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改稿中 人と龍  作者: 小宮山 写勒
十二章
128/144

3............

 短い廊下の向こう側。そこには固く閉ざされた扉がある。扉の脇にはお馴染みになったカードキーを読み込む端末。相変わらず警備は厳重だ。ここまできて足止めを食うわけにはいかないが、かといって手段があるわけでもない。手元にカードキーの一つでもあれば違うが、現実俺は手ぶらもいいところだ。


 「壊すか」


 まるで脳筋のような発想だが、なぜかこれが一番しっくりきた。扉から数歩後ろに下がり、トントンと軽くジャンプをする。そして体から力を抜き一歩めを踏み込んだ瞬間、一気にスタートを切る。その瞬間に床が軽く歪んで凹みはしたが、大丈夫穴は開いていない。気にせず走り扉に肩を向ける。


 混血(ハーフ・ドラゴン)による全力タックルだ。一撃でぶち破れればよし。そうでなくとも、何度かやっていればおそらくは壊れてくれるだろう。そんな楽観的で安易な考え方だが、考え詰めて堂々巡りしているよりもいいと思った。


 だが、俺のこの全力と相反して、目の前にある扉は簡単に開いてしまった。俺がぶち破ったわけではない。扉が勝手に、自然と開いたのだ。


 全力の勢いを受け止めるものはない。そう理解できた時には俺の体がバランスを崩れていた。なんとか足を動かして態勢を整えようとしたが、それも数歩まで。勢いにのった体はあっと言う間に倒れて、ゴロゴロと床を転がるしかなかった。


 「痛ってぇ……」


 肘やら肩やら脇腹やら。体育館でスライディングをした時以来の、あの焼けるような痛みが襲ってくる。ろくに受け身もとれなかったせいで、痛みが何倍にもなって俺を苦しめた。


 「たくっ、開くんなら開くって言ってくれよ」


 せっかくぶち破る気満々だったのに。こうも肩透かしを食らってしまったら、悪態の一つもつきたくなると言うものだ。痛む箇所をさすりながら、俺は腰をあげた。


 「リュカくん」


 聞き覚えのある男の声がした。声のした方へ顔を向けると、そこにはアーロンがいた。


 「アーロンさん、無事でしたか」


 ひとまずアーロンの無事を確かめて、俺は安堵の吐息を漏らす。 


 だが、彼の足元に横たわった女性を見つけた時、俺は息を飲んでしまう。


 死魚のように床に横たわったその女性は、アリョーシに間違いがない。だが、どうして横たわっているのか、なぜ目をつぶったまま動かないのか。それが分からないまま、俺の思考が音を立てて止まった。 


 「今、眠っているところだ」


 アーロンの声が聞こえる。その声色はひどく悲しげに響く。だが、アーロンの声も言葉も、今はどうでもよかった。


 俺は迷わずアーロンの元へと歩いた。歩幅を大きく、早足で彼に歩み寄った。アーロンは少しあっけに取られていたが、俺が首根っこを掴んだ途端その表情は一変する。


 驚きのあまり見開かれた目。息苦しそうに歪む唇。そして、アーロンの体を壁に叩きつけた時、その顔には苦悶の表情を浮かべた。


 「母さんに、何をしたんです」


 ギリギリとアーロンの首を絞め上げながら、俺はそう問いただす。怒りによって強行に走ってしまったが、俺の頭はまだ冷静さを失っていない。わけもなく父親であるアーロンを殺すことは、阿呆のすることだ。まずはアリョーシが倒れた訳を聞き、それから判断したとしても、遅くはない。


 だが、もしアリョーシにこの男が手を出して傷つけたとしたら、ただじゃすまさない。


 「お、落ち着け……」


 「落ち着いていますよ。だからこうしてあなたをまだ絞め落としていないんです」


 ギリギリと絞め上げながら、けれど気絶しないように加減をつける。アーロンにしてみれば溺れた時のような苦しみかもしれないが、知ったことではない。


 「私は、何もしていない。ロベルトの奴が、アリョーシの拘束服に、電流を流したんだ」


 「ロベルトが? それじゃあ、あなたは何もしていないんですね」


 「そ、そうだ」


 その答えが聞けて何よりだった。俺はアーロンの言葉を聞くと、すぐに喉輪を解いて彼の体を自由にする。ゲホゲホとむせ返りながら、アーロンはしきりに自分の首を撫でる。悪いことをした、と心の中で思いながら口に出さないのは、俺の猜疑心が働いていたからなのかもしれない。


 「母さんは大丈夫なんですか?」


 「ああ、気絶してはいるが命に別状はない。脈も呼吸もちゃんとしている」


 「そうですか……なら、よかった」


 ほっと息を漏らしながら、アリョーシのそばにかがんだ。


 「母さん、迎えにきたよ」


 顔にかかった前髪を払い、頬に沿ってアリョーシの顔をそっと撫でる。ようやく、ようやくアリョーシに会うことができた。長いようで短かった旅路の果てに、また彼女と巡り会えた。喜びを噛み締めながら、けれど安心しきって緊張が解けてしまう前に、俺はアーロンに顔を向けた。


 「電流が流れたって、どういうことなんです」


 「私にも仕組みは分からない。ただ、ロベルトが操作をすれば電流が流れるようになっている」


 「ロベルトは、今どこに」


 「私にも分からん。ユミルくんとともにどこかの部屋からここを見ているらしいんだが、それ以上のことは……」


 「ユミルさんも? それじゃ、人質に取られているってことですか」


 「ああ。おそらくな」


 となると、アリョーシとアーロンの他にもう一人救出しなければならない人物が出来たということになる。一緒にいるだろうという前提は見事に瓦解し、新たに仕事が一つ出来てしまう。


 「とにかく、一度ここを出ましょう。外にアマンダさん達もいますから。ユミルさんの救出はそれから考えても、遅くはない」


 俺はそう言いながら、アリョーシの体を背負う。


 『いや、君らはそこで大人しくしていてくれ』


 その時だ。突然部屋の入り口が閉まり、ロベルトの声が部屋に響き渡った。

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