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魔法少女を追放されたおっさんが異世界で魔王(代理)になってスローライフは送らない

作者: 九事キチ

「魔法少女をやめてください」

「なぜですか?」

「……おっさんだからです」


 魔法の国の女王様は言い辛そうにそう言う。


 おっさんだから。

 そこになんの問題があるのか、私にはわからなかった。


 ――私の名前は坂巻敏伸さかまきとしのぶ(♂)。

 歳は43歳。仕事はサラリーマンで、営業部の課長をやっております。

 仕事はまあ……できるほうだと思います。


 妻とは28のときに結婚し、子供を2人もうけました。

 上は中学2年生の息子。下は小学4年生の娘。

 どちらもかわいい、私の宝です。


 朝早く出勤し、夜まで会社で仕事をする。

 そんな普通のサラリーマンな私ですが、ひとつだけ普通とは違う秘密があります。

 それは……。


「――プリティジュエリーラブラブチェーンジっ!」


 虚空に現れた魔法のステッキを握って振ると、私の身体は光に包まれる。

 光が消えると、そこにはエメラルドグリーンのドレスを纏った私、坂巻敏伸(♂)こと、


「愛と正義の魔法少女、プリティエメラルドっ!」


 が現れた。


 夜の街を破壊する黒い魔物がギョッとした顔でこちらを見る。


 魔物の反応もしかたがない。

 43歳が着るには、ドレスがちょっとかわい過ぎると思っていたところだ。


「みんなを困らせる悪い魔物さんにはおしおきだよっ! ガーネットっ、サファイヤっ、準備はいいっ?」

「あ、うん……」

「はい……」


 仲間の魔法少女である2人の少女に声をかけ、私たちは共に魔物へ攻撃を仕掛けた。


「ジュエリープリティエメラルドボールっ!」


「ぐあああぁぁぁ……」


 私の魔法で魔物が消えていく。

 勝ったのだ。


 平和の訪れに私は歓喜し、


「やったね2人ともっ」


 と、声を上げてウインクをした。

 が、二人は顔を見合わせ、気まずそうな顔をしている。


 ……変だ。

 勝利したというのに、どうしたのだろうと私は心配する。


「どうしたの?」

「いえあの……坂巻さん」

「もうっ! 今はプリティエメラルドだよっ。坂巻さんなんて知らないっ」


 プリティガーネットこと、中学2年生の少女、成田司得なりたしえるの肩をポンと叩く。


「うん……そうなんだけど……真面目な話で、その」

「しえちゃん、私から言おうか?」


 プリティサファイアこと、中学1年生の少女、雪花都弧菜ゆきはなとこなが囁く。


「いや、あたしから言うよ。うん……」

「なになにっ? 私たち仲間でしょっ? 隠し事はなっしっし。なんでも言ってっ」


 私たちは3人でプリティジュエリー。

 辛いときも、苦しいときも共に戦ってきた大切な仲間だ。

 熱い友情で結ばれている。そこにはなにも隔たりなんか無い。


「えっと……じゃあ言うけど……」

「うんっ」

「魔法少女やめてくれる?」

「えっ……」


 なにを言われたかわからなかった。

 なぜこんなことを彼女は言ったのか? 理由がまったくわからない。


「なんでそんな……あ、冗談でしょっ」

「いや、冗談じゃなくて……本気、です」

「なんで……」


 わからない。


 まず、私は現役最強の魔力を持つ、最強の魔法少女だ。

 足手まといどころか、戦力の要である。


 魔法少女歴は30年。

 ややベテランの域に入ったと思うが、いささかも衰えを感じていない。

 むしろ魔力は日に日に増えているくらいだ。


 怠惰でもない。

 魔物が現れれば、大切な会議を抜け出してでも正義のためにかけつける。

 常に私が一番乗りだ。


 ……しばらく放心しながら考えてみたが、さっぱり理由が浮かばなかった。


「ど、どうしてっ? 私、2人に嫌われるようなことしたかなっ?」

「いやぁ、あのぉ……」


 ガーネットは目を逸らす。


「サファイアっ」

「あのですねぇ……」


 2人とも私と目を合わせてくれない。


 もしかして魔物に洗脳されてる?

 そうだったら許せないと、私は魔物の気配を探った。


「――理由は私から話しましょう」

「えっ? あ……」


 空に光の輪が現れ、中心から煌びやかな出で立ちの女性が降りてくる。


「魔法の国の女王様っ」

「おひさしぶりですね、エメラルド……いえ、坂巻さん」

「今はエメラルドですっ」


 頬を膨らませ、プイとそっぽを向いてやる。

 みんなでいじわるして、ひどいんだからもうっ。


「坂巻さん」

「エ・メ・ラ・ル・ドですっ。それかトシちゃんでお願いしますっ」

「……真面目な話です。真剣に」

「あ……はい」


 別にふざけているつもりはない。

 だが真剣にと言われれば、その振舞い方は知っている。


「先程、ガーネットも言いましたが、私からも改めて伝えます」

「はい……なんでしょうか?」

「魔法少女をやめてください」

「なぜですか?」

「……それはあなたがおっさんだからです」


 ……?

 やはり冗談だろうか?


 確かに私は43歳で、世間一般に言わせればおっさんであろう。

 しかしそれがどうしたというのか?

