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14..

 文字の一つ一つの読み方をアマンダに教わりながら、俺は頭に刻み込んでいく。


 しかし50音表というだけあって、読みはひらがなと同じのようだ。


 『あ』から始まって『ん』で終わる。

 流石に文字はひらがなではなかったけれど、それでも読み方が同じならやりやすさは断然出てくる。


 一通りの文字の形を覚えたところで、今度は絵本を手にとって解読にあたる。


 横長でたった五、六ページほどの薄い絵本をひらけば、中にはリンゴやカエルなどの可愛らしいイラストと名前と擬音が入り乱れる文章が書かれている。


 絵本の中身はあまり意味のない文章だ。乳幼児期には擬音が多くなり、年齢を重ねていくにつれて少しづつ意味を持たせた構造に変わっていく。


 俺が手にとって読ませられているのは、だいたい五歳児あたりが読むような絵本だろうか。


 擬音の他にも感情が入り、読んでいるこちらの感情を揺さぶってくる。そして読み進めていくうちに苦労が降りかかり、解決して見事ハッピーエンドで締めくくられる。


 なんて幸せな内容だろうか。現実の苦労もたった一ページ、それも一行だけで済んでしまう内容だったらどんなにいいか。子供の見た目に反して中身のオッサンは一人ため息を漏らす。


 しかし中身とは関係なく、子供のころ以来絵本なんてものを手にとったことはなかったが、なるほど、これは便利なものだ。


 絵柄もわかりやすく、それに名前も一緒に載っているから覚えやすい。物語を楽しんでいるうちに自然と言葉が理解できるようになってくる。だからしきりに読み聞かせなんてものをやっているのかと、一人で納得していた。


