07 最後の一人らしいです
「遅いよ、ガルス」
「あー、悪いな。出掛けにバタバタしちまってな」
呆れたように言うマース様に、突然現れた漆黒の男は苦笑して大きなため息をついた。
「ああ、もしかしてアレ?」
「そうそう。見つけてから千三百年か? 五日前からなーんか成長してると思ってたけどな、さっき漸く孵った」
「どんな仔だったの━━……」
楽しそうに話す三柱の声を遠くに聞きながら、私は驚き過ぎて混乱していた。
だってゲーム中、それこそ色々なクエストで何度も聞いた神の名だったのだから。
いやいやいや、有り得ないでしょ?
ガルスと呼ばれた、この黒を纏った男が私の知っている神だったなら、今ここに在るはずがないのだから……
◆ ◆ ◆
アルーセア、そこは双の神が創り賜うた輝かしき世界。人々は神に愛され、見守られ、幸せに日々の生活を営んでいた。
千と数百年たった頃、争いもなく、穏やかに時が過ぎていく世界に小さな亀裂が入った。
はじめは小さな小さな亀裂だった。
その小さな亀裂から滲み出した『闇』は、静かに、気付かれる事なく人の心に入り込み、ゆっくりと侵食していった。
――そして、争いが生まれた。
争いは人から人へ、心を闇に染めながら拡がっていく。いつしか種族を別け、同種族の中でも最初に堕ちた人族は互いに争い国を別けた。
人々が争う事で亀裂はどんどん大きくなる。
更に数百年が経った頃、とうとう世界の一部が割れ、一柱の神が顕現した。
世界を混沌に陥れた『闇』、総ての『魔』を統べる者――魔神。
魔神は世界を覆う負の気を纏めあげ、神の力と混ぜ合わせて『魔物』『魔獣』『幻獣』と呼ばれるそれらを創った。
創造神たる双の神は、世界が、愛し子らが破壊され、蹂躙されていくその様を嘆き、異界より強き魂を召喚した。
強き魂はこの世界で強き肉体を得、『無限の燈』と呼ばれるようになり、世界中に散っていった。
エニティアは異界より様々な知識や技術を齎し、魔を屠り、世界を人々の手に取り戻す知恵と力を与え、希望の光を灯した。
◆ ◆ ◆
って公式に書いてあったじゃないですか!
ぶっちゃけRPGで謂う所の魔王でしょ!? おもいっきり敵対してるんじゃないの!?
なのに……、なんで。
「そんな仲良しさんなんですかぁぁぁ!?」
「うおっ!?」 「きゃっ」
「あははは」
はっ、混乱して思わず心の声が叫びとなって出てしまった。
会話に夢中になっていたらしい方々は驚いてますが、マース様? ここで笑うって事は会話しながら私が混乱してるのを観察してましたね!?
うあーっ恥ずかしい!
わ、忘れてくれないかなぁ……
さて、改めて自己紹介と先程の叫びの理由を話してみる事に。
「あーないない。エニティアにはそんな風に思われてたのか……俺」
ガックリと肩を落とす黒い男性は、やっぱり魔神様だった。正式名は『魔神ガルディスロトレ』。
さっきは大分混乱しててはっきり顔を見てなかったけど、改めて見たらやっぱりこの魔神様も超!美形だった。さすが神様枠ですね!
緩くクセのある漆黒の髪は襟足程の長さで自然な感じに整えられている。少し長めの前髪の間から覗く、赤の混じった金色の瞳がとっても魅惑的。縦に長い瞳孔は猫科というより爬虫類に近いかな? 精悍な顔立ちに見合った二メートルはありそうな長身と、引き締まった身体に黒の衣装がよく似合う。
男の色気駄々もれです。ワイルド系イケメンは声もとっても素敵でした♪
そんな事を考えながらガルス様を見ていたら、不思議そうに見返されました。いえいえ、なんでもないですよー。そこっマース様笑わない!