 魔法少女をやる上で、それがたいした問題になるとは思えない。


「おっさんだから……なんでしょうか?」

「いえ、ですから、おっさんだから魔法少女をやめてもらいたいのです」

「なぜおっさんだと魔法少女をやめなければならないのですか?」

「……おっさんだからです」


 納得できない。

 私は30年も魔法少女として、最前線で戦ってきたのだ。

 おっさんだからなんて、些細な理由でやめさせられては堪らない。


「坂巻さん、彼女らを見てください」


 女王様がガーネットとサファイアの2人を手で指し示す。


「魔法少女は十代の女性なんです。坂巻さんはいくつですか?」

「……43ですが」

「性別は」

「……男です。けど、魔法少女に年齢と性別は関係ないですよね」

「いや、あるでしょう……」


 そんな馬鹿な。


「女王様が私を魔法少女にしてくださったのに……」

「魔力は桁違いに高いですからねぇ、坂巻さん」

「私は誰よりも愛と平和と希望と勇気を大切に思ってるんですよ」

「そうなんですよねぇ。おっさんなのに十代の少女よりも、心が愛と平和と希望と勇気に満ちているんですよねぇ、坂巻さんは」


 私は魔法少女をやるために生まれてきた人間だ。

 やめろと言われて、やめられるものではない。


「女王様、私は……」

「お願いします。ガーネットとサファイアの頼みでもあるんです」

「2人とも……」


 2人は罰が悪そうに俯いている。

 女王様も、申し訳無さそうな表情で私を見ていた。


 ……潮時か。

 私がおっさんだから、と女王様は言っていたが、事実はそうじゃないだろう。

 いつまでもベテランがいては若手が育たない。

 それが本当の理由だと思った。


「……わかりました。引退を……しようと思います」

「わかっていただいてありがとうございます。それでは魔法のステッキを……」


 手に握っている魔法のステッキを女王様に返す。

 ……これで私は、ただの中年サラリーマンとなった。



「――坂巻課長っ」

「うん? どうした山下君?」


 入社5年目、営業部期待の星である山下君が、慌て気味に私の机へとやってくる。


「すいませんっ。今日、K下商事と商談があったんですけど……田島が遅刻しましてその……」


 田島とは今年入社した新人だ。

 悪い人間ではないが、少々時間にルーズなところを心配していた。


「す、すいません……」


 山下のうしろから田島がおずおずと姿を見せる。


「先方を怒らせたのか?」

「はい……。時間を守れないような人間と仕事はできないと、先方の宮下さんが席を立たれまして……」

「K下商事の宮下さんは時間を大切にする人だからな……」


 遅刻だけはしないよう、田島には再三、念を押した。

 それでも遅刻をした彼は、まだ学生気分が抜けていないのだろう。

 二度と遅刻などしないよう、厳しく注意する必要がある。

 が、今はそれどころではない。


「とりあえず部長に報告してから、先方に詫びを入れに行くか」

「……俺、首ですかね」


 しゅんと、田島はうな垂れている。

 私はその肩をポンと叩き、


「そうならないよう、最大限の努力をしろ」


 私の言葉が通じただろうか?

 田島は、はいと頷き顔を上げた。


 ……それから田島と共に先方へ謝罪しに行き、なんとか許しを得た。


「今日はほんと、すいませんでしたっ」

「もういい。気にするな」


 帰りの車内で、助手席に座っている田島がしきりに頭を下げてくる。

 普段は遅刻をしても、飄々としている新人の田島。

 だが、今日は人が変わったように、落ち込んだ様子を見せていた。


 反省はしているようだし、遅刻について厳しく叱るのは明日にしよう。

 私は黙って、自社に向かって車の運転を続ける。


「新人の俺なんかのためにあんなたくさん頭下げてもらって……ほんと……俺」

「君のためじゃない。会社のためだよ」


 とはいえ、結果的には私の下げた頭で、田島の首は繋がったのかもしれない。

 こんなおっさんの頭で、未来に希望を持った若者を救えたなら喜ばしいことだ。


 チラと隣の田島を見る。

 背中を丸め、俯いて小刻みに震えていた。


「……田島君は夢を持っているか?」

「えっ?」

「夢だよ。今の会社の社長になりたいとか、起業したいとか、それか小説家になりたい……とかな」


 サラリーマンの全員が会社での出世を目指して働いているわけではないだろう。

 他にやりたいことがあっても不思議では無い。若者ならばなおさらだ。


「えっと……大学んときは就活に必死で、夢とかあんま考えたことない、っす」

「そうか」


 今どきの若者という感じである。


「……私はね、子供のころ正義の味方になりたかったんだ」

「えっ? せ、正義の味方、っすか?」

「おかしいかね?」

「いえ、いいと思うっす」


 そうは言うも、田島の声音には困惑があった。

 こんなときにする話でもないので、当然だろう。


「ははっ……まあ正義の味方を目指せとまでは言わないけど、夢は持ったほうがいいぞ田島君。夢があると人生に張りが出るからね」

「はい……」

「あと、若いときってのはたくさん失敗して成長するもんだ。ひとつ失敗して、いちいちへこんでたら身が持たないぞ。切り替えていけ」

「あ、はいっすっ。でも俺、もう遅刻だけはしませんっ」


 少し元気を取り戻したのか、田島の声に活気を感じる。


「ああ。頼んだぞ」


 立ち直りが早いのは若者の良いところだ。


 ……おっさんの私とは違う。

 おっさんである私は、いまだにあのことから立ち直っていなかった。


「あ、正義の味方って言えば最近、おっさんの魔法少女見ませんね」

「えっ?」


 田島の言葉に戸惑い、アクセルをやや踏みすぎてしまう。

 一瞬、グンとスピードが上がり、慌てて足を引く。


「どうかしたんすか?」

「いや……なんでもないよ」


 田島が元気になったのと反対に、今度は私の気持ちが落ち込む。


「でも、やっぱおっさんが魔法少女はないっすよねー」

「そんなことはないだろっ」

「えっ?」


 横目に見た田島はキョトンとしていた。


「ああいや、正義を守りたいって気持ちに年齢とか性別は関係ないんじゃないかなって」

「そうっすけど、魔法少女である意味ってあるんすかね? おっさんが」


 こう言っているのは田島だけではない。

 テレビのニュース番組や、巷間の噂でもだ。


「魔法使いとかー、それか普通に変身ヒーローでもいいじゃないっすかね」

「なら、魔法少女でもいいんじゃないか?」

「でもおっさんですし」


 おっさんだからおっさんだからおっさんだから。


 なぜみんなおっさんを差別するのか?

