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嫌に多くの足音が外から聞こえてくる。
雑踏、雑踏、雑踏。一体どこにこんなに多くの足があったのか不思議に思うくらい、慌ただしい足取りがどんどんと大きく、近寄ってくる。
アマンダは死体から銃を何丁か剥ぎ取ると、ドアのある壁に背中を預け外の様子を見た。その途端、一発の銃弾が彼女の頬をかすめた。一筋の赤い線が彼女の白肌につっと走る。彼女はすぐさま頭を引っ込めて、頬の血をぬぐってみると、線が水に溶けた絵の具のように広がって、彼女の方頬が真っ赤に色づいた。
「いやいや、盛大にバレちゃったわね」
そうは言うものの、アマンダに焦っているような様子はなかった。いつものような笑みを浮かべて、今にも鼻歌でも歌いそうな、楽しげな雰囲気さえ感じられた。
「バレちゃったわね、じゃないですよ……どうするんですか、これ」
「どうもこうも、突っ切っていくしかないでしょ。ガブリエルが捕らえられている方にさ」
「突っ切るって言ったって……」
俺の迷いに付け入るように、廊下からいくつも銃声が銃弾とともに入ってきた。幸い俺やアマンダ、トムには当たらなかったが、壁に跳弾して俺の足元に小さな穴を作り出した。
「伏せとけ」
トムはそう言うと俺の頭を鷲掴んで、無理矢理床に押し付ける。おかげで顎はしたたかに打ち付けるし、鼻には死体の血が入るし、散々だ。しかし、無理にでも頭を下げてくれたおかげで、いくつも飛び込んでくる弾丸から、免れることは出来た。命からがら、冷たい汗がしっとりと背筋をなぞっていく。
「トム、援護お願い。死んじゃったら、墓前に花くらいは供えてあげるわ」
「面白くない冗談だ」
「冗談にしてくれたら、いいんだけどね」
今も弾丸が廊下の奥からやってきていると言うのに、二人は世間話でもするように、気軽にやり取りを続けている。二人にとってはこの状況なんてどうってことないかもしれないが、いつ俺の頭に風穴が開くか気が気じゃなかった。
トムは銃撃がやんだ一瞬の隙を使って、俺の首根っこを掴み壁際へと運んでくれる。それがちょっとばかし荒っぽくて体がふわりと浮かび上がって、したたかに壁に打ち付けられてしまった。あばらが折れたんじゃないかというくらい、胸の辺りに痛みが響いて呼吸が止まる。しかし、風通しがよくなってしまうよりもよっぽどよかった。
トムも俺の方へと走り寄ってきて、二人して壁を背にする。ドアを挟み込むように俺とトム、その対面にはアマンダが壁に身を隠す。
「さて、始めましょっか」
安全装置を外し初弾を装填する。そしていくつもの足音が鳴り響く廊下へと、その銃口を向けた。
パラパラと鳴り響く銃声。拳銃なんか比じゃ無いくらい、その音は大きく俺の鼓膜をゆさぶってくる。さっきは両手がふさがっていたが、今度ばかりは俺は両耳を塞いだ。それでも手のひらを通って、くぐもった銃声が耳に入ってくる。
廊下全体にばらまくようにアマンダは小刻みに銃身を左右に振る。狙いなんてあってないようなものだったが、それが返って効果を発揮する。廊下から何人もの男たちの悲鳴と、バタバタと倒れる音が聞こえてきた。
「交代」
弾切れになるとアマンダは銃を引っ込めて、今度はトムが廊下へ弾丸をばらまいていく。そしてトムの方が弾切れになると、アマンダへと交代。これを繰り返すことで絶え間なく、敵への攻撃を続けられた。
それが功を奏したのか、男たちの足音がピタリと止んだ。
全滅、したわけはないだろう。きっとこちらの攻撃から逃れるために、物陰に隠れたに違いない。その証拠にちょっとばかりトムが顔を覗かせると、すかさず弾丸だ飛んできた。幸いトムに当たることはなかったが、部屋の奥にある壁にまた新たな弾痕が一つ出来上がる。
「リュカくん、お願いがあるんだけど」
アマンダのその言葉は、どう言うわけか俺はあまり聞きたくはなかった。アマンダが嫌いとか好きとか、そう言う感情的な何かによって避けたかったわけじゃない。ただ、何となくアマンダの口から出るものが俺に不利益を被らせるんじゃなかろうかと、そう第六感が言っていた。
「……なんでしょう」
恐る恐る俺はアマンダに顔を向ける。そこにはいたずらっぽく笑う彼女の顔があった。
「さっきの膜を広げてさ、私たちの前に出てくれるかしら」
やっぱり。とため息とともに頭の中にその言葉が浮かんできた。
「俺を殺す気ですか?」
「さっきは上手にできたんだから、今度も上手くいくわよ。ほら自信持って」
「そりゃさっきは上手くいきましたけど、でも今度のは弾丸も多いし、上手くいく保証なんてないですよ」
「それじゃあ、ここであいつらがくるのを待つ? 私はそれでもいいけど、でもジリ貧になるのは目に見えているわよ。弾丸だって無限にあるわけじゃないんだから」
「そうかもしれないですけど……」
「大丈夫よ後ろから私とトムが援護するから。だから安心して自分を守ることに専念しなさい。ね?」
最後の、ね? と言う言葉には有無を言わさない圧力を感じた。これ以上の問答する気はない。さっさと行け。そんな脅し文句を全部ひっくるめたような。俺に対する苛立ちと威圧がこれでもかと込められているような気がした。
「……はい」
女性からこう言う態度を取られるとどうにも俺は返す言葉がなくなってしまう。もっと男性らしく堂々としろ。とか何とか親父は言っていた気がするが、そんな親父だってお袋の尻に敷かれていたんだから、言えた義理じゃなかった。きっとうちの家系は女性に虐げられる血筋でもあるんだろう。
「そう、じゃあお願い」
満足そうに微笑むアマンダには、きっと俺の気苦労なんて分かりはしないだろう。いや、面と向かって言う気にはならないけど。伝えたところで何になるとは思うけれど。でも最後の抵抗にじとっとアマンダを睨みつけてみた。
「何、変な顔ね」
しかし、返ってきたのはそんな素っ気のない言葉だった。
下手な抵抗をするもんじゃない。したところで返って俺の心に疲れが溜まるだけだ。もう一度深くため息をついた後、俺は腕にモヤを纏わせた。