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7..

 「……おい」


 夢の中で声が聞こえる。聞き覚えのない声だ。


 きっと昔会った女性の声が夢に現れただけなんだろう。きっとそうだ。だから、思い出せなくても仕方ない。


 「……おい」


 また聞こえてきた。乱暴な口調だなと思ったけど、その声にはやっぱり聞き覚えがない。


 「……おい、起きろ」


 その声のあと。頭のてっぺんに強い衝撃が走った。殴られた。それも結構思い切り。


 「痛ッ……!」


 あまりの痛さに俺の意識は一気に覚醒へと持っていかれる。


 目を開いた時、目の前には一人の女性が突っ立っていた。


 格好はガブリエルと同じ黒いコートに黒のブーツ。黒一色の服装をしている。


 見覚えはない。と思ったけど、そうではなかった。犯人の男二人を乗せたヘリに同乗していたあの女性だ。


 「な、何か。ご用ですか?」 


 どぎまぎしながらも、俺はなんとか女性に言葉をかける。


 「……飲め」


 女性は持っていたカップをひとつ俺に差し出してきた。


 匂いからしてそれはコーヒーのようだ。中身を見て見ると黒々とした液体が入っている。やっぱりコーヒーだ。


 「ありがとうございます」


 礼を言いながら、コーヒーに口をつける。

 湯気がたっていてまだ暖かい。苦味の効いた味で、インスタントらしく飲みやすい。


 「……ゼレカ」


 「はい?」


 突然話してきたものだから、俺は一瞬聞き取れなかった。


 「名前、ゼレカ・バレ」


 「ああ、ゼレカさんって言うんですか」


 ゼレカはこくりとうなずいて見せる。


 黒髪の黒目。いや、黒に見えたが実際は茶色の目をしていた。

 美人とまでは言わないけど、整った顔であることは間違いない。


 しかしその顔は表情ひとつ感じなかった。お面をつけているかと思うほど、眉も頬も口元も感情が見えて来ない。


 もともと表情に感情が現れない人なのかもしれなかったけど、俺は殴られた痛みも忘れて、少しだけ怖さも感じていた。


 「名前」


 「はい?」


 「名前」


 「あ、俺の名前ですか」


 俺がそう言うとゼレカはこくりとうなずいた。


 「リュカって言います」


 「出身は?」


 「それは、分かりません」


 「なぜ?」


 「森の中で生まれたので、場所はわからないんです」


 「そう……」 


 ここまでのやりとりで表情の変化は一切なし。

 ゼレカはあらかじめ持ってきていたボートに用紙を乗せて、そこに何か書き込んでいく。


 ちらっとその文字を読んで見るが、まるで分からない。見たこともない字でしかもゼレカが殴り書いていくから余計に読めない。


 最低限項目が分けられていくつかの文言が書かれていたんだが、じっと目を凝らしたところで理解はできなかった。


 俺の視線に気がついたゼレカは、用紙を傾けて俺の目線から外してしまう。まあ、外されたからといって内容が理解できていないのだから、あまり意味はないが。


 「家族構成は」


 「……母が一人います」


 用紙を見ることを諦めて、俺はソファに深く腰掛ける。


 ゼレカは記入し終わると、首に下げていたカメラで俺を撮る。

 そして、俺に写真の出来を確認することなく早々に部屋を後にしてしまった。


 何の言葉も挨拶もなしだったから、俺は呆気にとられたまま彼女の背中を見送っていた。


 何となく手持ち無沙汰になった俺は、コーヒーをひと啜りする。

 でも、コーヒーも無限にあるわけじゃない。啜り続けていれば、いつかは無くなってしまう。


 カップを呷りついに最後の一滴を喉に通してしまえば、本当に手持ち無沙汰になる。

 さて、困った。いよいよ暇が襲ってきた。


 貧乏ゆすりをしたり、ソファから立ち上がったり、色々とやってみてもやっぱり暇なことは変わらない。


 そこに救世主のように現れたのは、ガブリエルだった。


 「ゼレカのやつが来たか?」


 「え、ええ。まぁ」


