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キスのち、、、。

作者: 赤馬研

既婚者である男が許されない恋に落ちる。普通に考えれば許されない恋。男はキスの力を感じ、盲目に突き進もうとするが、キスの力は果たして男に味方するのか?

3月の平日の深夜。この季節にしてはとても暖かい夜だった。


「じゃ、気をつけて。ここで帰るね」


浅草のおでん屋で2人で飲んだ後に、後山さんを彼女の自宅近くまで送った別れ際に、もう一度キスをした。


後山さんとキスをするのは初めではなく、この日が4度目だった。


自宅近くまで送るのは5度目で、そのうち4度キスをした。


もっともこれまでは、キスの中にあるであろう気持ちは、俺から彼女への一方通行という感じだった。


キスにもいろいろある。


これまでは、2人がお互いに求め合ってのキスという事にはなってなかった。やはり、後山さんの中には大きな抵抗感があり、それが、一方通行という形になって表れていたのだと思う。


だが、この夜のキスはこれまでと比べると少しだけ違っていたと感じた。何度も俺の求めに応えてくれ、こらまでにないくらい何度もした。


この夜は、後山さんがキスをしながら、繋いだ俺の手を、ほんの少しだけ強く握り返してくれたと感じた。


あの感覚は、俺の思い違いだったのだろうか?


2人の唇が離れ、2人の顔に距離ができたときに見せてくれた後山さんのあの眼差しは、それまで彼女の中に存在していた俺に対する常識とでも言うのか、理性が振り払われ、後山さんの感情がこれまでになく俺に近づいてくれたと感じさせるものだった。


その瞳の中には、後山さんが持ってる魅力が全て詰まっていた。ほんの一瞬ではあったが最高の煌めきだった。

全てを捨ててもいいと思った瞬間だった。


なんとも言えない、うっすらと微笑みながら見せてくれたあの表情がその後も頭から離れずに俺を惑わせた。


(あれからもう2ヶ月、あれ以来彼女の声を聞けていなかった)


今日、久々に彼女の声を聞くことができた。


後山さんは、同じ職場に勤める派遣社員の子であった。同じフロアの直ぐそこに彼女は座っているが、部が違うので直接話す機会は殆どない。


あの日以降、何度かラインのやり取りはしてくれていたが、直接声を聞く機会が今日まで無かった。もっとも何か話したわけでまない。ただ、電話を取り次いでくれただけなのだが。


あの夜以降の後山さんとのやり取りからは、やはりあの夜の感触は俺の勘違いだったと思わざるを得なかった。


「2人きりで会う事に気が進まないんです。今の正直な気持ちです、、、。」


あの夜から少し経って、後山さんをランチデートに誘った際の返事だった。


(近づいてなんていなかった)


やはり、勘違いだった。そうは思いたくなかった。少なくともあの夜は気持ちが動いてくれていたと信じたかった。


もとより俺は女性にモテるタイプでもなく、女性の扱いが決して上手でも無い中で、これまでの流れは自分でも信じられない展開となっていた。


いつも半信半疑で、もうだめになってしまうだろうと思いながら、何度も誘って、何度も断られて、そっからまたお誘いするのはなかなか大変で、気持ちを立て直すというか、また断られるという恐怖に立ち向かいながら、自分をごまかす感じで、それを勇気と言い換えてみたり、でも、断られるたびに、勝手に心が折れて、本当に勝手にこちら側だけで心がドタバタしてるだけなのだが。それでも、気持ちだけは溢れ出てくるので、その気持ちに正直に、少しだけでも気持ちを振り向けてくれないかと、かすかな期待の中で、あれこれ考えて後山さんへ誘いの連絡をしていた。


そもそも、世間の常識では2人は上手くいくわけがない、いってはいけない関係なのだ。俺は既婚者であり、後山さんとどうにかなると、それは世間でからは不倫と呼ばれてしまう。


折しも世間では、政治家や、識者や、芸能人やらの不倫が発覚し、連日ニュースを賑わせていた。当然、不倫は認められるはずもなく、容赦ない批判の声が彼らに向けられていた。


(こんなに大事に思っているなら、彼女に不倫の片棒を担がせるようなことはしてはならない)


