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改稿中 人と龍  作者: 小宮山 写勒
十二章
127/144

2............

 「やれ」


 短い言葉とともにアーチャーの手は振り下ろされた。その途端、やかましいくらいの銃声が轟き、数多の弾丸が飛来する。


 アーチャーによる号令の瞬間、トムはアーチャーの腹を蹴り前に転がった。そしてガブリエルはトムの首根っこを掴んで引きずり、俺と立ち位置を入れ替わる。


 満を辞して俺は両手を前に広げた。モヤを事前に出していたこともあって、膜はスムーズに広がっていく。きっとアーチャーやその部下たちには何をするつもりか理解できなかっただろう。それだから、俺の手の平から膜が広がり、数多の弾丸を受け止めて見せたことに、目を丸くしていたんだ。


 引き金を弾き続け、硝煙と埃が部屋に充満していく。数々の薬莢が床に散りばめられ、男たちの足元はギラギラとした色合いに変わっていく。しかし、薬莢の数に見合わず、俺たちに傷をつけた弾丸は一つもなかった。全部が俺のモヤの膜に引っかかり、空中に浮いたまま止まっている。


 「……一体、何をした」


 アーチャーのあの仏頂面が、歪んだ。眉根に深い溝ができ、怪しげな何かを見るかのように、目つきを鋭くさせる。困惑と、警戒。その二つの感情が彼の目から感じられる。


 いや、そんなことはどうだっていい。あのアーチャーが、俺を単なる子供と侮りアリョーシを苦しめたあの傭兵崩れが。俺の使った力の前に少なからず混乱している。その事実が、何より俺の心に爽快感を与えてくれた。ある意味でやつにひとあわ吹かせられることができたのだ。


 ざまあみろ。俺は内心でそう毒を吐きながら、すぐさま後方へと踵を返す。何が起こったのか教える義理は一つもない。混乱している間に俺たちは先に行かせてもらう。


 やつらがはっと我に帰った瞬間には、俺たちはドラゴンたちのいる部屋を抜けて、短い廊下に飛び込んでいた。入り口の影に隠れると、すぐにやつらの弾丸が入ってくる。だがどれもこれも俺たちをかすめることさえなく、廊下に穴を開けることにしか役立っていない。


 弾丸の他にも手榴弾らしき物体が入ってくることもあったが、これはむしろチャンスだった。俺は片手で膜を張って弾丸を受け止めながら、もう片方の手でそれを掴み、スナップを効かせて投げ返す。もちろんこの時モヤによる加速も忘れない。俺の手元にあった手榴弾は一瞬で男たちの足元に転がり、盛大な爆発を引き起こす。男たちの悲痛な悲鳴。それとむやみやたらに撃たれる銃声とが混ざり合って、部屋中に響き渡る。


 「つくづく便利な力ね、それ。自警団にも一つや二つ欲しいわ」


 アマンダが感心しながら言う。確かにその通りだ。もしもこの力がないままここに乗り込んだ時を考えたら、あまりに悲惨すぎてぞっとしない。


 「リュカくん、君は先に行ってアリョーシさんとアーロンさん、ユミルさんを助けに行ってちょうだい」


 「アマンダさんとガブリエルさんは?」


 「私たちはできるだけここで粘って、逃げるまでの時間を稼ぐ。君の力を見た彼らなら、下手に突っ込んでくることもないだろうし、しばらくの時間は稼げると思うわ。そのうちに、救出してきてちょうだい」


 「大丈夫なんですか?」


 「いらない心配よ。私たちが何年こういう鉄火場をくぐり抜けてきたと思うの? ねえ、ガブちゃん」


 そう言ってアマンダは微笑みを浮かべて、ガブリエルに顔を向けた。


 「そのガブちゃんって言うの、いい加減やめろ」


 「あら、いいじゃない。ガブちゃん、可愛らしいでしょ」


 「可愛らしさなんてどうでもいいんだよ。むずかゆくて仕方がねぇ」


 「私は好きよ。ガブちゃん」


 「お前の好みは聞いちゃいない」


 憤然とした様子でガブリエルはそう言うが、アマンダは彼女の言葉なんか聞いちゃいなかった。トムは二人のやり取りを聞き流し、せっせとバックの中から残りの弾薬を取り出している。


 「ここは私たちでなんとかするから、行きなさい」


 「……はい」


 正直離れるか否か、俺の中ではまだ迷いがあった。ここで俺が離れてしまって、アマンダたちが苦戦を強いられるようなことになったら。囚われてしまうようなことになったら。死んでしまうようなことになったら。


 嫌な不安は現実感を引き出して俺の決心を鈍らせる。だが、そんな不安を抱きながら、俺は進むと言う選択をした。

 良く言えば信頼をして、悪く言えば責任をアマンダたちに押し付けて。俺は彼女たちに背中を向けた。



 『・』



 「ずいぶんな啖呵を切ったじゃねえか。アマンダ」


 トムがやけにニヤついた顔でアマンダを見る。


 「啖呵ぐらい切ってあげなきゃ、あの子を送り出すなんて出来ないわよ」


 「あの人数を俺たちだけで相手するってのは、なかなか骨が折れるぞ」


 トムは顎を外へ向けて、にやけた頬をさらに釣り上げる。そとには手榴弾の爆撃を受けながらも、なおも戦意を失わずに銃弾をつい込んでくる男たちがいる。いい訓練を積んできたのだろう、並大抵の攻撃や犠牲も跳ね除けるだけの精神力が垣間見える。


 「やっぱり大変よね。リュカくんのシールドがあったおかげでなんとかなった所があったけど、それがないとね……」


 「弱音を吐いてんじゃねえよ」


 散弾銃で応戦しながらガブリエルが言う。


 「だってさ。まだ二十人近くいるのよ? しかもさっきより明らかに怒っているし、骨が折れるどころの騒ぎじゃないっての」


 「今更弱気になってどうする。リュカ坊に啖呵を切ったんだ。最後までカッコつけてやれ」


 「……なんで言っちゃったんだろうって、今になって後悔しているわ」


 「おい」


 「嘘よ、嘘。そんな怖い顔をしないでちょうだいな。……さあて、お仕事頑張りましょうか」


 銃を構え、アマンダの顔から笑みが消える。静かに息を吐き体から余計な力を抜くと、アマンダは引き金を引いた。

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