1
ジークレイルはふと、空を見上げた。太陽の光が眩しく、目を細める。雲ひとつ無い快晴である。いきなり台風が来ない限り、今日には隣国の聖人が着くであろう。
ジークレイルは近衛騎士団長である父に言われ、聖騎士見習いになった。小さい頃から、父の言うことに従い、ドレスの替わりに騎士服を纏った。人形で遊ぶ替わりに、剣を振るった。長かった髪も、男の様に短くした。勉学も、令嬢がする刺繍などでは無く、政治などといった男がするものを学んだ。
我がテオドール家の子供は、女であるジークレイル一人。だから、父の望む娘では無く、跡取りとして十四年間生きてきた。だが、ジークレイルのそんな十四年間は無駄に終わった。テオドール家に、念願の跡取りが産まれたから。念願の・・・男の子が。その事にジークレイルは、今まで何をやって来たのかと、泣きそうになる。
その気持ちを誤魔化す為にジークレイルは、そっとその手に持っている手紙に、視線を落とした。
『今夜の舞踏会では、騎士では無く令嬢として参加し、婚約者を探せ』
手紙には、そう書かれており、その内容に泣きそうになるのを通り越して、もう、どうでも良いとすら自棄になる。
女を捨て、跡取りになろうと努力した次は、政治の道具として捨てられる・・・我が父ながら身勝手なものだな。ジークレイルは、自傷気味にカラカラと、静かに笑ったと同時に、親に反抗すら出来ない自分にイラつき、顔をもっと伏せる。そのまま、自分の足に静かに視線を落とす。すると、視界の隅に紅が映る。
それに視線を向ければ、薔薇である事が判った。そして、自分の髪と同じ色である紅い薔薇に腕を伸ばし、指の腹でそっと撫でた。そのまま、指に触れた花弁をプチっと一枚抜いた。何の抵抗も出来ずに、花弁を抜かれた薔薇をただ見詰めた。
まるで、今の自分の様だな。何の抵抗もせずに、大人しく父の成すがまま。そして、そのまま・・・花は散るのだろう。虚しく枯れていくように。
サラサラと風に揺られる髪と、花弁を見て苦笑を浮かべる。まあ、今こんな事を思った所で父の、望むままにするしかジークレイルに出来る事は無い。精々、家の為になる結婚をするしか無い。他の令嬢だってそうなのだ。ただ・・・本来の『令嬢』に戻るだけだ。
そう思っても、ジークレイルの心は晴れないままだ。思わず顔を歪め、自分の唇を噛んだ。
「お嬢様」
背後から声を掛けられ、ビクッと一瞬震えたかと思うと、ジークレイルは振り向いた。そこには、先程の弱々しい姿は無く、薔薇の騎士と言われる笑みがその顔に、浮かんでいた。それを見た侍女であるエイミーは、少し頬を染める。
「そろそろ、お支度の時間です」
「判った。すぐに、行くよ」
ジークレイルは、エイミーにそう答えると手に持つ花弁を一瞬だけ眺め、その指を離す。そして、ひらひらと地面に落ちていく花弁を後に、エイミーの背を追った。