 おっさんが魔法少女でなにが悪い?

 いいじゃないか。正義を愛する心があればおっさんが魔法少女でも。


 ――社に戻った私は残っている仕事を片付け、終業時間に会社を出た。

 家に帰る道すがら、私はおでんの屋台を見つけて暖簾を潜る。


 イスに座り、コップ酒を一杯もらって、ぐいと一気に呷った。

 うまい。喉にしみわたる。


 ……これじゃまるで普通のサラリーマンじゃないか。

 こんなことをするために、私は今まで生きてきたのか?

 違う。これは仮初の姿。

 ひとたびスーツを脱ぎ去れば、正義の魔法少女プリティエメラルド……だった。


 今は普通のおっさんリーマンだ、

 実にむなしい。

 またあの華々しく、愛と正義に満ち溢れた世界に戻りたかった。


「……お客さん、プリティエメラルドでしょ?」

「!?」


 不意に店主に言われて、私は驚く。


「私に言っているのかな?」

「はい」

「つまらない冗談だよ」


 酒をもう一杯もらい、今度はちびりと飲んだ。


 魔法の力が働いているので、正体がばれるはずはない。

 本当に冗談で言っているのだろうと思った。


「いいえ。冗談ではありません。あなたはプリティエメラルドです」

「いいかげんにしてくれ。私は魔法少女じゃない。ただの……おっさんだ」

「ただし高い魔力を備えた、ですよね。坂巻敏伸さん」

「どうして私の名前を……」


 免許証の入った財布でも落としたか?

 しかし、財布はちゃんと内ポケットにあり、免許証も中にあった。


「魔界じゃあなたは有名人ですからね」

「お前……っ」


 今まで隠していたのだろう。

 店主の体から邪悪な魔力が漏れ出ていた。


「そう怖い顔をしないでください。戦うつもりはありません。あっし如きじゃ坂巻さんには敵いませんからね」

「ではなんのようだ?」


 魔法少女の力は無くとも、魔力は健在だ。

 この程度の魔物など恐れるに足りない。


 だが魔物である店主は言葉通り、戦闘の様子は見せずにニコニコと笑っていた。


「単刀直入に申しますと坂巻さん、あなたをスカウトにきました」

「スカウト? 私を? 魔物が?」


 魔物が元正義の魔法少女である私をスカウトに来るとは、これまた笑えない冗談だ。


「ビジネスマン風に言うと、ヘッドハンティングですね」

「ふむ……ま、断る前に理由だけでも聞いておこうか」


 酒の肴くらいにはなりそうだ。

 私はふたたび酒をちびりと飲む。


「はい。実は我々の魔王様がご病気で伏せっておりまして」

「うん」

「療養中のあいだ、代理の魔王を立てることが議会で決まったのですが、お恥ずかしいことに、魔界には魔王様の代わりをできるほど高い魔力の者がおりませんで……」

「それはつまり、私に魔王の代わりをやれと、そういうことか?」

「はい」


 馬鹿馬鹿しい。

 正義の魔法少女であった私が、代理とはいえ一転して悪の親玉にだって?

 ありえない話だ。


「魔王様が病床の今、魔界では新たな支配者を目論む輩が複数と台頭し、争いを始めています。魔王様の治世を守るためには、匹敵する魔力を持つ、あなたの力が必要なのです」

「ふん。そんな話……」


 お断り……するはずが、言葉が口から出てこない。


 なんだ? まさか魔王の代理をやってもいいと、心の中では思っているのか?

 まさかそんなことは……。


「もちろんただでと申しません。謝礼金は日本円で十億、お支払いしましょう。坂巻さんさえよろしければ、魔王様復帰後も魔界の要職についていただければと思っております」

「いや私は……」


 なぜか断れない。

 幻惑の魔法でもかけられているのか?

 いや、私は正常だ。魔法をかけられている気配も無い。


「返事は今すぐでなくても結構です。3日後、またここへ来ます。それまでに答えをお聞かせください。よいお答えを期待しておりますよ。それでは」


 屋台が消え、気付けば私はひとり立ち尽くしていた。


 なんですぐに断らなかったんだ?

