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「君の恋煩いは、ついに叶わぬものと分かったかな?」
マイクの前に座るロベルトは、ふとその顔を傍らに立つ女に向けた。
そこには目の前に並ぶテレビを見つめるユミルの姿がある。彼女はロベルトの声に反応もせずに、数多く並ぶテレビ画面の、ちょうどアーロンとアリョーシの映る映像へと向けられている。アリョーシが捕まっている部屋には数台の監視カメラが隠されていて、彼女の行動を随時監視するために動いていた。
「社長の心は常にあのドラゴンへと向いているんだ。君が入り込む隙はもはやない」
「……うるさい」
毅然と言い返したつもりだったが、ユミルの声はかすかに震えていた。それをロベルトが気づかないはずはなかった。
「動揺するのは無理のないことだ。三十年も経てば人の心なんて変わるからな。だが、社長はああ見えて律儀で一途なところがあるらしい。歳をとってしまっていても、若かりし頃の恋慕を忘れてはいない。全く純粋な方だよ。だからこそ、罪作りなお人なのかもしれないな」
「うるさい!」
ユミルは思わず声を荒げた。そして声を荒げてしまった自分をひどく恥じた。きっとロベルトを睨みつけていた視線も下へと向けて、彼女は顔を背ける。ロベルトはそんなユミルの様子を、鼻を鳴らして退屈そうに眺めていた。
「まあ、いいさ。君の心情いかんにこれ以上首は突っ込まないでおくよ。下手にヒステリーを起こされでもしたら、たまったものじゃないからね」
そう言うと、ロベルトはすっと立ち上がった。そしてアマンダの横を通って部屋を後にしていく。
「約束は、守って」
ロベルトの背中にユミルの弱々しい声がかかる。
「約束?」
「言ったでしょう。こっちの情報をあげるかわりに、あの人を守ってちょうだい」
「ああ、そのことか。無論守るとも。無駄な殺生は私も好かないからな」
ニヤリと頬を歪めたままロベルトは答える。
「ただ、君も律儀なものだな。もはや叶わぬ思いだと言うのに、まだあの方への忠を貫こうとする。おめでたいというか何というか……まあ、いいさ。だが、君も妙なことをしようとは思わないでくれよ。社長のちっぽけな命は、いつだって私の掌の中にあるのだからな」
その捨て台詞を残して、ロベルトは部屋から姿を消した。残されたユミルはアーロンとアリョーシとが映る画面に目を向けた。
そこにはアリョーシの傍らに立ち、優しく肩を抱くアーロンの姿がある。アリョーシは方に置かれた彼の手にそっと自分の手を重ねて、儚げな微笑を浮かべた。
なんてことはない男女の風景だ。テレビドラマにでもありそうな、ありふれた光景だ。だが、それはユミルの心をチクリチクリと刺してくる。そして、その痛みは彼女を長く苦しめるのだ。
「……ごめんなさい」
ポツリと漏れるユミルの言葉はアーロンには届かない。彼と耳と目がアリョーシへと向けられている間は絶対に。薄っぺらい板と電子情報の向こう側にいる彼には。
前髪をかきあげ、ガシガシとかきむしる。一本二本と髪の毛が落ちようとも、彼女の手は髪を掻くことをやめなかった。
後悔と悔恨、謝罪と罪悪感とがユミルの頭の中で渦を巻いている。神経は黒い感情に食いつかれ、ひどい吐き気を伴って彼女の胸を締め付ける。
しかし、この時だけは、アーロンの幸せを願うことが出来ない自分がいることに、ユミルも気がついていた。