えたものだけど、大人になって自分で選ぶようになったから、用はなくなっていたのよ。いつまでもタンスの肥やしにしておくよりも、ずっといいわ」


 ティモンはそう言って、快く俺に服をくれた。


 彼女のご好意に甘えて、ジャージから普通の服に着替える。


 グレーのシャツに少しくすんだ青のジーパン。シャツの上から黒のジャケットを羽織る。


 どれもこれもがフリーサイズで、メモリを合わせればちゃんと俺の今のサイズにピタッと合う。


 「うん。ずいぶんましな格好になったじゃない」


 腕を組み、うんうんとティモンは頷く。


 「なんか、すみません」


 「いいのよ。子供は大人の好意にどんどん甘えるものよ。その年から遠慮を覚えてちゃ損するわよ」


 ティモンは赤い目を細めて、俺の頭に手を置く。


 硬いプラスチックか何かでできた手は、人のものと違って固く重い。


 ガブリエルの義手もそうだけど、思った以上にズシリと重みがくる。


 「あ、ごめんなさい。痛かったかしら」


 「い、いえ。そんなことはないです」


 俺の思いが顔に出てしまったのか、ティモンが気を使って俺の頭から手を離す。


 拒否をするつもりじゃなかったから、なんだか悪いことをしてしまったような気がした。


 「気にしないで、つい生身の体の癖が出たのよ。もうこの体になって20年くらいになるのに、まだ慣れてないみたい」


 「20年、ですか」


 「ええ。列車事故に巻き込まれてね。その時からよ」


 昔を思い出すように、ティモンは遠くを見つめる。


 「私もうまく思い出せなかったんだけど、暗くて狭くて、痛くて寒い。それだけは覚えてるの。でも、ふと意識がなくなって、気がついたら、この体になってベッドで寝ていてね。ルークがひっついて泣いていたわ」


 「そうだったんですか……」


 「どうやらルークが私の脳みそのデータをこの体に移してくれたみたいでね。義体のおかげってのもあるかもしれないけれど、あの子には頭が上がらないわ」


 プラスチックの手のひらを広げて、ティモンはしみじみと言う。


 この体になった後悔とか、そんなものは彼女の言葉からは感じなかった。


 「昔の話なんてするもんじゃないわね。ごめんなさいね。もう忘れてちょうだい」


 ティモンは肩をすくながら言った。そして、俺に背中を向けて部屋を出て行こうとする。


 「ジャージは私が預かって、あとでガブリエルの部屋に戻しておいてあげる。お出かけは、せっかくだからその格好で行きなさい」


 ティモンは肩越しに俺の方を見る。笑っているのか、少しだけ目が細くなった気がた。


 目は口ほどにものを言うが、かといって目以外の部分がないと、表情の判断というのはなかなか難しいところがあった。


 「何をしているの?部屋閉めるから、早く出てきなさい」


 「あ、はい」


 俺は床に脱ぎ捨てたジャージを抱え、ティモンを追って部屋を出た。

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