 ……わからない。


 理由を考えつつ、私はその場を去った。


 ――3日後、私はまたあの屋台へと来ていた。

 断るためじゃない。魔王代理の話を受けるためだ。


「お待ちしておりました。それで、早速ですが答えを聞かせていただいても?」

「……話を受けようと思う」

「おお、ありがとうございます。いえ、正直言いますとお断りになるとばかり」


 そのつもりだった。

 受けたのは、私の正義にかげりがあったからだろう。


 このまま生きていれば、それなりに出世して定年、退職して老後を迎える。

 息子と娘は結婚し、孫の成長を見守りながら私は死んでいく。


 そんな平凡でつまらない人生は嫌だ。

 私は高い魔力を持った特別な人間なのに、普通に死んでいくなど間違っている。


 魔王だっていい。

 私は私を高く評価してくれる場にいるべき、選ばれた優秀な人間なのだ。

 たまたま最初に私を見つけたのが、魔法の国の女王で、次に声をかけてきたのが魔物だっただけ。

 所詮、善悪など関係なかった。魔法少女でなくてもよかった。

 私が求めていたのは、特別な私を生かしてくれる場であったのだ。


 女王様は私の中にある邪悪な心を見抜いておられたのだろう。

 しかし私の正義を傷つけてはいけないと、あえて嘘をおっしゃった。

 おっさんだからなんて理由で魔法少女をやめさせられるわけはない。

 私の心が汚れていた。それが本当の理由だろう。


「それではさっそく魔界へご案内します。ああ、ご家族はお連れになられますか?」

「いや、いい。私だけで行く」

「魔界へ行けば、そうそうこちらへは戻ってこれませんよ」

「構わない」


 家族や仕事など、本来の私を偽るだけのものに過ぎない。

 魔法少女でなくなった今、人間界での坂巻敏伸は必要なくなった。


 地球へはもう戻ってこない。

 そのつもりで、私は魔界へ赴いた。


 ――魔王代理として最初にやったのが、支配を目論む連中の掃討だ。

 これはすぐに終わった。


 次にしたのが冒険者とかいう奴らの相手である。


 魔界とは、地球にあるわけではない。

 異世界に存在する世界だ。

 魔物たちは魔力で開いたゲートを通って地球へ来る。

 逆にゲートを通り、別世界から魔界へ来る者達、それが冒険者だ。


「――ふん」

「ぐわあっ!」


 指から電撃を出し、冒険者を倒す。

 ここに来てから1週間ほど経ったが、毎日こんなことの繰り返しだ。


「お見事でございます。坂巻様」

「トシちゃんと呼べ」

「は? ト、トシちゃん、でございますか?」

「そうだ」


 坂巻も敏伸も、ここで呼ばれるにはそぐわない呼称だ。


 トシちゃんがいい。

 魔法の世界の女王も、昔はそう呼んでくれていた。


「それでは……トシちゃん様」

「トシちゃんだ。様はいらない」

「ト、トシちゃん……」

「それでいい」


 そう呼ばれると元気が湧いてくる。


「冒険者達だが、この程度の連中をこんなところまで入れさせるな。魔物たちはなにをやっているんだ?」

「はあ、いやでも、魔界へまで来る冒険者は各世界で勇者と呼ばれている者達でして、魔王様か坂巻……トシちゃんでなければ勝てないかと……」


 なさけない奴らだ。

 魔界の魔物は凶悪で強力だと思っていた。

 だが実際はどうだ、地球に来る奴らとそんなに変わらない。


 こんな弱い奴らが手下じゃ、魔王も病に伏せるはずである。


「ゆ、勇者のパーティーがきましたっ! トシちゃん助けてくださいーっ!」」

「またか……」


 私は人差し指を立て、部屋の入り口へ向けた。


 ――どこから冒険者が侵入してくるのかを知るため、私は側近を伴い魔王城の外へ出かける。


 10分に1組はやってくる冒険者にはもううんざりだ。

 ゲートを閉じてしまおうと、私は自ら出向いた。


「こちらです、トシちゃん」

「ここか」


 空間に歪んだ穴が開いている。

 こんなにでかい穴があれば、そりゃあいろいろと来てしまうだろう。


「塞ごう」

「えっ? でもゲートを塞ぐのは魔界の精鋭魔術師1000人でも不可能で……」


 私は指をパチンと鳴らす。

 と、ゲートはいとも簡単に消え失せた。


「あ……」

「魔王はなぜゲートを残した。魔王なら消せただろう」

「魔王様は冒険者の相手をするのが好きなので……」

「それは悪いことをした。病気が治ったらまた開こう」


 これでしつこい冒険者に悩まされず、のんびりできる。

 私は魔王城へ戻り、ひさしぶりにゆっくりと眠った。


「……暇だな」


 冒険者が来なくなると、今度は暇がやってきた。

 政治なんてわからないので、ぜんぶ議会に任せきりだ。

 することのない私は、日がな1日、玉座に座っている。


「なにかすることはないのか?」

「釣りなどされてはどうでしょう?」


 なんで魔界に来て釣りなんかしなきゃならないんだ。

 そんなの人間界でもできる。

 私はスローライフを送るつもりでここにきたのではない。


「私の力を存分に振るえることがいいな」

「では異界に侵攻でもされますか?」


 なるほど。

 それはいかにも魔王らしい暇つぶしだ。


 圧倒的な力を行使することで、私の非凡さを皆に見せつけられる。

 ただのサラリーマンなんかをやっていていい人間ではないと、自分でも再認識できるはずだ。


「うむ。そうしよう」


 それから私はあらゆる異界へと自ら出向き、次々と制圧した。


 異界と言っても皆がみな、テレビゲームのようなファンタジー世界ではない。

 地球と同じような世界もいくつかあり、そこではミサイルを持った軍隊と戦った。


 自分で言うのはなんだが、私の魔力は無敵だ。

 魔法少女だった頃は、正体をばらさないよう、普段は使わなかった。

 が、使用すればこの通り、世界を掌握できる。


 私は今、1000の世界を支配する魔王(代理)だ。

 人々は私をの力を恐れ、ひれ伏している。

 私を特別な者と認め、凡人などとは違うと理解しただろう。


 ……それなのになぜだ?

 なぜ心は満たされない。


 私は玉座に座り、部屋の天井を見つめてぼーっとしていた。


「1000世界支配、おめでとうございます」


 側近が恭しく頭を下げる。


「なあ……」

「はい?」

「なぜ魔王は私ほど異界を侵略しなかったのだ? できただろう魔王なら」

「魔王様は怠惰でございます。力あっても、ご自分で侵略に出向くなど致しません」


 強い力を持っているにも関わらず、それを行使せず満たされるのだろうか?

