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「動いた」
吉報の知らせが届いたのは、空が夕闇に色づいた頃だった。
ゼレカの口がおもむろに動き出し、その知らせは部屋に待機していたみんなの耳に届く。
「トム、車を回してきて」
アマンダが言うより先にトムは早々に部屋を後にする。早足で歩き進んでいるのだろう、その足音は小刻みに小さくなっていき、階段をふみ降りていく音を最後に途絶える。
そして、数分の後。足音は車のエンジン音へと姿を変えて、窓を小刻みに揺らし始めた。
クラクションが二回ぶしつけに鳴り響く。それは単にトムが嫌がらせに鳴らしているのではなかった。それは一つの合図として、アマンダと取り交わした約束事に則って行ったことだった。
「行くわよ」
銃火器の入ったゴルフバック、タブレット、それと着替えの入ったビニール袋を持って俺たちは部屋を後にした。
階段を下ってアパートの玄関を抜けると、そこに一台の車が停まっていた。年季の入った代物で、昔のアメリカ映画に出てきそうな車だった。と言ってもそんなしゃれた連中が乗るようなものではなく、もっとアウトローな、スーツを着た悪党が乗りそうな車だ。
黒塗りの車で高級感とレトロ感が漂う。確かフォードとか言う車のメーカーが昔この手の車を作っていたはずだ。楕円型の丸みのあるライトとぼこっと横からはみ出たタイヤカバーがなんとも特徴的だった。
「相変わらずしゃれた車に乗っていること」
ため息とともにアマンダはこの車に関する感想を呟いた。
「早く乗れ」
そう急かすトムは窓から体を乗り出して、トントンと車の側面を叩く。
「分かってるわよ。二人も乗って」
アマンダに言われるがまま、俺とゼレカは後部座席へと乗り込んだ。
そこで、この車のもう一つの顔を見せつけられる事になる。
外装に相反して、車内はいたって近代的だった。運転席には電子表示でスピードメーターやらガソリンメーターやらが点いており、またハンドルも太くレースカーにでもあるようなものだ。
ハンドブレーキ、八速まであるギア、カーナビやらスピーカーやら、場違いなほどに真新しい製品が並んでいる。
「下品」
外と内の両端にある違和感について、ゼレカはその一言で言い表して見せた。
トムはといえば一切気にした様子もなく、ハンドブレーキを下ろして車を発進させた。
「やってくれ」
トムの言葉が何を意味するのか。俺にはよく分からなかった。それを理解した上で行動に移ったのは、先程車の内装に文句を言ったゼレカだった。
彼女は車内に据え置かれていたノートパソコンを立ち上げると、手早くキーボードを操作した。何やら小難しい画面がディスプレイに映ったのを横目で捉えたが、一体何をやろうとしているのかは相変わらず分からないままだった。
車を進んでいくうちに交差点へと差し掛かった。四方を向いた信号機が、三色の灯火でもって車の移動を制限している。だが、妙な事に俺たちを乗せた車の走る方向は常に青の表示で、すんなりと先へと進めた。それが一つ二つどころではない。信号の前を行くたびに、まるで信号たちが示し合わせたかのように、緑色のランプが点灯したのだ。
原因は故障かもしれない。しかしそれはトムの言葉やゼレカの行動を見てしまってからは、どうも信じられなかった。
「何かやったんですか?」
たまらず俺はゼレカに問いかけた。すると、意外にもあっさりと工作の内容を教えてくれた。
「信号機をちょっといじっただけ」
短い答えだった。わずかにゼレカの薄い唇が言葉を作る。
どうやってそんなことを。そのパソコンで何をやったのか。
色々と聞いてみたいことももちろんあった。しかし、たとえそれを教えられたところで俺の頭がそれを理解できる保証がなかった。プログラムがどうだの、ハッキングがどうだの、ソフトがどうだの。と専門家ぶるゼレカをみるのもまた一つの一興かもしれなかったが、それを見る俺の頭はきっと容量を越えて、混乱の極みに陥ってしまうに違いなかった。
「そうですか」
考えた末、いや、考えるのをやめた末に俺の口はそう言っていた。
しばらくは道なりに進み、右へ左へと曲がりながら、エデンの街中を走っていく。その間はゼレカは信号機いじりに努め、アマンダは銃器の手入れに勤しんだ。俺はといえば、手持ち無沙汰を理由に外を眺め続けていた。
もちろん警戒や今後の計画に対する心配がなかったわけではない。けれど、そればかりの考え続けていても、気分が滅入ってくるばかりで何の解決策も見出せない。ならばと少しを気分を変えようとこうして窓の外に目を走らせていた。だが、それだって明快な答えが出てくるはずもなかった。
流れる景色を見る俺の目は空っぽだった。景色を見ているようで、ただ景色の先にある何かを見ているだけだった。車が止まるまで、俺はこの空虚で虚無に満ちた窓の景色を、ただ呆然と眺め続けた。