12............
「さて、馬鹿話もひとまず置いておこうや、火龍の姫さんよ」
「私は姫ではないが」
「言葉のあやだろ。女って呼ぶより聞こえはいいさ。……人間のお嬢さん達。君らのお仲間が、この忌々しい牢を開けてくれたのかな」
「い、いえ。私達じゃ……」
そう言いながら、アマンダは他の二人に目配せをする。二人も身に覚えがないと首を横に振る。
「ふむ。君たちではないのか」
男は首をかしげる。
「まあ、いいや。それより、ここから早い所でた方がいいだろうな」
男はひとっ飛びに跳躍しアマンダの前に男が立った。そして彼女に抱えられたアリョーシに視線を落とす。
「まさかお前が人間に救われるとはな。アリョーシ、相変わらず綺麗な面してやがる。まるであの頃と変わってねえ」
顔にかかるアリョーシの前髪を、男はそっと払ってやる。
「お知り合い、なんですか」
「ああ、お知り合いもお知り合いさ。こいつのことならよく知っている。なんたってこいつとつがいになろうと毎日追いかけていたからな」
男の口から出た言葉に、アマンダの心はざわついた。主に気色が悪いという、マイナス面への方向に。しかし、あからさまな忌避はしなかった。この男は人の形をしているが、中身はドラゴン。いわば動物だ。動物というくくりで見ていいのかは定かではないが、とにかく動物であることには間違いない。
それなら交尾のためにメスをオスがしつこく追いかけるのも、自然の摂理として理解できる。もし、これが人間であった場合|人間もまた動物であるという事柄には目を伏せて|即刻逮捕され、牢屋に何日かぶち込む事になるだろう。
「恋は盲目っていうか。恋の嵐というか。毎日毎日こいつの尻追っかけて、求婚していたものさ。だが……」
男の目は、トムにおぶられたアーロンを見た。
「まさかこいつが人間を選んで、そのままくっつくとは思わなかったがなぁ。しかも、しっかり子供もこさえてよ。そこにいる人間の男と、子供はアリョーシの家族だろ」
「知っているんですか」
「男の方はな。なにせ人間に化けて二人の様子を見ていたから、よく知っている。全く羨ましい限りだったぜ。こっちが嫉妬しちまうくらいにな。子供の方は顔は知らなかったが、何せその髪色の風貌がアリョーシそっくりなもんだから、すぐに分かった」
求婚のためにしつこく付きまとっていたとしたら、アリョーシの特徴をつぶさに覚えていても無理はない。現にこの男ははっきりとアリョーシだと分かった。そしてその特徴を多く遺伝したリュカを、彼女の息子であると判断するには、そう難しい話ではないように思った。
「全く馬鹿なのか勇敢なのか。人間ってのはよく分からないものだね。多分その子供も人間の血が入っているから、こんな無謀なことをやってのけたんだろうけど。これじゃあ命がいくつあってもたらねえよ。早死にしたいのか、こいつらはさ」
「いつまで無駄話をするつもりだ」
女が言った。
「いいじゃねえか。久しぶりに人間のお嬢さんと話ができるんだ。少しくらい会話に興じたって罰はあたらねぇよ」
「それはここを脱した後にしろ。せっかく自由の身になったのに、この巨大な箱の中から出れなければ、元も子もないだろう」
「まあ確かに、その通りだな。それじゃあお嬢さん、名残惜しいが一旦会話はここまでにしよう。まずはここを出なくちゃならない。俺たちと一緒にここを出た後、お茶でもしながら話でもしよう。もちろん、アリョーシ一家と一緒だっていいが、できれば、俺は君と二人っきりで話がしたいな」
「は、はあ」
色男を装って男は格好をつけてみせる。確かに格好は良かったが、爬虫類を思わせるドラゴンの目はそのままで、気色の悪さが格好つけを台無しにしてしまう。トカゲやヘビが、獲物を狙う時の鋭い目つきだ。爬虫類がダメというわけではないが自然と総毛立った。
だが、いずれにしても一応命を取られる心配はしなくてもいいようだ。アマンダが密かに胸をなで下ろしているうちに、男は背を向けて女の元へと歩いていく。
「どれ、では一丁派手にぶち破ってくれ。火龍の姫ちゃん」
「姫ではないと言っているだろう」
「いいから、早くぶち破ってくれよ。細かいことはいいからよ」
男は頭上を指差し、女に言う。
ため息をひとつ吐いてから、女は頷くとふと目を伏せる。すると女の体からは業火が吹き出し、女を包み隠した。もう驚きはしない。そう思っていたアマンダだが、女に起こった現象には流石に肝を冷やした。炎に焼かれ肌が焦げ付き黒ずんでいく様は、見ていてあまり気持ちのいいものではなかったから。
男は何の言葉をかけずに、彼女様子を見守っている。驚くことも、アマンダのように肝を冷やす様子もなく。それが当然の姿というよう平然と眺めていた。
女は倒れることも、呻くこともせずに立っていた。そして、女の姿が完全に崩れた時、炎が爆ぜ、そこに火龍が生まれた。
人間に変わった瞬間も驚いたが、人間がドラゴンに変わる瞬間も驚くべきものだ。そこらの奇術など子供騙しの類に見える。そしてあの変身にはなんのタネも仕掛けもないと言うのだから、唖然とする他にない。
ドラゴンと言う種族を研究者達がこぞって研究したくなるのもうなずける。あんな能力を見せつけられたら、よだれを垂らしながら夢中で研究するはずだ。
火龍は部屋の頭上に顔を向けると、口に炎を溜め一気に吐きつける。膨大な熱量を持った炎の塊が天井にぶつかり、爆ぜた。そして天井に大きな穴が空いた。
天井の先には土はない。地下のはずなのだが、そこには吹き抜けのようになっていた。縦にも横にも広く空間が取られていて、牢を悠々とおろせるほどの広さがある。なるほどこれで牢をこの地下施設に下ろしていたということか。
「さあ、人間諸君。乗りたまえ」
男は火龍の背中に乗ると、大げさに手を広げてアマンダ達を火龍の背中へと呼び寄せた。