 私は行使しても満たされない。


 なにかが……なにかが足りないのだ。

 心を震わせるようななにかが……。


「た、大変ですっ!」


 頭が牛の魔物が玉座の間へ駆け込んでくる。


「魔王さ……トシちゃんの御前であるぞっ! 騒ぐでないっ!」

「し、失礼致しましたっ!」

「どうしたのだ?」

「魔法少女のガーネットとサファイアが魔界に乗り込んできましたっ!」

「なんだってっ!」


 私は思わず立ち上がる。

 ガーネットとサファイア。私の仲間だった者たちだ。


「それで、どうなっているのだっ!」

「現在、軍の精鋭を当てていますが、こちらへ到達するのは時間の問題かと……」


 当然だ。

 あの2人は私が鍛えた弟子のようなもの。

 そこらの冒険者でも到達できるここへ、来れないはずはない。


「トシちゃん、どうしましょうか?」

「……全戦力をここへ集めろ」

「それではここへの侵攻を許すことになりますが」

「そこらに配置しても各個撃破されるだけだ。集めて総力で当たったほうがいい」


 この部屋は無駄に広い。

 魔王城にいる魔物をすべて集めても、余裕で収まるだろう。


 私の命令に従い、様々な魔物が玉座の間に集まる。

 くさっても魔王城につめている魔物だ。凶悪凶暴そうなのがゴロゴロいた。


「万全ですね」

「……どうかな」


 ガーネットとサファイアは強い。

 1000はいるであろう、強力な魔物を集めてようやく互角くらいだろう。


 私は玉座の肘掛に肘を乗せ、頬杖をつく。

 と、ほぼ同時に玉座の間へ2人の魔法少女がやってくる。


「愛と正義と情熱の魔法少女、プリティガーネットっ!」

「同じく、愛と正義と温和の魔法少女、プリティサファイアっ!」

「「魔王を倒しに只今、参上っ!!」」


 2人がポーズを取る。

 以前はあの中心に私がいた。


 だが、もはやそれは過去だ。

 今の私は魔王の代理。魔法少女は敵である。


「ひさしぶりだな……ガーネット、サファイア」

「あなたはっ!」

「坂巻……さんっ!」

「トシちゃんだ」


 驚きの表情で2人は私を見ている。


 それもしかたのないこと。

 最強の魔法少女だった男が、魔王城の玉座に座っているのだから。


「どうして坂巻……トシちゃんがそこにいるんだよっ!」

「わかんないですっ! どうして……」


 わからないと言うが、2人は察しているだろう。

 ここにいるということは、私が魔王になった。

 彼女らはそう思っている。


 2人は私に勝つことができない。

 万が一にも、2人の勝利はありえない。

 私のほうが圧倒的に強いと、この場にいる誰よりも彼女らは知っているはずだ。


 驚愕から焦りへと表情を変える2人の魔法少女。


 大量の魔物に加えて、元最強の魔法少女である私が敵にいる。

 2人にとって、これはあまりに不利だ。絶望的だ。


 恐らく、このまま引き返すだろう。

 追う気はない。昔のよしみで逃がしてやるつもりだ。


「……どうしてここにいるか。その答えは簡単だ。私は私の力を活かせる場所へと来た。そして特別な力を持つ者だけが得られる地位についたと、それだけだよ」

「そんな……」

「トシちゃんは誰よりも正義を愛していたはずですっ! それなのにっ!」


 ……なんだ?

 心がちくりと痛んだような気がする。


「……話は終わりだ。逃げるなら今のうちだぞ」

「魔法少女を逃がすのですか?」

「私のやることに不満でも?」

「いえ……」


 側近が下がる。


 彼女らは逃げ、私はまた異界の侵略を繰り返す。

 魔界は私の力を行かせる唯一の場所。それなりに満たされもする。

 だからこのままでいい。このままで、いいのだ。


「……逃げない」

「なに?」


 ガーネットの呟きに、私は耳を疑う。


「逃げないって言ったの。坂巻さんはおっさんだから耳が遠いのかな」

「トシちゃんだ。……なぜ逃げない? 戦えば死ぬぞ。確実に」


 ガーネットとサファイアが100%の力を出し切っても、私には勝てない。

 部屋を埋め尽くすほどにいる魔物たちにさえ、勝てないかもしれない。のに……


「正義は負けないからっ!」

「そうっ! 絶対にっ!」


 2人の目に諦めはなかった。

 絶望的な状況で、なぜあんな目ができるのか?

 

 わからない。

 いや……わかる。なんでかはわからないが、そんな気がした。


「ならば我が魔王軍の力でその正義を叩き潰してやる!」

「っ!」


 側近の上げた声に従い、魔物が一斉に魔法少女らに襲い掛かる。


 いくらなんでも多勢に無勢だ。

 しかし2人は瞳を熱く燃やし、真っ向から大勢の魔物たちと戦う。


 その姿に……私は震えた。

 怖いのではない。私がいる限り、魔王軍の勝利は揺るがないだろう。

 だが、それを知って尚、果敢に立ち向かう彼女らの姿。

 その姿に、私は熱いものを感じてしまった。

 忘れていたなにかが、かつて私を満たしていたなにかが、そこにあるのだ。


「――うあっ!」

「くうっ!」


 傷ついた魔法少女2人が地面に膝をつく。

 勝利を間近に、側近は笑っている。しかし私の心は曇っていた。


「とどめをさせ!」


 側近が叫ぶ。


 このままでいいのか?

 私は……私は……。


「ト……トシちゃん」

「!?」


 ガーネットとサファイアが私を見上げている。


 助けてほしいのか?

 ……なにを今さら、私を追放したくせに。

 ピンチに助けてほしいなど、虫が良すぎる。


 でもなんだ?

 そんな考えはだめだと、私のなにかが私に訴えている。

 そのなにかはとても大切で、私をもっとも満たしてくれるもの。


「トシ……ちゃん」

「トシちゃん……」


「あ……ああ……」

「坂巻様? あ、いえ、トシちゃん?」


 私の中でそれが熱く燃え上がる。

 もう我慢できない。


 それが……そのなにかが……正義が……熱いっ! 熱くて堪らないっ!


