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アマンダとトムが戻った時も、相変わらず外の牢部屋にはドラゴン二頭がいた。
火龍はスプリンクラーを忌々しく見つめ、水龍はどこか歓喜しているように水面から顔を覗かせている。
「戻ったか」
ガブリエルのささやきがアマンダの耳に入る。彼女は相変わらず扉の影から外を注意深く覗き、警戒に当たっている。怪我は相変わらずひどいが、口が聞けるくらいには大丈夫そうだ。
だがガブリエルの健康の有無にかかわらず、今後の行動についてより慎重にならざるを得ない。ドラゴンと戦うことは考えるだけで無駄なことだ。たとえ銃を持って戦ったとしても、業火に焼かれるか水面から喰われるかの二択しかない。
ならば、隠密に素早くここを抜ける他にない。だが、これだって命がけであることに変わりはない。どんなに急ぎたくても物音を立てれば火龍が気づくだろうし、水面を立てれば水龍に感づかれる。
そこまで考えたところで、自分たちの置かれた状況がかなりまずいということがわかる。出るに出られず、強行突破も無理。生きているのに生きた心地がしない。疲労の溜まった頭をいくらひねっても、妙案は一向に降っては来ない。
「どうしましょうかね……」
気疲れしてそんな言葉まで出る始末だ。もう考えるのもやめたくなってくる。
「どうしましょうかね、じゃないだろ」
そこへ苦言を刺したのが、ガブリエルだ。
「困っちゃうわよ。全然いい案が出ないんだもの」
「もっと考えてみろ。何かあるはずだろ」
「じゃあ、あなたが何か考えてみなさいよ。あのドラゴン達をだまくらかして逃げのびる手段をさ」
「正面突破」
「……あなたに聞いたのが間違いだったわ」
アマンダは頭を抱えて、自分のおかした愚行を悔いる。その反面ガブリエルは肩をすくませてさも当然のことを言ったような、満足げな表情を浮かべた。
「私に考えさせたら、無謀なことしか思いつかないさ。頭の利くお前が考えてくれ。私やトムはお前の駒として動くからよ」
「自分で言っていて悲しくならない? それ」
「ちっとも。物事には向き不向きってものがある。私は作戦を練るのは不向きだが、お前はそれが向いている。それだけの話さ」
「そうかしら。ただ使わない頭の言い訳にしか聞こえないけど」
「御託はいいから、さっさと考えろ」
半ば強引にガブリエルは会話を終えると、さっと顔を廊下の外へと向ける。人使いが荒いというか、他人任せというか。相変わらず頭脳労働を嫌う女だ。ため息をつきながら、背後にいるトムに目をやるが、やはりガブリエルと反応は一緒だ。首を傾けて、比較的頭の使えるアマンダに作戦を任せている。
責任転嫁。悪く言えばそうだが、実際は責任の押し付けではなく、最も有効的な頭を持った人間に任せるという、信頼に基づいたものだ。
ガブリエルのように無謀で多くの犠牲を出すような作戦よりも、アマンダの頭で考えた堅実で比較的安全な策の方がいい。アマンダを除く二人はそう思っているだろうし、アマンダもその方がいいとは考えている。ただ状況が状況だけに、安全など考えるだけ無駄なようにも思えるのだが。
深々とため息を吐き出して、アマンダは思考を巡らせた。とはいえ考えなければこの窮地を脱することができないわけだから作戦を練る他にない。頭の隅から隅に次々に案を練っていく。が、どれもこれもがドラゴンを退けるどころか、突破することもできないような気がしてならない。いくら気配をけそうにも気取られ、炎か牙、どちらかの餌食になる未来にしかたどり着かない。
この際決死の覚悟で強行突破するのもありか。そんな自暴自棄になってきた頃、ふと前に意識を向けた。ドラゴンたちの様子を確認するためでもあったが、パンクしかけた頭のガス抜きをするためだ。
だが、アマンダの思いもよらなかった光景がそこにはあった。いや、予期はしていたがなるべく考えてこなかった光景、と言った方が正しいかもしれない。いずれにせよアマンダの息は止まり、彼女の目は食い入るかのように前に向けられたまま動くことができなくなった。
火龍と水龍、その二つの顔がこちらを向いている。こちらとはもちろんアマンダやガブリエル、トムたちのいる方のことだ。水浸しの床やら、黒く焦げた壁やら、そんな瑣末なものなどに目もくれず。四つの鋭い瞳孔がまっすぐにアマンダたちを見つめていた。