18 商人ギルドに行ってみた
早朝の爽やかな風を肌で感じながら、私は賑やかな街並みを見下ろしていた。
太陽が昇ってから大体二時間、約一時間ほど前に朝の鐘が鳴ってから人が増えはじめ、今では結構な数の人が通りを足早に行き交っている。
昨日この町に到着してから今が一番冒険者の数が多いかな。と言っても予想より大分少ないのは、この町が平和な証拠なんだろう。平和な町の依頼ってどんなのがあるのかね?
「クゥ……キューン」
そんな事を考えながらボーっとしてたら、どうやらソラが目を覚ましたらしい。ベッドを見ると、頭を起こしたソラがキョロキョロと辺りを見回していた。寝惚けてるのかな?
「おはよう、ソラ」
抱き上げて鼻先にチュッと朝の挨拶。
『ままー、おはよー』
そのまま抱きしめたら、ご機嫌に尻尾をブンブン振りながら頬をペロペロされた。うん、我が息子は今日も安定の激カワワンコだね!! いや、狼だけど。
「今日はラディムさんが商人ギルドに連れていってくれるって言ってたから、その前に朝ご飯食べちゃおうねー」
『はーい』
部屋に備え付けられた小さなテーブルの上にソラを下ろして、インベントリから料理を取り出す。インベントリの中は時間が進まないから千五百年以上前に作った料理も出来立てアツアツですよ!
……うん、千五百年前の料理だってのを思い出した時はちょーっと微妙だった。問題ないって解ってる。解ってるけどね。勿体無いから食べるけどね!?
あ、素材が劣化しない事に対してはとても重宝してますよ。
昔大量に溜め込んだ薬草やら食材を自宅の倉庫に移して腐らせた――インベントリと同じ機能があると思ってたんだよねぇ――絶望感は今でも忘れられないもの……
おっと、ご飯の話だったね。
実はそのことで昨日ちょっとしたゴタゴタがあったんですよ。
夕食をラディムさんに連れてきてもらったこの宿屋で食べたんだけど、ソラと一緒に食べようとしたら『まだ赤ちゃんだから』ってミルクしかあげられなかったんだよね。つか肉あげたら怒られたし。
朝食も同じ状態になるだろうから、ソラは部屋で先に食事です。お腹空いちゃったら可哀想だし、私ももうお説教は勘弁だ!
さてと。ソラが食べてる間に私は簡単に身嗜みをチェックしとこうか。と言っても着替える服も無いんだけど。
え? 着たきりかって?
やだなぁ。そんなわけないじゃない。仮にも乙女に対して失礼ですよ。
ちゃんと寝る前に洗いましたとも。ええ。その前の約十日間ですか? フッ……黙秘権を行使しますわ!
『まま?』
「あれ? あ、食べ終わった?」
『うん! ごちそうさまー』
ちょっと乙女の在り方について考えてる間にソラの食事が終わってたらしい。ラディムさんが来るまでに私も朝食終わらせなきゃ。
ソラの口回りを拭いて証拠隠滅して、と。
食器を片付けて、鞄を持って外套を纏えば準備完了です!
「さ、行こうか」
「キュワン!」
ぽっこりお腹にバランスを崩しつつ、短い脚で踏ん張って元気なお返事いただきました。あ、あ、鳴いた勢いでポテッと尻餅とかっ!
くそう! 可愛すぎか!!
結局、部屋を出たのはそれから三十分後になりました。
◇ ◇ ◇
あれから急いで食堂に降りて、なんとかラディムさんが来るまでに朝食を食べ終わる事が出来た。
いや~大変だった!
ラディムさんの紹介だからか、私の子供な外見が原因なのか、宿屋のおかみさんがもー絡む絡む。
いえね、別に悪い人ではないですよ? 寧ろ良い人かな。
おかみさん曰く『こんな娘がいたら!』とか、『早く孫の顔が!』とか言ってたので、色々な願望やら欲望やらが暴走したっぽい。
……うん、どう考えても私の外見が原因だね!
ラディムさんが来た後もおかみさんのテンションは全く下がらず、落ち着くまで待たせる事になってしまいました。と言うか助けてくれませんでした。一緒になって弄るってどうよ!?
私? ちょっと虚ろになってたけど、ホットミルクを貰ったので大人しく人形してたよ。逆らえる気がしなかったし……怖かったもん!