「……ごめんなさいっ! ガーネットっ、サファイアっ。やっぱり私……私……」


 私は玉座から立ち上がる。


「さ、坂巻さん?」

「やっぱり魔法少女だっ!」


 右手を前に、私は強く念じる。


「きてっ、魔法のステッキっ、私にまたあなたの力を貸してっ」

「坂巻さん!?」

「べーっ、坂巻さんじゃないもんっ。トシちゃんだもんっ」


 私の右手に現れる魔法のステッキ。

 それを握った瞬間、私の心は満たされ、愛と正義が溢れ出す。


「プリティジュエリーラブラブチェーンジっ!」


 ステッキを頭上で丸く振ると、キラキラ輝く星が無数に舞い降りる。

 魔王っぽいごつい服は消え、エメラルドカラーのドレスが私を包む。


「……遅れてごめんね」


 そして私は30年間続けた、忘れもしないポーズをとる。


「愛と正義と友情の魔法少女、プリティエメラルドっ! 仲間のピンチに参上っ!」

「さ、坂巻さん! 我々をまさか……裏切るんですか!」

「裏切るんじゃないよっ。悪い魔物さんは初めから私の敵っ。やっつけちゃうよっ」

「くっ……なにをしている! 魔法少女共を殺せ!」


 わっと魔物たちがガーネットとサファイアに向かう。


「やらせないんだからっ」


 私が右手で空を薙ぐと、すべての魔物が吹き飛び、四方の壁を突き破る。


「なっ!? あれだけの数を一瞬で……」

「正義の力、思い知ったかなっ」

「坂巻さんの力に正義は関係ないと……うわっ!」


 側近も魔力で吹き飛ばす。


「坂巻さんなんて知らないっ。私はプリティエメラルドっ。もしくはトシちゃんっ」

「は、ははっ……やっぱ坂巻さんはすごいや」


 ガーネットが引くように笑っている。


「プリティエメラルドだよっ。もうっ」

「さすがトシちゃんです! 私……ごめんなさいっ! トシちゃんにひどいことして……。それなのにトシちゃんは私たちを助けてくれて……」

「ううん。悪いのは正義を忘れていた私。2人の正義が私を目覚めさせてくれた。ありがとう。ガーネット、サファイア」


 2人がいなければ、私はずっと魔界の住人でいたろう。

 若い正義が、私を救ってくれたのだ。感謝してもしきれない。


「トシちゃんはおっさんだけど、私たちよりずっと魔法少女だよ。これからも一緒にやっていきたい。……だめかな。こんな私たちじゃ」

「2人とも……」


 私は2人の肩を抱く。


「だめなんてことないよっ。私たちは3人でプリティジュエリーっ。女王様にも文句は言わせないっ。これからもずっと3人だよっ」

「トシちゃん……」

「エメラルド……」


 3人で手を繋ぎ、友情を確かめ合う。

 どんなに魔界で力を振るっても満たされなかった心が、今は愛と正義で溢れている。

 私は生まれながらの魔法少女だ。それをやる以外で満足なんかできるはずはない。


「帰ろうっ、みんなの地球へっ」

「うんっ」

「3人で」


 部屋の出口に向かい、3人で歩く。


「――待てぇ」

「!?」


 地響きのような声が玉座の向こうから聞こえる。

 3人は身構え、声のする一点を見つめた。


「そこにいるのっ!?」

「隠れてないで出て来なよ!」

「ま、まさか……」


 サファイアの顔が強張る。

 私も予感はしていた。ここまでしたら、たぶん出てくるんじゃないかと。


「言われなくても出て行くぅ」


 ボコリと、玉座のうしろにある壁から巨大な右手が生える。

 続いて左手が生え、やがてその持ち主が姿を現す。


「ま……魔王?」

「あんな怪物、それしか考えられないでしょ」


 ガーネットの言う通り、あれが魔界の主である魔王だ。


 恐ろしく膨大で、邪悪な魔力を感じる。

 手下の醜態に業を煮やし、病気を押して出てきたのだろう。


「このままお前らを帰すわけにはいかない。皆殺しだあああああ!!!」


 ものすごい咆哮が私たちを襲う。


「ガーネットっ、サファイアっ。まだ戦えるっ?」

「うん。やれるよっ」

「まだまだ元気いっぱいですっ」


 私たち3人は魔法のステッキを前にかざし、魔王へと戦いを挑む。


 ……しかしなんて強い。

 魔王はあらゆる攻撃をはねのけ、高威力の魔法を放ってくる。


 手強い相手とは思っていた。

 でも、まさかここまでとは想定外だ。


「弱いなぁ。我が軍を破った魔法少女がこの程度かぁ」

「くっ……病気なのにここまで強いなんて、反則だよぉ……」

「病気は嘘だぁ。面倒だからサボってただけだぞぉ。はっはっはぁ」


 側近の言っていた怠惰は本当のようだ。


「どうしようエメラルド。このままじゃあ……」

「諦めちゃだめだよガーネットっ。正義は絶対に負けないっ」


 そう。正義は負けない。

 愛と正義の魔法少女は、絶対に勝つのだ。


「このまま、お前らを殺して地球侵略だぁ」

「そんなことはさせないっ」


 私は足を開いて立ち、魔法のステッキを魔王に向ける。


「ガーネット、サファイア、2人の力を私に貸してっ」

「エメラルド、あれをやるんだね……うんっ!」


 ガーネットのステッキが私に向く。


「私もっ!」


 サファイアのステッキも私に向いた。


「2人の力が私の中にっ」

「なにをする気だぁ」

「あなたを倒すんだよっ」


 私はステッキを両手で握る。


「プリティジュエリーエメラルドボールっ!」


 光球がステッキの先端に出現し、それが魔王へと飛ぶ。


「こしゃくなぁ!」

「なっ!」


 魔王の口から禍々しい色の光球が吐き出され、エメラルドボールとぶつかる。

 私はステッキを強く握り、その光球を押し返そうと踏ん張った。


「エメラルドっ!」

「トシちゃんっ!」


 2人の手がステッキを握る私の手に添えられる。


「ぐっ……ぬううっ!」


 エメラルドボールが魔王の光球を押す。

 しかし、まだ魔王のほうに勢いがある。


「だ、だめっ! このままじゃっ!」

「サファイアっ! しっかり!」


 強大な魔王の力は3人の力を合わせても足りない。

 じょじょに押され、私たちはどんどんあとずさる。


「ふははぁ! 我の勝ちだぁ」

「ま……まだだよっ!」

「なにぃ?」


 私は目を閉じる。


 正義を愛しているのは私たちだけじゃない。

 悪を憎むみんなの力を私は借りるっ!


