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非常灯の明かりが足元を照らすだけの暗い廊下を、アーロンはただ黙々と歩き進んでいた。
彼の前にはロベルトが、彼の背後にはユミルがついて歩いている。どこかの建物の中にいる、ということは分かっているが、それ以上のことは分からない。それは車内では目隠しをされて、建物の中に入ってから外されたためだ。
この暗い廊下を歩き続けてから、もう何分になるだろう。いつまでも変わらない光景に、時間の感覚が狂い始めている。時を確認しようにもスマホや時計も没収されて確認しようがなかったのだ。
また、これは不都合なことだが、発信機のついたボールペンも没収されてしまった。場所を把握させるには充分に役立ったはずだが、後のことは自警団の連中がうまくやってくれることを祈るしかない。
暗い廊下の先。そこにある自動扉の前にアーロンたちは突っ立った。扉の脇にはカードキーを読み込ませる端末がある。ロベルトは首に下げたカードキーをスライドさせれば、待っていましたと言わんばかりに、端末からは甲高い音が鳴り響く。
低い圧縮音の後、扉は開かれた。
その中にあったのは、巨大な牢獄だった。アルミか何かの枠にガラスがはめ込まれたもので、その中には大小のドラゴンが収容されている。
艶やかな青い鱗を持った水龍。
ゴツゴツとした突起が荒々しさを感じさせる火龍。
全身にいくつもの苔を生やし、小さな植物の芽を背負った土龍。
水龍と同じような艶やかであるが緑色の鱗、頭部が他に比べてやや鋭角にとがっている風龍。
それはアーロンが長年追い求めてきた、またこの世に蘇らせようとしてきたドラゴン達に間違いなかった。そして、それはアーロンが丹精込めて作り上げてきたクローンにはない、生き生きとした生気と威厳とを感じさせる存在だった。
「驚かれましたか」
息を飲んでドラゴンを見るアーロンに、ロベルトは得意げに言った。彼は両手を広げて、まるで己の実績を誇示するかのようにアーロンにそのにやけた顔を向ける。
「これほどまでの数を揃えるのには、なかなか苦労がありましたよ、大掛かりな実地調査をやったおかげで大方の検討はついていましたが、それも何年も前のことでしたから。今でも同じところに住んでいるとは限らなかった」
実地調査。それはかつてアーロンが指揮をして丘陵地帯や山間部、その他いくつかの森などの場所でドラゴンの生育数を調べるために実施したものだ。
というのも、その当時はドラゴンの情報があまりに少なかったのだ。その原因には狩人達の排他意識と秘密主義がある。ドラゴンの情報、彼らで言えば狩場の情報を外に漏らすことを嫌い、仲間内で独占的に共有されていた。狩人でもまた彼らのとのパイプもない研究者がそれを知ることはできない。また素人ながらあちこち訪ね回ってみても見つかるはずもなかった。
ようやく本格的な調査ができたのは、法整備がされ狩人達の検挙が盛んになった頃だった。司法取引によって何人かの狩人を案内役に立てて、大々的に探し回ったのだ。その成果はなかなかの物で、それまで世間では謎に包まれていたドラゴンという生物への認識も、より一層広まった。
そこにはもちろんロベルトも参加していたが、まさかこんな企みがあったとは、その時のアーロンはちっとも気づきはしなかった。
過去の自分を恥じ入ったところで現実が変わるはずもない。苦虫を噛み潰しながらロベルトをにらみ、彼の言葉をなるべく耳に入れぬようにと務めた。
「ああ、勘違いして欲しくはありませんが、その時の私は別にこんなおおごとをしでかそうなんて、これっぽちも思っていませんでしたよ。あなたの夢に当てられて、一緒に理想を叶えようとする一人の青年研究者でしかありませんでしたから」
「だが、利用したのだろう。この私を、そして私の会社を」
「ええ。そりゃあ利用しない手はありませんでしたよ。何せ、それは一種の宝の地図のようなものでしたからね。あれがあったおかげで私たちは莫大な金を手に入れることができ、また彼らとの接点を持つことが出来ましたから」
彼ら、それを示す集団はアーロンは口に出すこともおぞましく思えた。<シグルスの舌>に関する情報はアーロンの元にも確かに入っていたが、それはもはや過去の遺物か何かだと思っていた。
ドラゴンを食う謎の集団、そして組織員は全員不老不死である。などという都市伝説をどうやって信じることができる。だが、そう鼻で笑うのも数日前までで、以降その集団について考えると苛立ちと無限に湧き出る怒りに燃え上がった。
「そうと知っていれば、お前を側になんぞ置かなかったのに」
「そうと知らなかったから、私はここまで大きくなれたのですよ。社長」
恭しく、そして優雅にロベルトは頭を下げる。その所作は俳優のそれのように美しくまた見事だ。だが、それを見たアーロンの表情は、みるみるうちに険しくなっていった。
「今更、社長と問答する気にはなりませんよ。まさか、ここにきてまで言い諭そうなどと思ってはいないでしょうね」
「……ああ、その時はもう逸してしまったよ」
「私も、そう思いますよ」
顔を上げたロベルトの顔には未だに怪しい微笑みを絶やしていなかった。が、その笑みには多少なりとも諦めや、決別といった意思が見え隠れする。以前にも増してその覚悟は今のやりとりでより強固になったようだった。
「では、こちらへ。ご婦人が首を長くしてお待ちしておりますよ」