 アリョーシに言葉を事前に教わっていたこともあって、一時間ほどでアマンダの用意した本は読み終えた。


 背筋をぐんとのばし、腰をあげる。ずっと座りっぱなしだったおかげで、腰のあたりに鈍痛がくる。


 「お疲れ様。どう、書けるようになったかしら」


 アマンダは、タブレットを眺めながら俺に聞いてくる。


 「ええ、まぁ」


 「そう、ちょっと見せて見なさい」


 タブレットをテーブルに置いて、俺が文字を書きなぐった紙をとる。


 「下手くそな字ね」


 アマンダの評価はなかなか辛辣だ。だが、全くの事実だから返す言葉がない。


 「でも、よく書いたじゃない。これなら、大体の文字はもう読めるでしょ」


 紙をテーブルに置いて、アマンダはよっと立ち上がる。


 「さぁ、行きましょうか」


 「行くって、どこへ?」 


 「エデンの街よ。一人で街中を歩いて行くことがあるかもしれないし、大体の道を覚えていた方が、何かと都合がいいでしょ」


 「そりゃ、そうですけど。いいんですか? 仕事場を抜け出すことになるんじゃ」


 「いいの、いいの。これも仕事の一環なんだから」


 そういうと、アマンダは俺の手を引いて、部屋を出た。

 半ば強引に連れ出されてしまったが、その反面、ワクワクしていたのも事実だった。


 昨日や今日の朝は車に乗って道路を走る際に眺めただけで、どこがどうとか。ここがこうとかの情報が一切なかった。

 知らない場所。知らない道。そこを行けるとなると、やけに胸が高鳴る。


 エレベーターに乗り込んだ俺たちは、そのまま一階の駐車場に降りる。

 そして、ガブリエルのスポーツカーを横目に、アマンダの車へと向かった。


 アマンダの車は、どこか懐かしい小型の車だった。

 外車の『ビートル』とかいう車に似ている。車体の色は薄い黄色で、バンパーの部分は白い。


 「ほら、乗って」


 鍵を開けて運転席にアマンダは乗り込む。そして、窓を開けて顔を出して、俺を呼んだ。


 「は、はい」


 俺はすぐにアマンダの助手席に乗り込んだところを見ると、アマンダはアクセルをふかせて外の道路へ出る。


 「さて、どこへ行きたい……って言っても分かんないよね」


 「ええ、まぁ」


 ハンドルを握りながら、俺とアマンダは行くあてのない車の行き先を決めていく。


 「映画館か、それとも遊園地か。あ、劇場を見に行くっていうのもいいわね」


 「それ、アマンダさんの趣味ですか」


 「いいえ。でも予定なく行くってなると、そこらへんじゃない?」


 「別に、そんなことないと思いますけど……」


 俺が返答に困っていると、どこからか音楽が流れ出した。


 それはアマンダのポケットから聞こえて来た。ヒップホップのようなリズミカルな曲は、どうやらアマンダのスマホから流れ出ているらしい。


 ポケットから取り出されたスマホから依然として音楽が鳴り響く。

 でも、アマンダがボタンを押すと音は鳴りやみ、アマンダの通話する声がきこえてくる。


 「はい。ああ、ガブちゃん? どうしたの? ……リュカくん? リュカくんなら、今私とデートの真っ最中だけど」


 いつからデートになっていたのだろうか。

 俺は不審げにアマンダを見る。それに、運転中の通話は控えろって自動車学校で教わらなかったのか。


 いや、この世界の道路法規なんて知らないから、知った口を叩けないけど。

 しかし、アマンダはウィンクを返してくるだけで、別に気にした様子はなかった。


 「こっちなら大丈夫よ。街の中を案内するだけだから、気にしないで仕事続けて。……はいはい、わかりましたよ。お土産買ってった方がいい? ……了解、ほんじゃ、後でね」


 それを別れの言葉にして、アマンダは通話を切った。


 「何かあったんですか?」


 「いいえ。ガブリエルちゃんが貴方のことを心配して、電話をよこしてきただけよ。部屋に来た時、ちょうど私たちと入れ違いになったみたい。きっとびっくりしたでしょうね」


 アマンダはそう言いながら、いたずらっぽくほほえんでみせる。


 「ガブちゃんのテンパった顔、少しは見たかったかな。いや、残念ね」

 

 「ガブリエルさんは、何か言ってましたか?」


 「別に。『リュカ坊のやつはどうしてる』とか。『くれぐれもリュカ坊から目を離すな』とか。そんなことをいうぐらいよ。もう、言われなくてもわかってるっちゅうに」


 不服そうにハンドルに顎をのっけて、頬を膨らませる。

 それが、年齢に似合わず子供っぽい仕草だったから、ちょっと面白かった。


 「ちょっと、何笑っているの?」


 「あ、いえ。別に」


 アマンダはキッと俺のことをにらんでくる。

 そんなに大げさに笑ってはいなかったけど、どうやらアマンダにはそう見えたみたいだ。


 「……まぁ、いいわ。そうね、行きたいところがないのなら。適当に街を走りましょうかね」


 「あ、一箇所行って見たい場所があるんですけど」


 「あら、本当?どこ」


 「リーコン・ロジステック社ってところなんですけど」


 「へぇ、大企業に興味があるの」


 「い、いや。昨日テレビでドラゴンの人工生殖に成功とかなんとか言ってたから、ちょっと気になって」


 取りつくろう必要もないのに、俺は慌ててアマンダに言う。


 「ああ、そういえばそんなこと言ってたわね。わかった、じゃあそこ行きましょうか」


 アマンダはハンドルを切り、信号を右に曲がる。


 別にアリョーシがそこの企業で見つかるとも、そこに行けば何か発見があるかもしれない。なんて確証もない。


 ただ、最初の一歩として、ドラゴンと関係がありそうな場所を当たるのは悪くはない。


 入れるかどうかはまた別として、少なくとも、そこまでの道のりとかも知っておきたかった。


 アマンダに運転を任せて、車窓から見える景色を忘れないよう、肩をよせながら外を眺め続けた。

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