1.
人間、目を覚ました時に自分と違う人間になっていたら、一体どういう反応をするだろうか。
俺は思う。何の反応もできないんじゃないかと。
なぜかって? だって俺がそうだったからだ。
目を開いてみれば、見慣れた六畳一間のアパートじゃなくて、もっとジメジメとした、洞窟の中だった。
白い壁紙も、時計も、ベッドも、冷蔵庫も、洗濯機もない。
というか、人が住めるような、生易しい場所でないことは確かだった。
会社帰りに酒を引っ掛けたこと。
帰りの電車に乗り合わせたJKに痴漢と間違われたこと。
そしてアパートに来てから、雑にベットに寝転んだこと。
そこまでは確かに覚えている。
しかし、こんな場所にきた記憶は一切ない。
まさか、誘拐でもされたのだろうか。
30そこそこの男を誘拐したとおろで、一銭の金にもならない気もするが。
それにしても寒い。
俺は自分の体を抱きしめた。
思いの外小さい。
それに、なんだかすべすべする。
まるで、衣服を着ていないみたいだ。
思わず体に目を向けた時、思考が止まった。
裸だった。
しかし、その裸の体が赤ん坊のそれだったのだから、全く笑えない。
「……どうなってんだ、こりゃ」
自分の体に、天井から物音が聞こえてきた。ごうごうと唸るようなその音は、地震のそれと深く似ている気がする。
「地震か……?」
不安げに四つん這いになって地面を掴む。だが、どうやら地震ではなさそうだった。洞窟全体が揺れているわけでもないし、地面が揺れ動いているわけでもない。
では何だろうかと、その答えを天井に求めた。音はそちらから聞こえていたから、そっちを向いたのだが、親切にもその答えはゆっくりと天井から舞い降りてきた。
洞窟の天井には大きな大穴が開けられている。そこから翼の音を立てて何かが降りてくる。月明かりを背負っているから逆光でよく見えはしなかったが、その正体がわかった時には、思わず息を飲んだ。
大きな翼。長い艶やかな尻尾。四つの太い足に細長くも強靭そうな肉体。そして、爬虫類のようなどう猛な顔。
「……ドラ、ゴン?」
ドラゴンだ。あのドラゴンだ。CGでもなければ夢でもない。あのドラゴンが空から降りてきて、そして今俺の目の前に立っている。そして、俺のことをじっと見つめている。そして、あろうことか俺の方に顔を近づけてきた。
静かに開いた口ものからは、鋭い牙が顔を出す。
「まさか、食べるつもりじゃないだろうな……」
心配を口に出しては見るが、通じている様子はない。
ドラゴンの口はいよいよ開かれる。思わず「わっ……!」と悲鳴をあげながら、俺はぎゅっと目を閉じた。だが、俺が思ったような痛みはちっとも訪れない。それどころか、予期せぬ感触が俺の体を撫で回してきた。
目を開くと、ドラゴンが俺の身体中を丹念に溜めていた。生暖かい唾液と、ざらついたドラゴンの下の感触が、何度も上下に往復している。獣らしい悪臭が身体中にまとわりつく。
何とかその舌なめずりをやめさせたかったが、赤ん坊の体じゃどうしようも無い。なすがまま、満足が行くまま、唾液を塗りたくられるしかない。
ようやくドラゴンの舌が体から離れた。まぶたを塞ぐ唾液を指でとって、ドラゴンの顔を見上げる。そんな俺の様子を見て、微笑ましげに口を緩めている。いや、そう見えただけで本当に笑っているのかはわからなかったが。
何にせよわけもわからず食われることはないようだ。ほっと肩を落とす。ただ、まあ、これから先のことなんて、何も考え付きはしなかったが。それはまた後で考えればいい。……多分。