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9.........

 鹿の死骸から血を抜いた後、前足を肩にかけて背負い二人の待つ小屋へと向かう。


 そして小屋の外で鹿を皮と肉、骨、内臓と爪を使って捌いていく。


 丸々と太った鹿は一頭でありながら、そこそこの量があり、三人分は一応確保できた。


 ただ肉だけだと少し心細いので、木の実をいくつか手に入れて、それらを夕食にあてることにする。


 「戻りました」


 鹿肉を携えて、小屋に入ると外とは打って変わって暖かな空気が包み込んできた。


 「おかえり。どう、成果の方は」


 暖炉の前に座ったアマンダが、顔だけを向けてきた。俺は彼女に見るように赤みの肉をどかっとテーブルの上に置く。


 「おお、すごいじゃない」


 アマンダはそう言うと、早速肉を手にとって戸棚の中から包丁を何本かとりだして、肉を切りにかかる。


 「アマンダさん、水道ってあります? 手、洗いたいんですけど」


 「流しなら外にあったはずよ。暗かったから気づかなかったのね。ああ、水は最初のうちは濁っているかもしれないから、気になるようならしばらく流して透明になってから使ってちょうだい」


 「わかりました」


 アマンダの言う通り、小屋のすぐそばに蛇口のついた水道を見つけた。


 ひねってみると、パイプが震えて蛇口の口から水がどっと流れ出した。が、やや濁っている。これをしばらく流しっぱなしにすれば使えると言っていたけれど、一目見ただけでは使えるような水には見えない。


 数秒間流しっぱなしにしていると、少しずつ色が抜けていって透明になってきた。


 そうなってから手を晒してみると、予想以上に冷たくて咄嗟に手をひっこめてしまった。まるで氷の囲いの中に手を突っ込んだみたいだ。一瞬で俺の手にひらは赤くなって風にさらされて痛い。


 手早く手についた鹿の血を洗い落として、小屋の中に戻る。 


 小屋の中ではアマンダは鹿肉を切り分けそれをゼレカが炎の上に敷いた金網に並べていく。


 肉が炎に当てられて、肉汁とともにその身から香ばしい匂いが小屋の中に漂う。


 逃げて走ってを繰り返していたからか、俺の腹はその匂いにあてられて悲鳴があがった。


 慌てて腹を抑えてみるが、腹の虫は鳴き声を絶やすことなく、ひっきりなしに鳴き続ける。


 「今に作ってあげるから、もう少し待ってなさい」


 苦笑しながらアマンダが言う。


 恥ずかしさに顔に熱がこみ上げてきた。


 きっと赤くなっているだろうから、アマンダには見えないように顔をうつむかせて、テーブルに並ぶ内臓に目を向ける。


 肝臓と小ぶりな心臓。人間のものと比べればやや小さいようにも見えたけれど、人間の内臓を見たこともないからはっきりとは言えない。ただここに人間の内臓を並べられたとしても見る気は起きないけれど。


 さて肉が焼き上がる間に、つまみがわりに肝臓と心臓を俺は先にいただくとしよう。


 生で肉を食うのも久しぶりだ。弾力のある肝臓をよく噛んで血の味とともに胃袋へと落としていく。


 アマンダとゼレカは信じられないような顔をして俺を見ていたけど、半分ドラゴンであることを思い出したらしく、肩をすくめるだけで何も言ってはこなかった。


 ガムのように腎臓を噛みながら、採ってきた木の実の殻を砕く。中からは茶色い表皮に包まれた身が出てきた。


 それは森で過ごしてきた頃によく食べていた木の実だ。見た目はくるみに近いが、その中身はアーモンドの味に近い。酒があればいいつまみになるに違いない。


 一つ一つ実を潰さないように殻を壊しながら取り出していく。そして、アマンダの用意したさらに投げていく。大した量はないけれど付け合わせには充分だろう。


 テーブルの上にささやかな夕食のメニューが並ぶ。香ばしさのある鹿肉の炙り、下処理を施した焼き心臓と肝臓。それと木の実が並ぶ。


 暖炉の炎が照らす中、静かな夕食会が始まった。


 言葉少なく三人の咀嚼音だけが響く。


 調理の時はいくらか空気もよくなった気がしたが、いざ席を揃えて食べ始めると途端に空気は凍てついた。


 警戒という二文字が頭の上で点灯して、小屋の中から外から聞こえる物音に耳を傾けている。それだから、味もよく分からないまま、食事という作業を進めていく。


 作られた料理を平らげて食後の余韻に浸っていると、アマンダから「明日もあるから今日はもう休みましょう」と提案された。


 心もそして体にも、今日一日の内に疲労が多く溜まっている。断る理由はなかった。


 幸いなことに小屋にはベッドが三つ揃っていた。そのどれもこの家の前の所有者家族が残していってくれたものらしい。


 さすがにホコリやシミで汚れてはいたが、使えないわけではない。シーツを剥がし軽く外で払ってから、ベッドに横になる。


 アマンダは先に休んでいるようにとことづけると、ゼレカと一緒に寝室を後にしてドアを閉めた。


 途端に部屋には暗闇がやってきて、ベッドともに俺を闇の中に埋める。


 目を開いても、また目を閉じてもそこにあるのは塗り固めた黒だけ。外から音も遮られ、ただ無だけが俺を包み込む。


 明日に迫った計画が成功するか、それとも否か。

 アリョーシの安否、ガブリエルの安否。

 アリョーシを助け出してからのこと、そして助けられなかった時のこと。


 いくつもの不安が頭の中に浮かんでは、眠気に沈んでいく俺の意識を起き上がらせる。


 考えるのは明日にしろ、今は身体を休めるんだ。


 そう命令して聞いてくれればいいのだけど、意思の隙間を縫って不安が頭の中に湧き上がってくる。


 不安に苦しみ、苛立ち、唸る。無限に湧き出てくるものを押さえ込む。


 不安、抑制、不安、抑制。その繰り返し。何度となく繰り返される脳内での長い格闘。


 頭の中で混ざり合い、もはや形にならなくなった頃。俺の意識はプツンと途切れ、気づかぬうちに枕に深く頭を埋めていた。

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