06 お茶会は強制参加でした
視界を遮る自分の身長程の繁みを掻き分け、道なき道を進んで行く。
さて、私は何故こんな所を歩いているのかと疑問に思わなくもないんだけど、進まなくてはいけない気がするのだから仕方がない。
だって行く先に何か強く呼ばれているような、引力?のようなものを感じるのだから。
十分程進んだ頃、それまで前進を阻むように繁っていた植物が唐突に途切れ、視界が一気に開けた。
「うわぁ……」
――そこは一面に広がる、色とりどりの花の海。
人工の、人が手を掛け整然と並んだ観光地の花畑を、テレビや現地で『綺麗』だと言われているのに心を動かされた事はなかった。けれど自然が、人の手の入らない花々がこれほど心を奪われるような美しい景色を作り出したのを見たのは、生まれて初めてだ。
無意識に詰めていた息を吐き出し、一歩を踏み出す。何時もなら、まず何の素材に成るのかを確認しようとするはずなのに、そんな無粋な事をする気には一切なれない。ただこの綺麗な光景を記憶に収めたいとしか思わなかった。
やっぱり自然って凄い。キラキラしてるけど太陽の光が反射してるのかな?
花に隠された細い小道をゆっくり進んで行く。花の上で弾けるように舞う光を見ていたら何故かクスクスと笑みが溢れた。
なんだろう? 楽しいというか嬉しいというか。私のじゃない感情が、私を優しく包んでくれているような気がして面映ゆい。
「サーフィリヤッ!」
「ふぇ!?」
不意に名前を呼ばれ驚いて顔を上げると、少し離れた小道の先に小さな白い東屋。幻想的な風景に気を取られてて全然気付かなかった。
そして東屋の側には、大きく手を振る人影が見える。声からして女性、にしては声が幼いから少女かな?
取り合えず引かれる感じが強くなったので、私を呼んだのは彼女で間違いなさそうだ。
「サーフィリヤってば、早く来なさい!」
一応警戒してゆっくり近づいていったら怒られちゃいました。解せぬ。
慌てて早足で近づくと、そこには私と同じ位の身長の美少女。いや、超!美少女が立っていた。
ポニーテールにした腰までありそうなサラサラのストレートヘアは輝く青銀色、大きなアーモンド型の黒目がちな瞳は濃紺で、僅に入る銀色の光彩がまるで夜空の星を閉じ込めたよう。すっと通った高すぎない鼻梁に、チェリーのような色の薄い唇が見た目にそぐわない色気を醸し出している。
まるで最高の職人が作った生涯の最高傑作と言われてもまだ足りない、完璧な、輝くような人形を思わせる少女から目が離せない。てか、実際光ってませんかね?
「ちょっと、聞いてるの!?」
「……え?」
プリプリと怒ってもなお美しい少女に腕を引かれて我に返る。
「だーかーら! 十日も眠らないなんて信じられないって言ったの! おかげでこっちに呼べなかったじゃない! まったく、こんなに掛かるとは思わなかったわ。もう、いいからこっちにいらっしゃい」
「はぁ……って、ええ?」
グイグイと引っ張られて東屋の中に入ると、ベンチに座らせられる。中央のテーブルには、湯気が立つ香りの良い紅茶が注がれたティーカップが四客と、綺麗に盛り付けられたクッキーの皿が置かれている。
そして湯気の向こうには、これまた超!美少年が輝くような笑顔を浮かべて座っていた。
「やあ、サーフィリヤ。久しぶりだね」
「改めて、お久しぶりね。また会えて嬉しいわ」
いそいそと少年の隣に座った少女が満面の笑みを浮かべる。うう、笑顔が眩しすぎる。
てかマジで物理的に輝いてるよねこの二人!? 光量どんどん上がってませんか? ホント眩しいって! 目がっ、目がぁぁ!
小さく唸って両手で顔を覆いつつ俯いた私の前から、少し慌てた気配が伝わってくる。
「ちょっとどうしたの?」
少女の声に本当の事を言っても良いのか一瞬迷ったけど、このままずっと目を閉じている訳にもいかないだろう。
「すみません、眩しすぎて目が開けられません」
「あ、あら」
「あははは」
声と同時に目を覆ってすら感じていた光が徐々に薄くなっていくのが解った。
「もう大丈夫だと思うよ」
ゆっくり手を退けて焼き付いた光の残像に塞がれた視界を、なんとか瞬きをすることで回復させた私は、顔を上げ正面の二人に視線を向けた。
あれ、双子なのかな? 男女の双子は基本あまり似ないはずなのに、髪型と髪の色、瞳の色を変えれば鏡に映したかのようなソックリ具合だ。
ちなみに美少年は、フワフワな少しクセのある肩甲骨位の長さの髪を、緩く左側で纏めている。色は陽の光を集めたような輝く白金。瞳は光に透かした葉っぱみたいな綺麗な翠色に、少しだけ金茶が混ざった暖かみのある色彩。
造りが同じでも男の子に見えるのは、意思の強そうな眉の所為らしい。
意識を奪われかねない、神々しさというか神聖さみたいなものを感じる。まぁ、実際未だ淡く発光しているんだけど。
「えっと、久しぶりというか、お会いするの初めてですよね?」
無言で見つめ合ってても仕方がないので話を進める事に。こんな超!美形双子なら一度会ったら絶対忘れないと思うんだけどな。
「いや、確かに会っているよ。君が態々僕達を探して、会いに来てくれたじゃないか」
「そうそう。あの頃はまだリトカ国、だったかしら? エルフの国に向かう街道沿いだったわよね。懐かしいわ」
はて? あんな何もない所で会うって、よっぽど大事な用でもないと行かないよね。エルフの国に行くなら態々歩くなんてしないで転移するし。
「……すみません、覚えてません。申し訳ありませんがお名前を教えていただければ思い出せるかも?」
ギブアップです。名前が判れば思い出す事が出来るかもしれないので、失礼だけど聞いちゃいます。
二人は顔を見合わせて同時に首を傾げてます。あら可愛い♪ これが眼福ってヤツなのね!
