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「いよいよまずくはないか」
トムはそう言いながら弾切れになった弾倉を投げ捨てて、新たに弾倉を補充する。
「まずいって、今更何を言っているんだか。まずい状況なんて今に始まったことじゃないでしょ」
アマンダは口を動かしながら、扉の影から銃口を出して、そこら中にいる敵に向けて銃弾を吐き出し続ける。だが、敵とて馬鹿ではない。リュカによる反撃を受けてから、ドラゴン達の影に隠れて銃撃を繰り返していた。
ドラゴンごとうち抜ければ簡単な話だったが、彼らの鱗はそんな簡単な強度ではない。頑強な土龍はもちろんのこと、ドラゴンの鱗は固く、銃弾をたやすく弾く。それに加え体長の大きさもあって、動く壁として十分に役に立っていた。
それよりも壁として役に立たなくなっているのが、アマンダ達の隠れるドアの影の方だ。数多の弾丸を受け止めていくつもの穴が空いてきている。そこから弾丸が飛び込んできて、次第に守られる場所も少なくなってきた。
そのおかげでアマンダもガブリエルもトムも、体のいたるところから血が流れ出し、スーツのいたるところに赤い斑点が浮かび上がっている。おまけに用意していた弾薬も底をきかけて、状況は悪くなる一方だった。
「ここを出るべきじゃないか。あいつらと同じようにドラゴンを盾にしておけば少しは違うはずだぞ」
ガブリエルがそう言った途端、アマンダの眉根に深い谷間ができた。
「ノコノコと出ていったら、身体中風通しが良くなるだけよそれこそ奴らの思う壺じゃない」
「だが、ここにいたところで仕方ないぞ。現に壁はほとんど役目がなくなってきたし、こっちの弾も尽きかけている」
「だからって死ににいくようなまねをすることこそ馬鹿でしょうよ」
「ここで死ぬのを待つよりかは、ずっといいとは思うが?」
アマンダとガブリエルのにらみ合い。銃弾が絶えず飛んでくる中でも口論できるだけの余裕を作るのは、この二人の図太さがなせる技なのかもしれない。二人に対して我関せずを貫いていたトムは、彼女達がわずかに手を止めている間に引き金を引き、敵の足を止める役目を負う。弾切れになれば、自動小銃を捨てて拳銃へと持ち替える。
「出るのか残るのか。この際判断はお前らに任せるが、できるだけ早くしてくれ」
拳銃の弾倉を交換しながら、トムは睨み合う二人に催促をする。
ガブリエルの方は外に出る気満々だが、その踏ん切りはアマンダにはまだ付いていない。考えて考えた挙句、危険と安全とを鑑みた結果、ようやくアマンダの中に一つの方向性が築かれた。
「分かった。出ましょう」
アマンダの言葉に、ガブリエルがニヤリと笑った。
「ようやく踏ん切りがついたか」
「アンタに言われたからじゃないわよ……私が先に囮で出るから、アンタとトムは時間を開けて走ってちょうだい」
「了解」
荒い計画を立て、いざ行動に移ろうとした時。外の様子が何かおかしいことに気が付いた。
銃撃が、止んだ。
まるで時が止まったようだ。なんて詩的な文言がアマンダの脳裏に現れる。あれだけやかましく響いていたものが突然止まって、扉の外に気味の悪い静けさが漂う。
アマンダは恐る恐る壁越しに外を覗く。
男達は、確かにそこにいた。銃を持って雁首そろえてドラゴンの向こう側に隠れている。だが、彼らの目はアマンダ達とはまた別の方へ向けられていた。アマンダも彼らの視線を辿って、その先に目を向ける。
そこには、巨大な牢があった。そう何の変哲もない、巨大な牢が。だが、何かがおかしい。
おかしい、というよりも、何かが足りない。
さっきまでの記憶を辿って行って、ようやくその違和感の正体が分かった。牢に閉じ込められていたはずの、水龍がいなくなっていた。
水龍縛っていた鎖も、鉄の錠も解かれ牢の中に転がっている。そして、牢の口は開け放たれ、キィキィと耳障りな開閉音を響かせている。
いや、そんな観察は今はどうだっていい。問題なのは、件の水龍が今牢を抜け出したということだ。
「ぎゃあ……」
静寂を打ち破ったのは、小さな悲鳴だった。