閑話 お茶会の後で
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―― SIDE:ガルス
朝日が昇ると共に、サーヤの精神は肉体へと還っていった。それを見届けて俺たちは席を立ち、東屋の外に出る。
目の前に咲く花々の上で跳ねる光――精霊たちの『声』も随分静かになったものだ。サーヤが居る間はずっと歓迎と喜びの詩を謳い続けていたというのに。
「サーヤは大変だったでしょうね。精霊たちもとても頑張っていたようですし」
「そうかい? あれだけ喜んでいたんだし、いいじゃないか。眠るまでに十日も掛かるとは思わなかったけれど」
背後で笑い合う双神の声を聞きながら思い出す。サーヤが眠ったら『喚ぶ』と言っていたから、何度か様子を見ていたのだ。
――確かに森は凄い事になっていたな。植生も混沌としたものになっていたようだ。本来もっと寒い地域に生える草や、群生などしない筈の花が季節も関係無しに咲き乱れていた。どう考えてもやりすぎだろう。
まぁ、それだけサーヤの目覚めが喜ばしい事だったのだろうが。
たった一人、最後に残った『無限の燈』。神が願いと共に『喚び』、それに『応えた』強き魂。この世界の未来を照らし続ける消える事無き燈。
未来を憂いていた者たちにとって、サーヤは真に『希望の光』になる。
「お前たち、何時までその姿でいるつもりだ?」
サーヤに合わせたのであろう、子供の姿のままの双神にそう言って視線を向けると、二人は笑って大人の姿に戻った。
「だって、サーヤに警戒心を持たせたくなかったんですもの。あのコロコロ変わる表情に、小動物のような動き。裏表のない純粋な性格も! あぁ、本当に愛らしかったわ~!」
「考えていることが全部顔に出ていたからね。純粋な子ほど可愛いとは良く言ったものだ。サーヤが『妹』になってくれて良かったよ」
目の前で頬を染めて悶えるルスティオリアーナと、どこか黒く感じる笑みを浮かべるマルクアトリオースに、俺は若干引きぎみだ。コイツら、キャラ変わってないか?
「そんなに気に入ったのか、ルスティは……」
つい生温かい目になって言うと、マルクに怒られた。
「ダメだよガルス、僕たちの名前を間違えちゃ。次からはちゃんと『マース』と『ルーナ』って呼んでくれないと、ね」
「そうですわ。ああ、いっそガルスも、今からでも新しい愛称を付けたらどうかしら。皆とお揃いも悪くないと思うの」
それに俺は溜め息と首を横に振ることで応えた。そんな残念そうな目で見ないで欲しい。
「それにしても、あの仔には驚いたね」
その言葉にさっきまで鳴き声をあげていた小さなモノを思い出す。
「俺がサーヤに触れた所為で彼女の魔力がアレに届いたんだろうな。まさかアレがサーヤのモノだとは思わなかったが……」
まぁ、あのままなら直ぐに地上に降ろすつもりだったし、引き取り手が出来た事は良かったのだろう。
「そういえば! ガルスはズルいですわ!」
ルスティ――いや、ルーナが何かを思い出したように、いきなり怒り出した。
俺は何かしただろうか。考えても特に思い当たる事もないので首を捻っていると、更に怒りが増したようだ。
「わたくしもサーヤの頭を撫でたかったのに!」
怒り続けるルーナに呆れた視線を向けた。眉間に力が入るのが解る。
「手を握ったりして、僕たちより随分仲良くなってたよね?」
マース、お 前 も か !?
「そんなの、偶々だろう? 特に親しくしたつもりはない」
勘違いで怒りを向けられても困るんだが。そう言うと逆に呆れた視線を向けられた。何故だ?
「ガルス……あなた、気づいていないのね。サーヤを見詰めるあなたの目は、地上で見掛ける『子煩悩な父親』の目と同じでしたわよ」
「そもそも君、他人と触れ合うの余り好きじゃなかっただろう? それに、最後に言った『素材はまかせろ』? 僕の知ってる今までのガルスなら、絶対そんな事言わなかったと思うんだけど?」
サーヤも『父親』を感じていたみたいだよ。マースのその言葉で俺は愕然となった。
俺の持つ『魔神』としての力は忌避される事が多い。過去に何度か、人の姿を纏って地上に降りてみたことがあったが、少しでも力を使うとこの身に纏う黒と相まって『悪魔』や『邪神』と言われてきた。だから俺は地上に降りるのを止め、この二人以外に接触することを避けてきた……はずだった。
サーヤも初めは怖がっていた。だが、あの『叫び』の後は普通に接してくれるようになった。
多分、俺はそれが嬉しかったのだ。気が付けばサーヤの頭を撫でていたように思う。
「あーあ、ガルスも絆されちゃったんだねぇ」
…………。
楽しそうに笑うマースの言い様に少し殴りたくなったが、大きく息を吐く事で衝動を逃した。
多分、間違ってはいないのだろうから――
「……サーヤに渡した腕輪、お前が言った以外の効果もあるだろう。いいのか?」
「あら、早速お父さんモードですか」
クスクス笑うルーナには目を向けずにマースを睨み付けた。
「いいんだよ、サーヤは何も知らない方がいい。言っただろう? あの子には自由に生きて欲しいからね。僕たちの勝手でこの世界に閉じ込められた、憐れな魂。そして、僕らの大切な、『妹』」
「押し付ける気か? 全てを……」
何も出来ない自分をこんなに悔しく思うのは、どれくらいぶりだろうか。握る拳に力が入る。
「あの子の『色』を見ただろう? 大丈夫、あの子はこの世界を愛してくれているよ」
「そうね、いつか気付くかも知れない。気付かないかもしれない。気付いた時にどうするか、それは全てあの子次第…… わたくしたちが願うのはあの子の『幸せ』だけ」
全てを決めてしまった双神を苦々しく思いながらも、これ以上言い募る事も出来ず。
「戻る」
俺はその場を後にした。
ガルスが消えたその後。
マ=マース
ル=ルーナ
――――――――――――――――――――
マ「サーヤってさ、アレ、ずっと混乱してたよね」
ル「そうですわね……わたくしも叫ばれるとは思いませんでしたわ」
ル「僕も道の話をしたとき、気にするのはそこ!? ってちょっとツッコミたくなった……千五百年経ってる事より僕らがガルスを睨んだ方を気にしてたよね」
ル「撫でられる事に気がいって忘れたのかしら。ふにゃふにゃしてて可愛かったわね、ふふふ」
マ「腕輪も、もっと驚いて喜んでくれると思ったんだけどなぁ」
ル「随分慌ててましたわね。何かを誤魔化そうと必死になっていたみたいでしたけど」
マ「それに、あんなに頑張って作った腕輪がガルスの素材に負けたのは悔しかった! サーヤってブレないよね」
ル「……ブレませんわね」
マ・ル「…………」
マ「それにしても、ガルスとサーヤって似てるよね」
ル「性格もそうですし、何より弄りがいがある所なんかそっくりで……父子で通りそうですわよね」
マ「――そういえば、エニティアの言葉で父親の事を『パパ』と呼ぶらしいね」
ル「あら、では次のお茶会ではガルスの事を『ガルスパパ』と呼んでもらおうかしら」
マ「いいね! 次からはそれで」
ル「ええ、是非」
マ・ル「ふふふ、楽しそう」
誰か止めてやれ!