そう思う気持ちの反面、彼女への気持ちが益々強くなっている。


だが彼女は、そんな俺の気持ちを感じていて、よけいに距離を置かねばと思っているのだろう。


違う、そうだとすれば後山さんは俺に何らかの感情を持っていることが前提になる。それはいけないことだという認識から距離を置こうとしている事になる。


違う。彼女の中に俺への好意は存在していない。


そうなんだ、俺が自分に都合よく考えているだけで、そもそも俺の壮大な勘違いで、はなから彼女は俺に全く興味がないんだ。


そう心の底では思うようになっていた。


ただ、自分でそれを認めた瞬間から何も彼女に対してアクションが取れなくなるので、その考えに敢えてフタをしているのだ。


彼女の気持ちは当然である。俺に興味がないのも当たっているだろう。


ただ、俺の誘いに流されているだけ。そこには何の感情も好意も存在していない。


ましてや、彼女は普通の恋愛を求めていて、普通の結婚をして、普通の幸せを掴む事を強く願っているのだから。


俺も、彼女の幸せを誰よりも願っている。


俺が彼女を巻き揉めば、巻き込むだけ、彼女の幸せが遠のいてしまう。


彼女もそんなことを微塵も望んではいない。


俺の頭ではわかっているつもりだが、こころが、気持ちがどうにも言うことを聞いてくれない。


好きになってしまった。この気持ちは抑えることが出来ない。


(俺は彼女と不倫したいわけじゃない)


純粋に気持ちのつながり、感情のつながりを持ちたいだけなんだ。

もちろん、心底、恋焦がれる女性だから、体の関係も欲しい。彼女の全てを抱きしめ、全てを愛したい。


彼女の気持ちと、彼女の体、全てと繋がりたいのだ。


だが、世間からは、それは単なる不倫と呼ばれてしまうのだろう。


一体俺は何を求めているのかだろうか?

どうにもならないことは随分と前からわかっている。


だが俺は、これまでの彼女との幾つかの出来事、触れ合い、一緒に過ごしてくれた時間はなんだったのだろうか?と、自分の中で解決できないでいる。


彼女の心が、ほんの一瞬でも震え、俺に対して開かれていたのではと、その証を確認してみたいのかもしれない。


あの夜、彼女の唇と重なった時、キスした時、彼女の心を感じた。あの時間だけは、唇とともに心が重なっていた。そう思いたい、そう信じたい。


キスとかエッチとかの行為は、それはそれで独立もしてもいるが、本当は相手の気持そのものではないかと思う。


気持は目で見ることができない。ゆえに、それを確認するためにキスするのだと思う。気持そのものを確認するために。完全に言葉をも超えて。


彼女が別の同僚とデートをする。


彼は独身。後山さんは彼が結婚を前提に考えるなら、間違いなく受けると言った。彼女の幸せを考えればこれ以上の話はない。


俺にはどうする事も出来ない。


ただ見守るだけだ。


歯がゆい、とは、まさにこんな時にあてはまる言葉だ。


四六時中彼女の事が頭から離れない。彼女の気持ちがどこにあるのか気になって仕方がない。


彼女は、そのデートした同僚とどうなっているのか?どうなっていくのか?


婚活中という状況は常に理解していたが、具体的な対象がいなかった状況から、具体的な対象が彼女に出来た今の状況となり、俺の頭の中は彼女のことで更に埋め尽くされた。


どんな話をして、どんな笑顔を彼に見せているのだろうか?手を繋いでいるだろうし、そのさきも、、、。


応援しないとと思う気持ちと、その逆の気持ちが交互に現れ、落ち着かない時間を過ごすことが更に多くなっていた。


最近気づいたが、深夜の時間帯が昼間より少し心が落ち着くようになった。彼女が気になって仕方がないとき、心のざわつきが深夜になると少しだけ治る気がするからだ。深夜であれば彼女が1人でいる確率が高まるからだ。彼女は実家在住なので、よほどのことがない限りは、というか、ないと信じているが、深夜には実家に帰り、誰か他の男といる確率が大きく下がるからだ。


自分でも頭がおかしいのではと思うときがある。

俺と同じように、こんな事を思っている男はいないのだろうか?


この先俺と彼女はどうなるのだろうか?


月9のドラマのようなドラマチックな展開などはまずもってなく、何もなかったかのごとくただ過ぎ去るのだろう。


俺の心の中にだけ大きな穴を開けて。それも勝手に開けてしまっただけで。


事実は小説より奇なりという事も言われるが、彼女との事は何の展開も無く、ただ、ただ、終わる。それだけだ。


普通のもてない男とすれば、キスをすればそのさきを期待してしまう。体の関係を期待する。というかしてしまうだろう。そして、体の繋がり以上に心の繋がりを求めるだろう。


キスには凄い力があると思う。


それほど好きでもなかったのに、キスしたことによって感情が芽生え、そこから何かが始まることがあるのではと思う。


そんな力がキスにはある。


後山さんとキスはしたけど、、、。


続きはなかった。


そう、その先には何も起こらなかった。何もなかった。

何もなく、誰にも知られることすらなく静かに終わっていく。


いや、終わるということすら許されない。


だって、何も始まっていなかったのだから。


キスには力がある。


そう信じたかったが、俺に対して後山さんの心が震えることはなかった。心が開くことはなかった。


ただ、俺に流されただけのキスでしかなかった。



それでも俺には素敵なキスだった。


これまでで最高の。









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