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けたたましいサイレンの音はロベルトの耳にも聞こえていた。
「もう来たのか」
ニヤリと頬を歪めて、ロベルトは笑う。それは獲物を囲い込んだ狩人のような、残忍な微笑だった。
「アーチャー、お客様を出迎えにいてやれ。私は社長の元へ行く」
ロベルトがそう言うと、対面に立っていたアーチャーはこくりとうなずいて、彼に背中を向けた。そして部屋の外で待機していた部下を引き連れて、早足にその場を立ち去っていく。
遠くに消えていく足音を、どこか他人事のように聞いていたロベルトは、背もたれ深く体を預けて、ふうとため息をこぼした。
現在ロベルトがいるのは地下のある一室。ロベルトが個人づかいするために作らせた部屋で、彼自身はこの部屋を<書斎>と呼んでいる。
オークウッドでこしらえた木目の美しい書棚。薄い金属合板とスチール製の四つの支えで作られたデスク。人間工学にのっとって作られた椅子。質のいい黒革のソファ。それらのシックなデザインの家具各種が白い壁と黒い床のモノクロな部屋に並んでいる。
「さて、面白くなってきたな」
くつくつと含み笑いを漏らしながら、ロベルトの視線は壁を伝ってある方向へと向けられた。
そこには壁に埋め込まれた大きな水槽があった。青白く光る水の中には赤や黄色、緑など色とりどりの魚が行ったり来たり、優雅に泳いでいる。
「君の言った通りになってきたな、ユミル君」
魚の群れを鑑賞しながら、ロベルトの声は対岸の壁沿いに控えたユミルへと向けられる。だが、ユミルはロベルトの声には反応せず、苦渋の表情を浮かべたままそっぽを向いていた。
「うちの連中が少し頼りなかったばかりに、みすみす侵入を許してしまったが、まあそれも仕方がないだろう」
「ずいぶん、楽観的ね」
「計画を進める上でいくつかのトラブルは仕方のないさ。問題なのは事態に直面した時、いかに素早くリカバーしていくかだ」
水槽から視線を外して、デスクの上に注がれる。そこにはぎざぎざ模様の入ったグラスと氷の入った鉄のアイスペール、それとウィスキーの瓶が置かれていた。
「飲むかい?」
空のグラスを持ち上げて、そっとユミルの方へと掲げる。しかしユミルは首を振るだけで、相伴を断ってしまう。
肩をすくめてユミルの拒否を受け入れたロベルトは、一つのグラスにロックアイス一つ、二つ入れ、そこにウィスキーを注いでいく。透明な氷が茶色く色づいたところで、ロベルトはグラスを持ち上げて、口に傾けていく。
「酒を飲んでいる暇があるのかしら」
「暇がなさそうに見えるか?」
「……いいえ、ちっとも。でも少しは焦ったらどう? 現にあの人たちはここに入っているんだから」
「私が焦ることで彼らが引き返すのならそうするが、実際はそんなことはない。なら、悠然と酒を飲んだとしても別に構いはしないだろう」
そう言いながらロベルトは酒を継ぎ足して、さらに一杯ウィスキーを引っ掛けた。
「それにアーチャー達が対応するのだから、それ相応の結果を出してくれるに違いない。たとえそれが失敗に終わったとしても、少なくとも時間はしっかりと稼いでくれるだろう」
ことりとデスクの上にグラスを置くと、その顔をユミルの方へ向けた。
「さて、では私たちも行こうか。これ以上社長とご婦人に心配を与えてしまっては仕方ないだろう」
ロベルトは頬をわずかに歪めると、身を翻して部屋を出て行ってしまう。一人残されたユミルは、はあとため息をつきながら、彼の後を追って扉をくぐった。