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12..

 店の扉を開ければ、カランカランと入店を知らせるカウベルの音が店内に響いた。


 音につられて扉の上の方を見ると、そこには確かにカウベルがつけられていて、空洞の中に吊り下げられて小さな玉が入っている。

 扉を開けた勢いでその玉が内側からカウベルを鳴らしているようだ。


 ガブリエルはカウベルなんか気にしていないらしい。単に慣れているだけだとは思うが、スルスルと店の奥へと向かって歩いていく。それに少し遅れながら俺も早足で後を追う。


 店内は落ち着いた雰囲気だ。壁紙は杉のような深い茶色が下地で単語か文章か、黒文字の模様が壁一面に入っている。


 天井には照明のついた換気扇が三つ、時計回りにくるくると回っている。


 店に入って右側には黒い革張りのボックス席が4つがあって、奥に向かって並んでいる。


 左側にカウンターがあり、五つの丸椅子がカウンターに沿って設置してあった。


 またカウベルで気づかなかったけど、入り口にはいってすぐ商品の入ったガラスショウケースがあって、中には大皿に並べられたサンドイッチが顔を向けている。


 喫茶店というかバーというか。ジャズの小粋な音色も相まって、洒落た空間に迷い込んできたような感覚に陥った。


 「おはよう。ガブリエル」


 入店してきたガブリエルに向けて、男が声をかけた。


 「おはよう。ルーク」


 ルーク、それが大家の名前だろうか。


 スキンヘッドに丸メガネをかけた温厚そうな男性だ。

 年齢は40そこそこといったところだろうか。藍色の目がメガネの奥からこっちを見つめている。


 「ママなら奥だよ。ここで食べて行くんだろ?」


 「まあね」


 それだけを言うと、ガブリエルは店の奥へと入って行く。


 「あの男の人が大家さんですか?」


 「ん? いや、違う。あいつは大家のせがれだ」

 

 カウンターに俺たちは座る。


 「大家ならほら、そこにいる」


 ガブリエルの指差す方へ、俺は顔を向ける。

 そこには一体のマネキンがカウンターを挟んだ向かい側に置かれていた。


 陶器のような白く艶やかな肌。瞳はライトでもついているのか、赤く怪しげな光を浮かべている。

 顔には目以外のパーツはない。一見して怖い印象をもったが、それがより作り物らしさを際立てているのかもしれない。


 関節には黒い球体が使われ、滑らかな挙動を可能にしているようだ。


 客寄せパンダならぬ客寄せマネキンだろうか。


 両手にポットとカップを持っていることから、どうやらこれから何かを淹れようとしているのだろう。

 レジャーランドとかにある、見せかけの料理ロボットみたいなものか。


 「おはよう、ガブリエル」


 だから、そのマネキンが喋った時には、心臓が止まるかと思った。


 「……今、喋った?」


 「私が喋っちゃいけないかしら? 坊や」


 マネキンの赤く光る目が、俺を見た。

 無機質で能面みたいな顔。夢で見たらトラウマになること間違い無い。


 「ティモン、あんまり脅かさないであげなよ。リュカ坊はあんたのこと初めて見るんだから」


 ガブリエルは肩を竦ませながらティモンを諭す。


 「アンドロイドを初めて見る?珍しい子がいたものね」


 ティモンと呼ばれたアンドロイドは、不思議そうに首をかしげた。


 ティモンの声は男のものか、それとも女のものか判別がつかない。

 そう言う風に作られていると言われればそれまでだけど、不思議な声をしていることは間違いなかった。


 「坊や、どこから来たの?」


 「あ、え、えっと……」


 「いとこの子供だよ。私に預けて来たんだ」


 俺が答えに困っていると、横からガブリエルが救いの手を差し伸べてくれた。


 「あら、貴女にいとこがいるなんて聞いたことなかったわ」


 「そりゃ、聞かれなかったからな。話すつもりもなかったし」


 「まぁ、薄情な子ね。何年も一緒にいるんだから、ちょっとは話してくれたっていいでしょう」


 「気が向いたらな」


 「もう……」


 ティモンはカップの中に顆粒のコーヒーを入れると、ポットのお湯を注いで行く。

 そして、熱々の出来立てのコーヒーを、ガブリエルに差し出した。


 「眠気覚ましに飲みなさい。貴女いっつも眠そうにしてるんだから」


 「あんがと」


 そう言って、ガブリエルはコーヒーに口をつけた。


 「坊やも飲む?」


 ティモンは俺にポットを掲げてみせる。


 「あ、いえ。自分は結構です」


 「あら、コーヒーが苦手なの?」


 「ええ。まぁ」


 「そのうち美味しさがわかる時がくるわ。でも、飲み過ぎ注意ね。過ぎたことはなんでも体に毒だからね。まぁ、もう言っても遅い人がいるけど……」


 ティモンの目が俺からガブリエルへと移される。


 「ティモン、サンドイッチくれ。腹が減った」


 いつのまに飲みきったのか。空のカップを振りながら、ガブリエルが言った。


 「はいはい。坊や、嫌いなものはある?」


 「特にないですけど……」


 「そりゃいいわね。好き嫌いがないのは素敵なことよ。それじゃ、ちょっと待ってなさい」


 ティモンはショウケースの方へ歩いていき、サンドイッチを4切れほど持って来た。


 それを皿の上に乗せると、俺とガブリエル二人の前に差し出す。


 「はい、どうぞ。ゆっくり食べなさいよ。噛んで食べないと消化に悪いし、焦って食べて喉に詰まらせると本当に苦しいから。坊やはとくに気をつけなさい。まだまだ成長途中で喉も大きくはないからね。それじゃ、ごゆっくり」


 ティモンはそう行った後、俺たちに背中を向けて何やら作業に移ってしまった。


 戸惑ったままの俺に対して、ガブリエルは何の気なしにサンドイッチを一つ手に取った。


 彼女が手にしたのは雑穀のパンで作られたサンドイッチだ。


 中に挟まれているのは、レタスにベーコン、それにトマト。

 サンドイッチと検索をかければ真っ先に出て来そうな、サンドイッチと言えば思い浮かぶ具材が入っている。


 サンドイッチを片手で掴んだまま、彼女はガブリと一口かぶりついた。


 もぐもぐと咀嚼して飲み込むと、またサンドイッチを口の中に運んで行く。


 いくら戸惑っていたとしても、うまそうに食うやつを横目にしていたら、こっちも腹が減ってくる。

 俺もガブリエルにならって、サンドイッチに手を伸ばす。


 サンドイッチの断面は彩りがよくて、じっと観ているだけでも食欲を刺激してくる。まだ朝だが関係ない。空腹の前に戸惑いも驚きも途端に消えてしまう。


 意をけっして口を開け、サンドイッチを口の中に運び入れる。

 噛み締めると、途端に口の中に旨味が広がってきた。


 野菜のシャキシャキとした食感。ベーコンは肉厚で、噛めば噛むほど塩気が広がってくる。

 それにコショウも混ざっているのか、香辛料らしい香ばしい匂いが鼻を抜ける。

 その塩気をキャベツとトマトの水気、それとパンと絶妙に絡み、これまた美味い。


 「……旨い」


 この一言を言うまでに実に2分ほどを消費しただろうか。

 じっくりと食べることでより旨さが増し、より食欲を引き立ててくるのだからもうたまらない。


 早く口に運び入れてしまいたい。


 しかし、早く食べてはなくなってしまっても困る。

 じっくりと、口の中全体で味覚を堪能するように。ゆっくり、しかししっかりと噛み締めた。

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