3.
それからまた何日かをこのドラゴンと過ごした。過ぎた時間に見合う収穫はない。相変わらずここがどこだかも分からないし、春夏秋冬のいつなのかも分からない。いや、果たして四季なんていうものがあるのかも分かったものじゃないが。
食事は相変わらずイノシシや鹿などの獣の肉だ。焼いたらさぞうまいであろう肉と、大胆に生でいただく。ライオンとかヒョウとか、そういう肉食動物にでもなった気分だ。
肉の消化もそうだが、もっと驚くべきことはこの体の成長速度だ。少し前までよちよちと歩いていたのに、たった数日の間に背も竹のように伸び続け、赤ん坊から小学六年の男児並みの体つきに変わっている。自分の体のことを自分がまるで知らないというのは、奇妙なことでありそして不思議な感覚だった。
ああ、それと俺は一日一日を忘れないために、石を使って壁に印をつけて行くことを習慣にした。天井から覗く太陽と、そして月。昼と夜の繰り返しを一日として一本ずつ線を引いていく。そして五日目には横に線を入れて一区切りをつける。
それを繰り返すこと計十五回。五つの線の塊が三つ、壁に刻まれた。
ドラゴンは相変わらず俺に目をかけてくれている。時々俺の髪についた汚れも撫でてくれたりもするし、最近じゃどこから持ってきたのか、子供用の短パンとTシャツまで見繕ってくれた。あまり最悪な想像はしたくないが、子供を襲ったなんてことは考えたくもない。でも、いつまでもすっぽんぽんでいるよりかは、文明人らしく生活できるように思う。
だが、ドラゴンとの生活に慣れてきても、俺とこのドラゴンの関係性は一向に分からなかった。子供と考えるのは一番いいんだが、それにしたって俺の見た目とドラゴンじゃえらく違う。唯一似ているといったら、ドラゴンの体色と俺の髪色が緑色という事くらいだ。
まあ、俺を襲ってこないところを見ると、なぜかは知らないが、そんな細かいことを考えたところでどうにかなるわけでもないん。人間には考えないという特権もあるんだ。頭の隅に置いて、この難題を考えない方が、俺のためでもある。
だが、時として思わぬ時に答えが見つかるときもある。その答えというのは、もちろん俺とドラゴンの関係性についてだ。
ある満月の晩。ドラゴンは穴から空に向かって咆哮を放っていた。まるで仲間でも呼ぶかのように、大きく、力強い咆哮だ。俺は耳を塞いで、鳴りやむのをじっと待っていた。
やがて咆哮がかき消え、洞窟にいつもの静寂が取り戻される。ぎゅっとつむっていた目をゆっくりと開ける。いつも通りの洞窟。ただ一点をのぞいて。
月明かりの下に、女性が立っていた。月光を全身に浴びて、翡翠色の髪がきらびやかに輝いている。その顔を見た時、一瞬息を飲んでしまう。整った顔立ち。金色の瞳がじっと俺を見つめている。綺麗だ。ただ純粋に、そう思った。
その女性は、ゆっくりと俺の方に歩み寄ってくる。俺は、その場を動くことができなかった。金縛りというか。人間、あまりに美しいものを前にすると、見惚れると同時にひどく恐怖を覚えるらしい。足がすくみ、腰が抜けて身動きが取れない。そして、いよいよ女性が俺の目の前に立った。
「……」
それが女性の声であると、すぐには分からなかった。そして、それが言葉であることも、分からなかった。
女性は優しい微笑みを浮かべて、そっと俺の頭に手を回す。そして優しい手つきて、髪を撫でてくれる。心地のいい感触だった。それに、なんだか懐かしい感覚だった。
そして女性はそっと俺を引き寄せて、優しく抱擁をしてくれる。不思議なものだけど、それだけのことなのに、俺の混乱も困惑も静かに落ち着いて、なんだか安心してくる。そうなってくると眠気もやってきた。
うつらうつらとする意識の中で、俺は女性の顔を見上げる。優しい微笑みを浮かべた彼女は、ただ静かに俺を見つめていた