「地球のみんなっ! 私の声が聞こえるっ?」


 私は魔法で地球のみんなに声をかける。


「な、なんだこの声……?」

「なんか聞いたことある声のような気がする……」


 みんなの声が私の頭に響く。


「くうっ!」


 他に魔力を割いた分、エメラルドボールの威力が弱まってしまう。


「地球に声をかけてっ……どうするんだよエメラルドっ!」

「みんなの力をっ……借りるのっ」

「そ、そうかその手がっ。わかった!」


 ガーネットが息を吸い込んだ。


「地球のみんなーっ! 私、魔法少女ガーネットっ! 今、魔王と戦ってて負けそうなんだーっ! 手を上げて力を貸してくれーっ!」


「誰だこの声?」

「ガーネットなんて知らない」

「手を上げたらどうなるんだろ……うおあっ! なんか力が抜けたぞ……」

「やべえな。これ、また魔物の悪さかなんかだよ」

「みんな手を上げるなーっ! 力を持っていかれるぞーっ!」


「な、なんで、どうして……」


 ガーネットは魔法少女になって日が浅い。

 彼女を知らない者が多くてもしかたのないことだ。


「魔王と戦ってるってなんだよ」

「頭おかしい」

「いるわけないじゃんそんなの。ケラケラ」


 みんな言いたい放題だ。

 確かに、いきなりこんなことを言われて信じるわけは無い。


 私の考えは失敗だ。

 このままじゃ私たちは……地球は……。


「魔法少女とか恥ずかしいーゲラゲラ」

「っ!」


 聞き捨てならないことを言われ、私の中でなにかが切れた。


「ちょっとっ! なんで魔法少女が恥ずかしいのっ!」


「えっ? こ、この声……」


「みんなのために戦ってるのに、恥ずかしいなんてひどいよっ! 魔法少女は恥ずかしくないっ! 正義を愛するみんなの味方だよっ!」


 私は叫ぶ。

 魔法少女を馬鹿にされては黙っていられない。


「この声って……あのおっさん魔法少女?」

「確かプリティ……」

「エメラルドだ」

「プリティエメラルド」

「トシちゃんだ!」


 みんなが私の名前を呼ぶ


「トシちゃんっ! トシちゃんっ!」

「toshicyan! toshicyan!」

「トシ・チャン! トシ・チャン!」


 世界中で大合唱が始まる。

 こんなに私が有名だなんて知らなかった。

 嬉しくて涙を流す。が、今はそんな場合ではない。


「みんなっ! 両手を高く上げて私たちに力を貸してっ! おねがいっ!」


「トシちゃんのためなら喜んで!」

「俺も貸すぜ!」


 エメラルドボールにみんなの力が集まっていく。


「ぐ、ぐお……このぉ!」


「わしの力も持っていけー」

「昔、あの人に助けてもらったことがあってねぇ。今、恩返しするよ」

「ひさしぶりだな。あいつの声を聞くのも」


 地球に住むみんなの力を受け取り、エメラルドボールが巨大に膨れ上がる。


「みんな……ありがとうっ! ガーネットっ、サファイアっ」

「うんっ」

「最後のひと押しがんばりますっ」


 残っている全魔力をエメラルドボールへ注ぐ。


「ぬぐぅ! わ、我は魔界を統べる王だぁ! お、おっさんの魔法少女なんかに負けたら末代までの恥だぁ!」

「おっさんだからなにっ? おっさんだって……おっさんだって正義を愛する心があれば魔法少女なれるんだよっ」


 私はおっさんだ。結婚して子どももいる。

 だからどうした? そんなの、魔法少女をやってはいけない理由にはならない。


「ま、負けるかぁ!」

「ぐ……うううっ!」


 パワーが足りない。

 あともう少し、もう少しだけパワーがあれば押し返せるのにっ!