流石に着せ替えは無かった――子供が息子だけなのでそもそも女児服を持って無かったみたい。助かった――けど、髪の毛めっちゃ弄られたわ。今は両サイドを編み込んでのおさげです。
なんとか解放されたので、ラディムさんと一緒に商人ギルドに向かってます。迷子になったら大変だからって手を繋がれてるけど、一体何歳に見られてるんだろうね? 私ちゃんと自分の歳言ったはずなのに……解せぬ。
「サーヤちゃん、ここが商人ギルドだよ」
周囲を観察しながら歩いてたら、いつの間にか到着した模様。検索スキルでなんとなく把握してたけど、思ったより近かった。宿屋から徒歩五分ってとこかな。
場所は中央広場から東の通りに入ってすぐ。こっち側は商業区なんだそうな。ラディムさんのお店もこの通り沿いなんだって!
ついでに言っとくと、冒険者ギルドは逆の西の通り。あっちは飲食店が多いらしい。南側は王都から来る旅人を迎える意味で宿屋がメイン、北側は貴族街って言っていいのかな? 主に高級店って言われるお店とか宿屋がある。あ、領主館とこの町を守ってる衛兵さん達の兵舎も北側だそうです。
さて、改めて商人ギルドの建物を見る。ほう、結構大きいですね!
周りの建物がほぼ二~三階建てなのに対して、商人ギルドは五階建て。他と同様白い石造りなその建物は、いかにも商人らしい堅実そうな雰囲気を醸し出している。
両開きの扉を開けて中に入ると、小さなホールになっていた。正面にはカウンター、両側の壁には等間隔に扉が三つずつ。カウンターの奥には受付らしい人が数人いて、何かの作業をしている。
うーん、なんか銀行を思い出すわ。
ラディムさんはその内の一人、一番右に居る二十代後半くらいの女性に声を掛けた。
「おはようございます、イレナさん」
「おはようございます、ラディムさん。王都から戻ってらしたんですね。本日はどのようなご用件でしょうか」
チラリと私を見て、微かに首を傾げながらも無表情なこの女性はイレナさんと言うらしい。肩で切り揃えられた真っ直ぐなピンクブラウンの髪と青灰色の瞳のなかなかの美人さんです。
「実はこの子、サーヤちゃんと言うんだけどね。この子の持っている違う大陸の貨幣を、こっちの大陸の物に両替してあげて欲しいんだよ」
ラディムさんの数歩後ろに居る私に視線を向けたイレナさんが小さく頷く。
「畏まりました。ではサーヤさん、こちらに両替を希望する額をお出し下さい」
イレナさんがカウンターの上に受け取り用の小さなトレーを出してくれたので、その上に持っていた銀貨と銅貨を置こうとした……んだけど。
届 き ま せ ん が 何 か ?
アルーセアに来てから周りはずっと男の人だけだったからなぁ。でもこの町に着いてからと此処に来るまでに違和感はあったんだよ? 周囲の反応――子供というより幼児扱いしてくる――含めて、それでも気のせいかなって思ってた。いや思いたかった!
でもこの状態じゃ認めるしかない訳で……。
ねぇ、皆さん? ちょいと背が高すぎやしませんかね!?
私の今の身長が百四十センチ。で、目の前のカウンターの天板が私の目線のちょっと下……って事は大体百二十センチ。そこから逆算すると、立ってるイレナさんは――百八十センチ超え!?
うええ、この世界の平均身長って幾つなの!?
そういえば宿屋のおかみさんも大きかった気がする。すぐに捕まって椅子に固定されたから多分だけど。
…………。
――よし! 忘れよう!!
身長なんて変えられないし、私は私だ!
手を伸ばして固まった私に気付いたラディムさんが、持ってた硬貨を受け取って代わりにトレーに置いてくれました。そして頭を撫で撫で。
お願いだから、その『お手伝い頑張った!』的に微笑ましげに見るのは止めて頂きたいんですが!?
「それではお預かりします。…………?」
イレナさんは目の前で繰り広げられた、ある意味『ほのぼの家族』な光景を完全にスルー。流石です凄いですクールです。
そんなイレナさんの眉が、トレーの硬貨を見た途端僅かに顰められた。
「あの、何か?」
「あ、いいえ。……少々お待ち下さい」
イレナさんはそう言うと、トレーを持ってカウンターの奥にある扉に足早に入っていった。
不思議そうに首を傾げてるラディムさんの横で、私も違う意味で首を傾げてみた。
……うん、やっちゃったかな?
お読みいただきありがとうございました。