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車の整列、人の列。渋滞はずらと続き流れは緩慢だ。
だがその列を遥かから望みながら、さてどうしたものかと考えた。もちろん俺だけではなく、アマンダや、ゼレカも。
だがその答えは意外にも早く見つかった。
「橋の下を通りましょう。水に浸かることになるけど、死ぬよりかマシでしょ」
アマンダは微笑を浮かべたまま言う。その覚悟は瞬時に決まった。
車と人の顔がこっちを向かぬうちに、俺たちは橋のたもとへと入る。
遠目では見事な赤い鉄橋だったが、近づいてみればそれはただの化粧だったことがわかる。
赤いペンキが劣化によって剥げて錆びついた鋲と鉄板がむき出しになっている。
大きな地震が一つでもくれば、たちまち足元から崩れてしまうような気がしてならなかった。
注意を橋から水面へと移す。
アマンダは先頭に立って足を水面へとつける。
「……ふぅ」
アマンダの口から出る吐息は、まるで熱い風呂に入っているようでもあった。
だが、その唇は青白く色が変わり吐息はかすかに震えている。吐息の震えは全身へとまわり、彼女自身が震えだす。
冬場。それも雪の降るような気温だ。その冷たさは想像するに難くはない。彼女の足先から今まさに寒気が神経を遡り、身体を震わせているに違いない。
しかしアマンダは止まらなかった。一度止まってしまえば、覚悟が鈍りもう二度と足を動かすことがかなわない。そんな風に思ったのかもしれない。
ちょうど肩程まで水に浸かるとアマンダは勢いよく水を掻いて進んでいく。それにならえと俺も意を決して水へと足をつけた。その途端、つま先から電気でも流されたかのような鋭い痛みが俺の体を駆け抜けた。
予想以上の冷たさに、俺のやり気はすっかり消沈してしまう。
けれど、アマンダは気づけば河の中ほどにまで進んでいるし、背後からは急かすようなゼレカの視線が突き刺さる。引くに引けない。立ち止まるわけにもいかない。
萎れかけた気合をもう一度奮い立たせ、冷水へと身体を投じた。
足裏からくるぶし、太もも、腰、腹、そして脇に肩。
いずれの順で体は水に冷やされみるみると体温を失っていく。寒いなどと言う一言で済まされないほどに身体は冷え切った。
この地獄から早く出なければ、あっという間に死んでしまう。そんな予感が脳裏をかすめた途端、俺は全力をもって水を掻いた。
水面に波を立たせ、河の流れに抗い進む。
それだけでも俺の体力は削られる一方だったが、まだ死ぬことはできないと言う一心で、ひたすら掻き続けた。
対岸がせまり今一度力を込めて腕を振る。波間に何度も顔をぶつけてまぶたに鼻に水が入ってくる。
たまらずかきむしりたくなるが、その手を水を叩くために使い目鼻の煩わしさをぐっとこらえた。
どうにかこうにか対岸に辿り着くと、先に対岸に上がったアマンダが俺の手を掴む。そして両足で踏ん張り力強く引き上げた。
水が衣服に染み込み、いつもよりずっと重くなった体が対岸へと登る。
まるで水揚げされたマグロだ。と思いはしたが口には出さなかった。
乱暴に赤茶色の石畳に引きずると、アマンダの手が離れる。
それからアマンダと一緒になってゼレカを引き上げた後、震える身体を抱きしめながらあたりの様子を伺う。
雪が降っているからだろうか。あたりには人気がなく閑散としている。
水揚げされた俺たちを見る目もなければ、不自然にずぶ濡れの俺たちを見つめる人もいない。
頭上を見て銃口がこちらを向いていやしないかと思ったが、それも杞憂ですみ、ただやかましいクラクションばかりが時折響いているだけだった。
「行きましょう。ここにいちゃ凍え死ぬだけよ」
かじかんだ体のせいでアマンダの声まで震えている。そのせいで発音が可笑しい事になっていたが、笑うことはしなかった。それはこの場にいる誰しもがそうであったし、俺は彼女たち以上に震えていたから。
ゼレカは近くに下水口を見つけると、入り口にある鉄柵を握り思い切り引っ張る。
すると、軋む音をあげながら鉄柵の一本が手前側にひしゃげる。それを一本、また一本と繰り返し人一人が通れるほどの隙間をこしらえた。
アマンダが先頭を切ってそこへ入り、続いて俺が入る。最後にゼレカが入ってくる。
歩く俺たちに言葉はなく、残り少ない体力は足を動かすことのみに費やされた。
このまま無事にアマンダの言う仲間の家へたどり着けるだろうか。
言い知れぬ不安が俺の頭に浮かび上がる。そしてその不安は焦燥となって俺の足を動かした。