「――私があなたがたにパワーを授けてあげましょう」

「じょ、女王様」


 魔法の国の女王様が私たちの頭上に現れる。


「さあ、受け取りなさい」

「お、おおおおおおっ!」


 全身の筋肉がプロレスラーのように盛り上がっていく。


「よっしゃーっ! これならっ!」

「なにぃぃぃ!」


 私はステッキを投げ捨て、


「サンキューっ! 地球のみんなーっ!」


 右の豪腕でエメラルドボールをぶったたく。

 巨大な光球は禍々しい光球を丸呑みし、やがて魔王も呑みこんだ。


「あ、あああああ……ば、ばが……なああああああああああっ!!!!!!」


 消え行く魔王の巨漢。

 魔王を葬ったエメラルドボールはそのまま飛び続け、魔界の彼方へと消えた。


「や……やった、のっ?」

「トシちゃんっ!」


 サファイアが抱きついてくる。


「やったっ、やったよっ。私たち、魔王を倒したんだっ!」

「うん、うん。魔王を倒したっ! 私たちやったんだっ!」

「やったーっ!」


 ガーネットも交え、3人で抱き合う。

 勝てたのは地球に住むみんなのおかげだ。


「勝ったよみんなっ! ありがとーっ!」


「うおおおおっ! トシちゃんっ! トシちゃんっ!」

「woooooooooo! tosicyan! tosicyan!」

「アイヤー! トシ・チャン! トシ・チャン!」


 みんなの喜びが頭に伝わる。

 魔王を倒し、世界に平和が戻った。

 みんなの正義が、平和を勝ち取ったのだ。


「坂巻さん」

「エメラルドですっ。それかトシちゃんっ」


 女王様が私たちの前に降りてくる。


「エメラルド、それとガーネット、サファイア。3人ともよくやってくました」

「私たち3人だけの力じゃありませんっ。地球のみんなのおかげですっ」

「そうですね。地球の方たちも含めて、皆よくがんばりました」


 お褒めの言葉をいただき照れる。

 しかし、私たちは正義の魔法少女として当たり前に悪と戦っただけ。

 褒めの言葉など、本来ならばいらないのだ。


「特にエメラルド。あなたがいなければ魔王に勝つことはできなかったでしょう。私は恥ずかしい。あなたのような優秀な魔法少女を追放してしまうなんて……」

「そんなっ。私が追放されたのは、私の心に悪が住んでいたからですっ。女王様はそれを見抜かれていたのでしょう?」

「えっ? ……あ、ああ、そうですね。あなたの汚れた心を見抜いていました」


 やっぱりそうだ。

 おっさんだから魔法少女をやめてくれなんて変だと思った。


「私は魔物に組する大罪を犯しました。なんなりと罰をお与えください」


 跪き、両手を組む。


「罰ですか。そうですね。なにか与えないと他の2人に示しがつきませんものね」


 どんな裁きも覚悟の上だ。

 それほどのことをしてしまったのだから。


「トシちゃんは悪くないよ、女王様! 悪いのはトシちゃんを追放した私たちだよ」

「そうですっ。トシちゃんは悪くないですよ」

「2人とも……ううん。いいの。私が魔物に組したことには変わりないから」


 きっかけは追放されたことでも、魔物のスカウトを受けたのは自分の意思だ。

 悪くないなんてことはない。


「さあ女王様、なんなりと私に罰を」

「では」

「えっ?」


 女王様は地面に落ちていた魔法のステッキを拾い、私に渡す。


「迷惑をかけた1000の異界を、魔法少女として元通りにしてきなさい。それがあなたへの罰です」

「でも私、いいんですか? 魔法少女に戻っても?」


 これからも魔法少女を続けていくつもりではいる。

 しかし女王の許しはまだだ。それに心がまだ汚れているかもしれない私が、魔法少女に戻ってもいいのだろうか?


「また魔物に堕ちられても困りますしね。あなたはずっと魔法少女でいなさい」

「女王様……」

「よかったなっ! エメラルドっ!」


 ガーネットにポンと肩を叩かれる。


「ありがとう。私……私……あれ、変だな……嬉しいのに涙が出てくるよぉ」

「嬉し涙ですね」


 クスクスとサファイアが笑う。


「おっさんが泣くなよー」

「だってだって……涙がでてきちゃうんだもんっ」


 おっさんだって泣くときは泣く。

 むしろおっさんのほうが泣きたいことは多いくらいだ。


「さあ、涙は拭いて。あなたたちを地球へ送ってあげますよ」

「はいっ」


 涙を手で拭いニッコリ笑顔を作る。

 それから私たちは女王様の魔法で地球へと帰った。


 ………………


 あれから1年が経つ。

 長らく休んでいた職場に復帰し、私は課長として営業部に戻った。


「河合君、この報告書、漢字が間違ってるよ」

「あ、すいません。直してきます」


 私が魔界に行っていたあいだのみんなの記憶は女王様によって、都合良く改ざんされている。

 少し申し訳ないが、路頭にも迷えないので今回は女王様の好意に甘えた。


「――課長っ! 課長課長っ!」


 入社2年目の田島が私の机へと駆けて来る。


「田島君。ここは会社なんだ。もっと静かにしたまえ」

「は、はいっ。すいませんっすっ」

「それでどうしたんだ?」

「契約とれたんすっ! あの、T○商事のっ!」


 田島は封筒を両手で持って、卒業証書のように私へ差し出してくる。


「ほんとかっ! よくやったねぇ田島君っ! いやすごいよっ!」


 大型契約……というほどでもないが、田島が取ってきた契約では一番でかい契約だ。

 部署内で拍手が起こる。


「ありがとうございますっ! 課長と……先輩方のおかげっすっ!」

「いや、君の努力が一番の理由だよ。いや、よかった」


 手を握り、田島を労う。

 と、そのとき……。


「……これは」

「課長、どうしたんすか?」

「いや、ちょっと急用を思い出したから出てくる。その契約は部長も気にしてたから、報告しといてくれ」

「うす」


 私は急ぎ足で会社の屋上へ向かう。


「プリティジュエリーラブラブチェーンジっ!」


 虚空に出現した魔法のステッキを振り、プリティエメラルドへと変身する。

 そして新たな悪のいる方角を睨む。


 ……そのとき、不意に屋上の扉が開いた。


「えっ?」

「あ……」


 屋上に出てきた女性社員と目が合う。


「あの……もしかしてあなた……」


 私は口元に人差し指を立て、


「営業部のみんなには……内緒だよっ」


 そう言い残して、空へと飛び立つ。


 坂巻敏伸(♂)43歳。職業はサラリーマン。営業部課長。

 しかしその正体は、正義の魔法少女プリティエメラルド。


 おっさんだって魔法少女をやれる。なれる。

 もしかしたらあなたの会社の上司も魔法少女かもっ。

 な~んちゃってっ。てへっ。

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[良い点] ・魔法少女(※オッサン)というふざけた発想 ・オッサンの心理描写の巧みさ ・笑ってしまうほどの王道展開 [一言] 魔法少女(※オッサン)という謎すぎる設定に興味を引かれて読みました。 あっ…
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