表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/144

11..........

 「君の恋煩いは、ついに叶わぬものと分かったかな?」


 マイクの前に座るロベルトは、ふとその顔を傍らに立つ女に向けた。


 そこには目の前に並ぶテレビを見つめるユミルの姿がある。彼女はロベルトの声に反応もせずに、数多く並ぶテレビ画面の、ちょうどアーロンとアリョーシの映る映像へと向けられている。アリョーシが捕まっている部屋には数台の監視カメラが隠されていて、彼女の行動を随時監視するために動いていた。


 「社長の心は常にあのドラゴンへと向いているんだ。君が入り込む隙はもはやない」


 「……うるさい」


 毅然と言い返したつもりだったが、ユミルの声はかすかに震えていた。それをロベルトが気づかないはずはなかった。


 「動揺するのは無理のないことだ。三十年も経てば人の心なんて変わるからな。だが、社長はああ見えて律儀で一途なところがあるらしい。歳をとってしまっていても、若かりし頃の恋慕を忘れてはいない。全く純粋な方だよ。だからこそ、罪作りなお人なのかもしれないな」


 「うるさい!」


 ユミルは思わず声を荒げた。そして声を荒げてしまった自分をひどく恥じた。きっとロベルトを睨みつけていた視線も下へと向けて、彼女は顔を背ける。ロベルトはそんなユミルの様子を、鼻を鳴らして退屈そうに眺めていた。


 「まあ、いいさ。君の心情いかんにこれ以上首は突っ込まないでおくよ。下手にヒステリーを起こされでもしたら、たまったものじゃないからね」


 そう言うと、ロベルトはすっと立ち上がった。そしてアマンダの横を通って部屋を後にしていく。


 「約束は、守って」


 ロベルトの背中にユミルの弱々しい声がかかる。


 「約束?」


 「言ったでしょう。こっち(・・・)の情報をあげるかわりに、あの人を守ってちょうだい」


 「ああ、そのことか。無論守るとも。無駄な殺生は私も好かないからな」


 ニヤリと頬を歪めたままロベルトは答える。


 「ただ、君も律儀なものだな。もはや叶わぬ思いだと言うのに、まだあの方への忠を貫こうとする。おめでたいというか何というか……まあ、いいさ。だが、君も妙なことをしようとは思わないでくれよ。社長のちっぽけな命は、いつだって私の掌の中にあるのだからな」


 その捨て台詞を残して、ロベルトは部屋から姿を消した。残されたユミルはアーロンとアリョーシとが映る画面に目を向けた。


 そこにはアリョーシの傍らに立ち、優しく肩を抱くアーロンの姿がある。アリョーシは方に置かれた彼の手にそっと自分の手を重ねて、儚げな微笑を浮かべた。


なんてことはない男女の風景だ。テレビドラマにでもありそうな、ありふれた光景だ。だが、それはユミルの心をチクリチクリと刺してくる。そして、その痛みは彼女を長く苦しめるのだ。


 「……ごめんなさい」 


 ポツリと漏れるユミルの言葉はアーロンには届かない。彼と耳と目がアリョーシへと向けられている間は絶対に。薄っぺらい板と電子情報の向こう側にいる彼には。


 前髪をかきあげ、ガシガシとかきむしる。一本二本と髪の毛が落ちようとも、彼女の手は髪を掻くことをやめなかった。


 後悔と悔恨、謝罪と罪悪感とがユミルの頭の中で渦を巻いている。神経は黒い感情に食いつかれ、ひどい吐き気を伴って彼女の胸を締め付ける。


 しかし、この時だけは、アーロンの幸せを願うことが出来ない自分がいることに、ユミルも気がついていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