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「俺だ。研究施設の放棄とロベルトの殺害を実行した……ああ、緊急プランだ」
建物を出たアーチャーは、顧客に電話をかけていた。ロベルトとは別の男で、ロベルトの知らない男でもある。《シグルトの舌》に名を連ねる誰かの部下、と言うこと以外男の素性についてアーチャーは知らない。知らなくても、仕事に支障はなかった。
「ドラゴン二頭を逃し、残り二頭は未だ牢の中だ。回収に回ってもいいが、それはそちらの判断に任せる。……ああ、分かった。ではそのようにしよう」
電話の向こうから下された判断。それに則って胸元から機材を取り出した。携帯電話と同じサイズのそれに、赤い小さなスイッチが付いている。アーチャーはそれに目を落とすと、迷いなくスイッチを押した。
背後から聞こえてきた、爆音。衝撃波がアーチャーの背中を押し、熱が首筋にぶち当たる。建物の支柱。それとドラゴンをしまった牢に取り付けられた全ての爆薬が作動した。轟音を響かせながら、巨大な建物が一瞬で粉微塵に崩れ落ちる。迫り来る塵埃から逃れるように、アーチャーは歩き始めた。
「それと、自警団二名とドラゴンの子供を一人殺害した。……ああ、そうだ。ドラゴンと人間の子供だ。……いや、トドメを刺す直後に邪魔が入ったから生死を確かめたわけではない」
屋上にいた連中も無事では済まないだろう。しかし、生き延びる手段がないわけではないだろう。奴らには|偶然だろうが|翼を手に入れたのだから。
煙の中から、一頭のドラゴンが飛び出してきた。赤黒い鱗にどう猛なその顔。大きな翼をはためかせ、牢の中で見るより堂々たるその風貌に、一瞬とは言えアーチャーは見ほれていた。
「……いいや、なんでもない。ドラゴン二頭が脱走しただけだ。……ああ、そうだ。心配しなくても、また捕まえに行く。金の分の働きはするとも。しかし、しばらくは動けない。自警団の目が光っている。この電話も後々処分する。新たな電話を手に入れたら、また掛け直す」
電話を切るとアーチャーはそれを地面に落とす。拳銃を抜くと電話に向けて引き金を引いた。発砲音は背後の物音に消され、目立つことはない。そしてわずか数秒の間に、小さな機械端末にいくつもの穴がこさえられる。
コードや制御盤、リチウム電池など端末を構成した臓器とも言える部品たちが、穴から飛び出てそこらに散らばった。
拳銃をしまい、携帯の残骸を蹴散らす。それからアーチャーは人目を避けるように、路地の暗がりへと消えていった。