13.
「子供を逃したか」
「……あの子には、指一本触れさせるものか」
不敵に頬を歪めながら、アリョーシは男をにらんだ。
しかし男は興味なさげにリュカが飛んで行った方向を見るだけで、追いかけるような真似はしなかった。
「追いかけましょうか、隊長」
「放っておけ。どうせ子供だ、何も出来はしない。それに捕まえたところで大した資源にはならんだろうよ」
部下の言葉をあしらいながら、男はアリョーシの前に屈み込む。
そして、胸ポケットより小さな金属の箱を取り出すと、中から注射器を一つとり出した。
「悪いな、これも仕事なんだ。恨まんでくれ」
心にもない仕事上の口上を述べた後、注射針をすばやくアリョーシの首に打ち込む。
アリョーシは男の腕を噛みちぎってやろうと、大きく口を開いて男の腕に噛み付いた。
男の部下たちはすぐさまアリョーシの頭に銃口を向ける。しかしどういうわけか。噛みつかれている男がそれを制した。
「必要ない。銃を下ろせ」
焦った様子もなく淡々と男は言う。そして指を動かして注射管の中身をアリョーシの体内へ入れていく
その瞬間からだ。アリョーシの目が曇り始めまぶたが重く垂れ下がり始めた。懸命に抗おう目を瞬かせ口に力を入れて男の腕に牙を立てる。
しかしその時は意外と早く訪れた。
アリョーシの体から力がなくなり、もたれかかるように男の胸に倒れていく。
ゆったりとした調子で胸が動き、口からは息が漏れる。注射に入れられた睡眠薬が効いたようだ。
「すぐに治療をしろ。簡単には死なないとは思うが、もしもがあっては困る」
アリョーシの体を抱きとめながら、男は部下たちに向けて命令を下す。
部下の二人がアリョーシの体を持ち上げて、来た道を引き返していく。
男は部下から包帯をひったくって腕に巻きつけていく。
幸い骨には届いていなかったが、アリョーシの牙によって男の腕にはいくつもの穴があいている。力を入れずとも血が滲み包帯には真っ赤な斑点が浮かび上がっていく。
痛むはずだが男の表情がゆがむことはなかった。我慢している様子もなくただ淡々と治療を施していく。
そしてそれが終われば部下たちを追って森を後にして行くが、ふと森の奥を見つめる。その方向は先ほどアリョーシがリュカを突き飛ばした方向だ。
当然のことながらそこにはすでにリュカの姿はなく、静けさに包まれた森が広がっている。
見ていても何の収穫もない。すぐに興味も失せた男は、踵を返して部下の後を追って森を立ち去った。