心の中で静かに悶えてたら衝撃的な事実を告げられましたよ。
「んー、そういえば名乗ってないかもね。ああ、姿も今とは違うかな。でも『放浪者』と言えば解る?」
は? 姿違っちゃ解るワケないじゃん!
って『放浪者』? マジで?
「『放浪者』ってあの『放浪者』ですか!? 神出鬼没過ぎて会うのに偶然以外あり得ない、会ってもちょっと視界から外れれば途端に姿を消す、実はプレイヤーじゃないかと言われていた、あの!?」
「あはは、確かにあちこち行ってたからねぇ」
「あの頃は楽しかったわね。そして、エニティアの方々がなぜそう感じたかは解らないけれど、私達はアルーセアに属する者であるのは間違いないのよ」
そう言って微笑む二人を恨めしげに睨め付ける。
『放浪者』は、実に攻略サイトではプレイヤーと言うより開発チームの誰かではないかと言われていた存在だ。原因は話し掛けた時の応対がNPCっぽくなかった上に、会話の内容からクエストを持っていそうだった事。
事実、この二人からスキル習得クエストを受けたけど、その為にどれだけ苦労したか。
NPCから貰えるほんの僅かな情報を頼りに、寝る間も惜しんで探し続ける事約一ヶ月。マップの端から端、ダンジョンの中まで探しに行ったのは良い思い出……なんて言えるかぁぁ!
むしろ良く一ヶ月で見つけたと自分の運の良さに感謝したわ! あと情報を集めてくれたチームの皆、愛してる!!
はっ、イカン。今思い出しただけで涙が……
色々突っ込みたいのをなんとかため息一つで誤魔化す。誤魔化さないとやってられん。
「あー、確かにお会いしてましたね。それで……私が此処に呼ばれた?理由は何でしょうか」
あの森の中で眠っていたはずなんだけど、気が付いたら此処にいた。朝になった記憶もないし、初めに『眠らない』と怒られた事から意識だけ呼ばれたのかなと推測。ゲームの時もそんなイベントあったし。
「うん、僕達サーフィリヤにお願いがあってね」
「あ、サーフィリヤって長くて呼びにくいのでサーヤって呼んでください」
チームの仲間やフレンドから微妙に呼びにくいって言われてたんだよね。まぁサーヤの方が本名に近いから私も反応しやすかったけど。
「あら、そういえば私達まだ名乗ってなかったのよね。私はルスティオリアーナ。そうね、貴女と似ているし、ルーナでいいわ」
「僕はマルクアトリオース。僕もマースと呼んでくれるかな、サーヤ」
ん? その名前、めっちゃ聞いたことがある気がするよ? 公式サイトにあった世界設定に何度も出てきたし、メインクエストにも……
「もしかしなくても……神様、だったりします?」
「うん、そう呼ばれているね。この世界を創ったのは確かに僕達だよ」
やっぱり創造神ズか……どうりで神々しいワケだよ! 神様に指名依頼されるって私どうなってるの!?
「では、マース様とルーナ様は私にな「マース」」
「は?」
「マース、で」
ニッコリ笑顔でナンカ強要されてる気がするのは気のせいですか?
「いやいやいや、神様を呼び捨てなんて出来ませんって!」
慌ててそう言った私に女神様が満面の笑みと更なる爆弾発言を投下してくださいました。
「お姉ちゃん、でも良いわよ。いえ、寧ろその方が……うふふ」
「じゃあ僕はお兄ちゃんだね。それ以外は返事をしないのでそのつもりで」
おうふっ
今度は何のプレイですか!?
創造様ズの笑顔がハンパなくキラキラしてるんだけど!?
「え、ええぇ……」
さぁ呼んでみろ! ってな感じで私を見つめている二人……いや二柱。どうしてこうなった……
一人っ子だったし、そう呼べる相手も周りにいなかったから、ちょっと憧れはあった。あったけど、ほぼ初対面の人――いや、人じゃないけど。さっきより神様って感じがしなくなってるんだよね。フレンドリーだから?――をそう呼ぶのは少々抵抗がある。
私は呼びたくないけど、創造神ズも退く気はないらしい。このままじゃ埒が明かないし、ここは私が折れるしかないんだろうなぁ。
諦めて口を開こうとした時だった。
一瞬、視界が暗転したと思ったら、強い圧迫感を感じる気配が生まれた。驚いて横を向いた私の視線の先には、人の姿をした漆黒、が……
「よう、遅くなった」
そう言って、ニヤリと笑った。
お読みいただきありがとうございました。