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12.

 アリョーシが横に飛びのけば、彼女の背後にあった茂みが激しく揺れ動いた。


 何が起きているのかなんて分からない。


 ただ言えるのは、アリョーシが敵らしい何かに襲われているということだけだ。


 俺は木を渡り、いまだに銃声が続いている方へと向かう。


 そこにいたのはガスマスクに迷彩服を着た怪しい男たちだ。

 上半身には分厚いチョッキを着込んでいて、そこに銃の弾倉がしまわれている。


 映画なんかでよく見かける特殊部隊のようにも見えたが、実際の特殊部隊を見たことがないため決めつけることはできない。 


 集団は数えるだけで10人ほど。


 誰も彼もが同じ黒塗りの自動小銃を構えて、アリョーシめがけて弾丸をばらまいていく


 バラバラと発砲音が続き、銃口からは閃光がちらつく。


 木の幹にはいくつもの風穴がつけられ、流れ弾が獣の腹を貫く。


 悲痛ないななきが轟くが、それも銃声の合唱に飲み込まれてすぐに聞こえなくなった。


 ヒヤヒヤしながら俺はアリョーシを見るだけでしかなかったが、俺の心配をよそにアリョーシは弾丸の群れを次々に避けてみせる。


 右へ左へ軽やかに。けれど確実に幹を遮蔽物にして動き続ける。混乱も焦っている様子はない。ただ敵と思われる男たちを見定めて、銃口から吐き出される狂気の塊から逃げ続ける。


 銃弾の嵐に襲われるドラゴン。冷静に考えてみればこんなアンバランスな組み合わせもない。


 ドラゴンに楯突くのなら鎧騎士とか大剣を持った狩人とか。そういうある種原始的な方法での攻撃をする人と相場が決まっている。


 実際映像作品とかで見たのもそんな構図がほとんどだった。


 しかしそれは俺の頭の中に限られた話で、世間で作られた想像でしかない。目の前では現に弾丸がばらまかれ、アリョーシはひたすらに避け続けている。


 ドラゴンの姿になれば。そう思いもしたければ、変身の間に弾丸を打ち込まれてはたまったものではないだろう。だからアリョーシは人間の姿のまま避け続けているに違いない。


 一人がリロードに入れば他の連中でその穴を塞ぎ、絶え間なく弾丸を打ち続けていく。アリョーシはなおも避けてはいるがいつ彼女の体に穴が開くとも限らない。


 早く助けないと、アリョーシの命が危ない。何とか助けてやりたい。そんな風に思いながら、俺の体はガタガタと震えていた。


 助けてやりたいと思いながら、生の銃声に恐怖していたのもそうだけど、もし下手に動いてあのおぞましい銃口がこちらに向いたらどうなる。と考えてしまう。


 そう考えただけで俺の足は速さを失い、枝にきつく縛り付けられたみたいに動かなくなってしまった。


 逃げた方がいい。


 その思いが助けるという思考を上回った時、俺は足を滑らせて枝から片足を外してしまう。


 なんとか両手で枝に捕まって落下こそしなかったものの、枝が軋む音は下にいる連中にも聞こえてしまった。


 ガスマスクたちの顔が俺の方へと向けられる。


 顔の表情もみえやしない。


 レンズに映る俺の姿は何ともあほらしく、さぞ格好の的に見えたことだろう。


 いくつもの銃口が俺に向けられる。


 とっさに俺は手を離して下へと落下する。


 すると、発砲音が轟き、さっきまで俺の体があった場所にいくつもの銃弾が飛び込んできた。


 迫り来る弾丸の嵐に、当たらぬように祈りながら落ちて行く。


 しかし、落ちる途中で嵐が消え去って音がしなくなった。


 諦めてくれたのかと、少しの希望を持って俺はガスマスクたちに目を向けたが、そんな甘い話はなかった。


 ガスマスクたちの銃口は俺が着地する場所に狙いを定めていた。


 どうやら着地する瞬間を狙って弾丸を撃ち込んでくるらしい。


 すぐにでもモヤを出して避けたかったが、気づいた時には地面はもう目の鼻の先。たとえモヤを出して方向を変えたとしても、わずかに数㎝ほど移動することしかできない。


 死の前兆とでも言うんだろう。


 やけにゆっくりと時間が進んで行く。

 

 あ、これは俺死んだな。


 なんてこと考えるぐらいの余裕も生まれたが、それでも状況が変わるわけもない。


 足が地面に着いた。死がやってくる。


 目をつぶり、口を閉じて、耳を塞いだ。

 最後の瞬間なんてもう見たくない。だから、俺は世界から逃げることを選んだ。


 だけど、暗闇に閉ざされる一瞬。目の端に誰かの背中が見えた。


 暗闇の中に響く幾つもの発砲音が鳴り響く。永遠にも思えたその時間は、やがて消えてなくなった。


 うっすらと目を開けていくと、俺の目の前には見慣れた背中があった。


 アリョーシだった。彼女は俺の目の前で両手を大きく広げて、俺に背中を向けていた。


 「……母さん」


 俺はアリョーシを呼んだ。


 喉が引きつって、口の中も乾ききって思うように言葉が出なかった。


 だけど、それでも彼女を呼んだ。


 アリョーシはわずかに顔を俺に向けると、頬を緩めて微笑みかけてくれる。


 しかし、彼女の顔は苦痛に歪み始める。


 アリョーシは自分の体を抱きしめながらたまらず片膝をつく。


 見ると、彼女の腕の隙間から翡翠色の液体が滴り落ちていた。


 それは風龍にしか流れていない、龍の血だ。


 「やはり、通常の弾丸では殺すことは出来ないか」 


 アリョーシとも、俺のものとも違う声が聞こえてくる。


 目を向ければ、そこにはこちらに悠々と歩いてくるガスマスクの男がいる。


 男はガスマスクに手をかけて、引き剥がす。


 マスクの下から出てきたのは、野蛮そうな顔の男だった。


 右の額から左の顎にかけて何かに切り裂かれた傷跡に無精髭。

 灰色の瞳は鋭く、そして冷たく俺を見つめている。

 マスクによって潰れた黒髪をなでてほぐしながら、男はこっちに近づいてくる。


「……逃げ、なさい」


 アリョーシが言った。


 痛みをこらえながらだったから、ひどく聞き取りづらかったけれど、確かにそう言った。


 「でも……」


 だけど、俺はこのまま逃げてもいいのか決めかねていた。


 恐怖で足が震えて動けないというのもあったけど、何よりほおっておいたらアリョーシが死んでしまうんじゃないかと思っていたから。


 しかし、俺が二の句を言おうとした時、アリョーシは手のひらにモヤの塊を浮かべてそれを俺めがけて撃ち込んできた。


 避けることなんてできなかった。

 まさか俺に向けて撃ってくるなんて思いもしなかったから。


 だから、気づいた頃には俺の体は宙に浮かんでいて、モヤによって後方に飛ばされていた。

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