表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
改稿中 人と龍  作者: 小宮山 写勒
十一章
122/144

9...........

 「何で、ここに」


 「何だ、私がここにいちゃ何かまずいのかよ」


 心外だと言わんばかりに、ガブリエルは大げさに肩をすくめる。


 「いや、そういうわけじゃ‥‥だって、ガブリエルさん椅子に縛られていたようだったから」


 「ああ、あれか。何、ちょっと荒っぽく抜けただけだ」


 「抜けた?」


 俺の疑問を察知したのか、「見てな」と言うとガブリエルは不意に腕をだらりと下げる。何をするつもりなのかと見ていると、ゴキリと嫌な音がガブリエルの肩から聞こえた。あまりに痛々しい音だったから、俺は一瞬目を閉じてガブリエルを視界の外に追い出す。そして次に目を開けた時、唖然とした。


 人による誤差はあれど、大体の肩は平行になっているはずだ。しかしガブリエルの場合は右肩が不自然に肩が下り、また骨の先みたいなものがぽこっと肩から皮膚を押し上げている。自然なものではない不自然さ。それが俺の目を丸くさせて、口をぽかんと開かせた。


 「何したんです……?」


 「わざと脱臼させたのよ」


 と、背後からアマンダが喋った。


 「まあ完全脱臼っていうより、亜脱臼ね。彼女、関節をわざとバカにしていて自由に外せるなんて特技があるのよ」


 「公務員だからか、それとも女だから侮ったのかもしれないが、人質取るときはきちっと縄で縛っとかねえとな。でないと私みたいなやつに簡単に縄を抜けられちまうから


 不自然に傾いた右肩をガブリエルはそっと手をおいて、ぐっと力を込める。するとわずかに上下した肩は、元の場所にすっぽりと収まった。軽く肩を回してみてハマり具合を確かめれば、あとはそれだけ。彼女はすました顔を浮かべた。


 「相変わらず気色の悪い特技ね。見ているこっちが痛くなってくるわ」


 「覚えておいて損わねえよ。おかげでこうして出ることができたし、隙をついて服を剥ぐこともできた。まあ、それもこれもお前らが暴れてくれていたおかげらしいがな。何をしやがった」


 「何も。ただちょっとトドメを刺し損ねた男に、合図を送られただけ」


 「珍しいな、お前がトドメを刺し損ねるなんて」


 「わざとじゃないわ。事故よ事故。まあ、おかげでこんな騒ぎになっちゃったんだけど。私を責めないでよ?」


 「責めやしないさ。ただ、お前も腕が鈍ったなと思うだけで」


 「ちょっと、どういう意味よそれ」


 「無駄話はいいから、こっちを手伝え」


 二人のやり取りにトムが口を挟む。眉間に深いシワを浮かべ、鋭い目はアマンダとガブリエルの二人に向けられる。それ以上何かを言わなくても、トムが苛立っていることはここにいる誰でも分かった。


 「ごめんごめん、そんなヘソを曲げないでよ」


 「なら撃て。口より先に手を動かせ」


 アマンダのなだめも聴かずに、背負っていたゴルフバックを横に下ろす。そしてジッパーを開いて、中からゴルフクラブ、ではなく無骨な銃器を一つ取り出した。


 それは散弾銃(ショットガン)だった。長い銃身。その下部につけられた部品(フォアエンド)には握りやすいように凹凸がつけられていて、トムが引いてみるとカシャンと音を立てて握り(グリップ)の方へ動いた。握りとトリガー、それにストックまで艶のある黒で統一され、薄暗い廊下の中でも見劣りしない気高さと美しさがあった。


 「こういうのがお前の好みに合っているだろう」


 ショットガンの銃口に持ち替えて、ストックをガブリエルに向ける。


 「ああ、大好物だね」


 受け取ったガブリエルはそれはそれは嬉しそうに頬を歪める。大好きなオモチャをもらった子供のように、無邪気な微笑みだ。ただ、暗闇に浮かんだ彼女のその表情は、非常に気味が悪かったのは言うまでもない。結局のところ、ガブリエルもアマンダも同じ穴のむじな。こう言う荒事になってしまえば、どうしても血が騒いでしまうたちなのかもしれない。ただ、この場合その血の気の多さが頼もしく感じられた。


 トムがバックの中から弾薬の入った箱を二つ取り出すと、それをガブリエルに渡していく。ガブリエルは受け取った弾薬を一つ、また一つ銃に込めていく。 残った弾薬は衣服の上下についたポケットに乱暴に入れていく。


 「じゃあ、リュカくん。またお願い」


 アマンダからのご要望だ。何を、と聞く気にはもはやならなかった。


 ため息を一つついてから、気合をいれるために短く息を吐く。怖気づく自分を排他し、アリョーシを救うと言うただ一つのことに集中する。改めて頭の中にそれを強く思い浮かべたら、腕にモヤをまとい、そして手のひらに広げた。


 「行きます」


 そして俺は再び廊下に出た。その途端に弾丸が俺の元へと殺到してきたのは、言うまでもない。ただ、一度経験してしまうと恐怖というのは薄まってしまうもので。俺に向けて先端を向けるだけで届くことのない金属の塊に、なんてことのない置物のように思える。どうやら俺の頭も次第におかしくなってきたらしい。だが、この変化を否定する自分はいなかった。


 足元に転がってきた円筒型の鉄の塊。先ほど同じ鉄は踏みはしない。片手のモヤの出力を高めて防御を取りながら、スタンを拾い上げる。そして再びモヤを手のひらに集めて、スナップを効かせて敵の方へと放る。それだけではただ転がすだけになってしまうが、モヤによって勢いが増し凄まじい速さで敵の懐に転がり、爆ぜた。


 閃光が一瞬廊下を包み、耳障りな破裂音がこだまする。耳鳴りが俺から音を消し去り、光が世界を歪める。たった数秒、もしかすればそれ以下の時間だったのかもしれないが、その時間はやけにゆっくり流れたような気がした。


 俺を再び現実へと戻してくれたのは、背後からの銃撃だった。


 肩からすっと出てきた細長い銃身。吐き出される小さな火花。硝煙の香り。飛び散るいくつもの弾丸が廊下の影から顔を出した男たちの肉をえぐり取っていく。


 脳しょう、目玉、肉片、血しぶき。銃弾と薬莢で溢れかえっていた廊下に、鮮明な赤が飛び散っていく。


 「さあ、たっぷりと礼を返してやらねえとな」


 太い薬莢がからりと落ち、ガブリエルの声が静かに聞こえてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