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18..

 ひったくり犯とともに車に乗せられ、自警団の本部へと戻った。


 幸い俺はアマンダからの厳重注意ですみ、牢屋にぶちこまれることはなかった。


 ひとまずは安心できたけど、そのおかげでエデンの観光は中止。今朝と同じ部屋に待機させられる羽目になった。


 手持ち無沙汰もひどく、手には今も紐の手錠がつけられていて、自由はきかない。


 足は自由だったから、部屋を出ようと思えば出ることはできるけど、目の前にアマンダと自警団の人と思われる二人の男性が見張っているから、それも難しい。


 俺と一緒に連れてこられたひったくりの男は、別の部屋に連れて行かれて、聴取を受けている。


 10分ほど経ってから、部屋にガブリエルがやってきた。俺を見た途端、面倒臭そうにためいきを一つつく。


 「迷惑をかけたな。持ち場に戻ってくれ。ここは私とアマンダでなんとかする」


 男性二人にガブリエルが言う。二人はこくりと頷くと、俺なんかに目もくれずに部屋を出ていった。


 「屋上から飛び降りるとは、なかなかな芸当をしたじゃないか。リュカ坊」 


 ガブリエルはアマンダの横にどっかりと座ると、手に持った報告書を繰りながら話す。


 「急に降りてきたんだもの。びっくりしたわよ」


 おどけた調子でアマンダが言う。


 「あんな真似をしたら、いくら命があっても足りないわよ。今回は運良くあの男を取り押さえることができたけど、万が一変なところに降りていたら、怪我どころじゃすまないことになっていたのよ」


 「……すみません」


 「そうきつく当たってやるな。こいつだって、悪気があってやったわけじゃないんだから」


 ガブリエルがアマンダの肩に手を置いてなだめにかかる。


 アマンダはため息をつくと、げんなりした視線をガブリエルに向けた。


 「たとえ善意でも、褒められたものじゃないわよ。わざわざ犯罪者を助けるために屋上から飛び降りてくるなんて。市民を助けるためとかだったら、そりゃ私だって拍手してこの子をほめたたえるけどね」


 言うだけ言うと、アマンダはソファから立ち上がる。


 「リュカくん。何回も言うけど、あんな真似はもうしないこと。それと、あたしたちの仕事は、もう邪魔しないでね。犯罪者(バカ)どもは裁かれるべきで、守るべきものではないし、そんな価値もないの。そのせいでリュカくんが怪我したとか、命の危険があったとか。そんなのが一番馬鹿げているからね」


 それじゃ。そう言い残して、アマンダは部屋を出ていった。


 「こっぴどく叱られたようだな」


 アマンダの背中を見送りながら、ガブリエルが言う。その言葉が誰に向いているのかは、この部屋に俺とガブリエルしかいない時点で、すでに決まり切っている。


 「まぁ、はい」


 「あまり無理はしねぇことだ。守るのに夢中になって、自分がおっちんじまったら元も子もねぇからよ。それに、お前は母親を探さなくちゃならねぇんだろ?」


 「それは、そうですけど……」


 「けど?」


 「……人が殺されるところを。例え、犯罪者だとしても。その、見ていられなかったんです」


 膝に置いた手をぎゅっと握り、ぼやくように俺は口を動かす。


 「そりゃ、人殺しとか。多くの人を苦しめたやつには、情なんてかけるだけ無駄だとは思います。裁かれるべきですし、なんなら殺されたとしても、文句は言えない。そういうことをしてきたんですから、相応の報いは受けるべきでしょう」


 自分の口から考えを吐き出すことになれていない。だから、握った手の中にいやな汗がにじみでてくる。


 「でも、なんというか。殺してしまうのは、ちょっと違うと思うんです。そりゃ、それだけのことをしてきたんだって言われれば、その通りだという他ないんですけど。でも、裁くことのイコールに殺害があるわけではない、と思うんです」


 喋るたびに、自分の考えがまとまらず、自信を失っていく。俺も情けないとは思う。でも、思いを伝えるというのは、思う以上に難しい。


 「そうか。お前の言いたいことは、100はわからなかったが、理解はできたよ」


 ガブリエルはそう言った上で、言葉を続ける。


 「確かに裁きといっても形はいっぱいある。何も死罪だけが裁きじゃない。今回のはただのひったくりだ。せいぜい懲役10年くらい。死罪まではいかねぇだろうよ」


 「そうですか……」


 「リュカ坊は優しいな」


 「そんなことはないです。ただの、自己満足だと思いますから」


 「その満足する部分が、少しでも他人に向いているだけでも、すげぇことさ。その歳でそれだ。でかくなりゃ、立派なやつになるだろうさ」


 ガブリエルは俺の頭をポンと叩く。


 「ただな、犯罪者に市民の権利を与えるわけにはいかない。再帰する機会もあたえられるが、それでだめならこの国に居場所はねぇ。国を去るか。さもなければ死ぬか。最後にあるのはこの二つだ」


 ガブリエルのきびしい口調と、真剣な顔が俺に向けられる。


 「どんな理由があろうと、そいつにどんな過去があろうと。犯罪者になった時点で、そいつはクズだ。私らはそんなクズからエデンを守らなければならねぇ」


 「例え、殺してでも。ですか」


 「市民と治安を守れるなら、それもいとわねぇ。そいつも一つの手段さ。賞賛されることではねぇかもしれないが、蔑まれる覚えもねぇ。そういう意味じゃアマンダは極端だが、間違っちゃいねぇ。死ななくちゃならねぇ奴はいねぇが、かといって生かす価値もねぇクズは山ほどいる」


 俺の頭に置枯れたガブリエルの手が離れて、彼女の膝に戻っていく。


 「だが、お前の言い分も理解できる。殺さずに解決できるのなら、それにこしたことはないさ。今日はよくやったな。表彰の一つもしてやりたいが、今はこれしかない」


 ガブリエルは手をポケットに突っ込むと、中からキャンディを一つだしてきた。


 「ほら、食え」


 ガブリエルはキャンディを俺に差し出してくる。大袋の中にあるような、赤と白のラインが入った包み紙。手にとって包みを開いてみると、中には白いキャンディが入っていた。


 「毒は入ってねぇから安心しな」


 冗談半分にガブリエルが言う。


 俺は少しだけほほを緩めながら、キャンディを口の中に放り込む。ころころと舌の上で転がすと、じんわりと甘みが広がっていく。ミルクキャンディ。優しい甘みだ。


 「私から言うこともうない。お前はそこらのガキどもと違って、物わかりがいいようだし、しつこく言わなくてもわかっているだろうよ」


 そう言うと、ガブリエルはソファから立ち上がって、俺の前に立つ。そして、俺の手首を縛っていた紐手錠をとってくれた。


 「今日はもう疲れたろ。送っていってやるから、ウチでゆっくり休んでいるといい」


 「ありがとうございます」


 ガブリエルの言葉の通りだったけど、実際今日は疲れた。


 体は元気だったけど、気疲れというか。やけに精神的に疲れてしまった。


 一つ抵抗でもして、エデンの街を散策に出かけるというのもありかもしれなかったが。今の俺には歩くことより、柔らかなベッドの方が必要としていた。


 部屋を出た後、エレベーターに乗り込んでガブリエルの車に乗る。


 それからガブリエルのアパートに着くまでの間は、俺の記憶からはない。そんなに寝つきがいいわけではなかったけれど、この日だけは、気づけば深い眠りに落ちていた。

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