 どうやらガブリエルはゼレカがこの部屋を訪れることを知っていたらしい。


 俺の対面のソファに座る。俺は慌てて元いたソファに腰掛ける。


 それを見計らったのかガブリエルはポケットから白い箱を取り出した。

 表面には赤い線で作られた円に黒い蛇が巻きついたようなイラストが入っている。イラストの下には何か文字が書かれていたが、やっぱり読めない。


 これは早々に文字の習得にかからなければならなそうだ。と俺はしみじみ思う。


 でも、その箱の中身は何となくわかった。

 箱の上口を開ければ、タバコが綺麗に頭を並べて入っていた。


 ガブリエルは慣れた手つきで一本口に咥える。そして、タバコとともにしまっていたライターで炙って火を灯す。


 じっくりとタバコを味わいながら、ガブリエルの口から濃い紫煙が吐きだされた。


 「あいつ変なやつだったろ」


 タバコの灰を手持ちの吸い殻入れ払い落としながら、ガブリエルがいう。


 「まぁ、そうですね。なかなか変わった方でしたね」


 「悪く思わないでくれ。あいつ初めて会う奴にはいつもああなんだ。業務に忠実なのはいいが、初対面の愛展はちとあたりがきつくなっちまう。なんとかしろといつも言っているんだが、そうそう生まれ持った性分はなおらねぇもんさ。だが、流石にあいつは仕事が早ぇ」


 ガブリエルはタバコを口に端に咥えると、コートのポケットからおもむろに一枚のカードを取り出した。


 見ればそこには俺の顔写真があられていて、その横には文字が並んでいた。


 「これは……」


 「身分証明書だ。この国での行政手続きなり、公共施設等々の利用に使う。ああ、あと買い物もそれ一枚でいける」


 「それは、便利ですね。でもお金はどこから……」


 「そりゃ、無一文だしな。銀行口座も用意していなんだからすぐには使えないさ。まぁ地道に稼いで使えるようになったらいい」


 タバコを吸い殻入れに擦り付けて火を消す。そして吸い殻をそのまま中に入れると、吸い殻入れをコートのポケットにしまう。


 「さて、リュカ坊。今晩はどうする?」 


 「えっ?どうするって……」


 そういえば、今晩の宿なんて考えもしなかったな。


 山だったら野宿をして、獣を狩るなり木の実を食べるなりして過ごせた。

 だけど、こんな大都市じゃ肉を食うにも木の実を食うにも金がいる。


 それは当然のことだし、何も文句はなかったけど。しかし、山が拠点の猿、もとい俺には何とも居づらい場所だ。


 「それは、まぁ、野宿なりして過ごそうかと」


 「そうだろうと思った。よし、着いてきな」


 「着いて行くって、どこへ」


 「私の(うち)さ」


 「……は?」


 言っている意図がわからなかった。なんでそんなことを思いついたのかも分からない。


 だから、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


 「何だい馬鹿みたいに口を開けて。家なし宿なしのガキ一人放っておくのは可哀想だし、幸いうちは広いから坊や一人増えたところでどうってことはないよ」


 「でも……」


 「ああ、もう。ガキが気を使うことはないんだよ。大人の気遣いは喜んで受け取るもんさ。それに、坊やの母親も探さなくちゃならないしね。それまで私ん家で世話してやる。そら、着いて来な」


 ガブリエルは俺の首根っこを掴んで俺を無理に立たせにかかる。


 「ま、待ってくださいよ。せめて自分で立ちますから」


 そう言ってガブリエルの手を剥がそうとするんだが、生憎なことにその手は義手だ。


 ひねっても叩いてもビクともしない。


 ガブリエルは笑いながら俺を引きずって部屋を出て行く。


 まるで人さらいじゃないか。俺はそんな風に思いながら抵抗してみるが、がっちり俺を掴んだ手は離れない。


 抵抗するにも解けないんじゃ仕方がない。俺はもうやけになって、ガブリエルに引きずられるまま部屋を後にした。

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