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3..

 俺の心配した通り、女性はまだそこにいた。


 突然茂みの中から出たものだから、女性はびっくりして目を見開いている。


 「大丈夫ですか」


 緊張を和らげてもらうために、俺は女性に声をかけた。


 できるだけ柔らかい言葉遣いを心がけたつもりだ。


 でも、乱暴されそうになった直後だからか。俺が少しでも近付こうとすると、女性は体を震えさせた。


 「すみません。怖がらせるつもりはなかったんです」


 手のひらを女性の方に向けて、左右に広げる。


 こちらは危害を加えるつもりはない。言葉だけでなく態度でも示してみる。


 「……あ、あなたは。誰?」


 俺の態度に少しは緊張を解いてくれたのか、女性が俺に話しかけてくれた。


 「リュカって言います。怪しいものじゃ……といっても信じられないですよね」


 もう少し言葉を選ぶべきだった。少し反省をしながら、けれどもう一度言葉を続ける。


 「お姉さんの悲鳴を聞きつけて来ました。無事なようでよかった。でも、早いところ逃げた方がいいと思いますよ。あいつら気絶しているけど、いつ起きてくるかわからない……」


 言葉が途中だったけれど、止めざるを得ない自体が起きた。


 女性の背後でノビていた男が、起き上がったんだ。


 「逃げて!」


 俺は叫んだけれど、一瞬遅かった。


 男は女性の腹に腕を回して、首元にナイフをあてる。女性もすぐに逃げようとしたのだが、首筋にあたる冷たい感触に思わず逃げる足を止めてしまう。


 顎を上向きにされて、女性は涙ぐみながら俺を見てくる。


 これが少しでも交渉の余地があれば、下手くそなりに交渉をしてみようと思った。


 だけど、そんな余地は男の頭にはなかった。


 完璧に頭に血が上った様子で、目は座っていて、ナイフを握る手は力が入っている。 


 落ち着けなんて軽々しく言える雰囲気ではない。


 下手に言葉を出したら、いつでも女性の首をかっきてしまいそうだった。


 どうする。どうしたらいい。


 選択肢をいくつも頭に浮かべ、その中で最適の方法を探す。


 けれど、こんな状況での最適な方法なんて分かるわけなかった


 この世界にきてついたのは度胸と自然の中で生きる方法と、あとは龍の力を使いこなすことくらい。


 交渉の方法なんてものは生まれてこのかた教えられていない。

 

 どうにかこうにか頭をひねって、出てきたのは女性に傷を負わせてでも助け出すことくらい。


 つまりは、俺が男に瞬時に突っ込んで気絶させることくらいだ。


 俺が男を掴みのが先か。それとも男が女性の首を切るのが先か。


 嫌な賭けだが、これ以外にいい方法が思いつかない。


 そう思って俺が腕にモヤを纏わせようとした矢先、俺の背後から発砲音が聞こえてきた。


 音のした方へ目を向けようとしたが、それよりも早く男の額に風穴があいた。


 ゆったりと背後へと男は倒れていく。


 その動きはひどく緩慢で、まるでスローモーションを見ているみたいだった。


 でも、確かに男は女性と一緒に背後へと倒れていく。発砲音と冷たくなった男を見て半狂乱(ヒステリー)でも起こしたのか。


 言葉にならない悲鳴をあげながら、女性は男の腕を振りほどいて這いずるように離れた。


 兎にも角にも女性は見事に救い出されたわけだ。


 安心してしかるべきだが、俺の心臓はどういうわけか早鐘を打ったまま。治る気配がなかった。


 それどころか、よりばくばくとやかましく音を立てている。


 人間の死。


 それも自然によるものじゃなくて、誰かの手によってもたらされた不都合な死に方だ。


 獣ならどうにか飲み込めたが、人間が殺される様はどういうわけか衝撃が強かった。


 息を吸うのが辛い。喉に何かが詰まったみたいだ。嫌な汗が背中に流れて、薄ら寒くなる。


 でも、その感覚がどうでもよくなる衝撃が、俺の背後からもたらされた。


 突然背後から誰かに殴られた。


 拳とかそんなものじゃない。もっと固い何かだ。


 おかげで俺の視界がぐらりと揺らいで前のめりに倒れた。


 受け身なんてしている余裕はない。強かに顔や胸をぶつけたけれど、それ以上に頭が痛くて仕方ない。


 頭がくらくらするし、視界が全然安定しない。


 ゆっくりと暗くなっていく視界の中に、黒いブーツが入ってきた。


 ブーツは女性の方に歩いていく。


 なんとか上を見るとその人間は黒いロングコートを着ていた。


 どうやら女性に危害を加えるつもりはないらしい。


 半狂乱の女性をなだめ、自分のコートを女性にかけてやっている。


 よかった。これなら、大丈夫だ。


 俺は内心安心した。でも、言葉も出ずに俺の意識はだんだんと薄くなっていく。


 消えかかる視界の中で、コートを着ていた人間が俺の方を向いた気がする。


 でも、顔を確かめる前に、俺の意識は黒の中に沈んでしまった。

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