創造神である二柱と同様に、『ガルス』と呼ぶように言われました。断って(私が呼ぶのに)恥ずかしい呼称を強要されかねない――いやもうあれ強制だよね――ので素直に従いますとも。ええ。だけど、どうか心の中までは駄目出ししないで下さい。
ふざけてた訳じゃないけど、何処か気が緩んでいた私の周囲は、気付けば深刻な……というか何故か重苦しい空気に変わっていた。
あれ? そんな暗い話してたっけ?
マース様がため息を付いて小さく呟く。
「僕達がお願いしたのにね」
え? 何をですか?
意味が解らず首を傾げていると、ルーナ様が苦笑しながら教えてくれました。
概要はこう。
人間を自由にしてたら『欲』が生まれると同時に争いが激しくなった。このままじゃ世界が戦争で崩壊する――現代の地球と違って科学が発達してなかったのが救いか? 地球なら大量破壊兵器の使用でとっくに終わってそうな位激しかったらしい――のを防ぎたかった創造神ズは、『魔神』に依頼。
魔神は『世界を蝕む穢れ』を魔素を使い固め、血肉を与えて『人族の脅威になる』存在、魔物と魔獣――いわゆる第三の勢力ってヤツですね――を創り、精霊と共に浄化を促進させる目的で幻獣を創った。
「ただなぁ、世界に溜まった負の気……『穢れ』が思ったより多くてな。浄化の為に魔神の力を分け与えて創った『幻獣』の一部が汚染されて狂っちまった」
そう言って遠い眼をするガルス様。
魔神の力を込め過ぎると世界のバランスを崩す為、それ以上幻獣の数を増やす事も出来ず。他の方法を考えた神様ズは異界から強い魂を召喚し、魔獣を倒す事で浄化を手伝わせていたという。ここら辺からゲームと重なっていく訳だ。
下位、中位の魔物や魔獣ならまだしも、上位の魔獣や幻獣はNPCには荷が重すぎた。
まぁプレイヤーにとっても中位の幻獣はフィールドやダンジョンの大ボスポジだったもんなぁ。倒すなんて論外だろう。
ちなみに上位の幻獣、ぶっちゃけ竜王とかはイベントNPCとしてしか登場してなかったので、戦闘力は不明。正月とかにアイテム配ってた記憶しかありません。
数百年経った頃、エニティアから魔獣を倒す為の知識や技術を学び、様々な魔道具を得た――クエストやイベントでプレイヤーが作成したアイテムと情報をトレードする機会が多々あったから、多分その時の物だろう――アルーセア人の戦闘力と人口が大幅に増えたことで種の滅亡を免れ、また魔物や魔獣、狂った幻獣を倒す事で浄化が進み、環境の改善も成された。
そして神様ズはそれ以上の干渉を止め、異界と繋げた『道』を閉ざした。ここでゲームのサービスが終了したのね。
「でも、私たちはまた間違えてしまったわ……」
眉間に皺を寄せたマース様も大変悔しそうです。
「私たちはこの世界に干渉し過ぎた。これ以上大きな神力を使えば世界を壊すだけ。だから最後に、愛し子らに少しでも幸せな生を送れるよう、小さな神力の欠片を祝福として分け与えた……後はもう、見守る事しか出来ないの」
ルーナ様が憂いを帯びた瞳を伏せて、小さく息を吐いた。
どうやら神様には神様の規則?があるらしく、一度決めた事はそうそう変えられないらしい。変える為に使う神力は大きく、使い過ぎると最悪創った世界を消滅させることになるとか。
簡単に言うと『風船に空気を入れすぎると破裂する』みたいな事かと推測。
「でもね!」
唐突な叫びに私はビクッと肩を震わせた。
うわっビックリした!
え? なんですか?
さっきまでの悲壮感が消えた? 空気も軽くなったというか、明るくなったというか……あれ?
「サーヤを通して……いいえ、サーヤにならまだ私たちの力は使えるの!」
嬉しそうに笑うルーナ様にマース様も頷く。
「エニティアは君一人になってしまったけれど、僕らがちゃんと力を貸すから。妹になったんだし、お願い、聞いてくれるよね?」
そう言って笑うマース様がなんだか黒かったのは気のせいですかね……
お読みいただきありがとうございました。