アルストロメリア -Hello! "New" world!- / TAG
リメイク元:アルストロメリア
作者:day
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3620545
待ちに待ったこの日がやってきた。
袴に身を包んだ彼女は、初めて会った時からは想像もできないくらい綺麗な姿だった。
彼女の手には黒い筒。
それを大事に大事に抱えながら、小走りに私の元に駆け寄ってきた。
「ちせちゃん、卒業おめでとう」
そう、今日は卒業式。
彼女は大学課程を修了し、今まさに社会人として羽ばたこうとしている。
「おじさん、ありがとう」
さっきまで泣いていたのか、わずかに目元が赤い。
それでも嬉しさが勝ったようで、彼女は私に笑顔で答えてくれた。
おじさん。
そう、私は彼女の親ではない。
こんな大事な日に、彼女の両親はあろうことか仕事が入ったのだ。
だからこうして親友である私が代わりに出席した次第だ。
……分かっている。
彼女の両親だって、何も仕事が一番という訳ではない。
当然娘が一番だ。
その一番を大事にするために、時には二番を重視せねばならないことだってある。
分かってはいるんだ。
そんななんとも言えない不満のような感情を見透かしたのか、彼女は「大丈夫」と微笑んだ。
「おじさんだって親みたいなもの……ううん、もう一人の親ですもの」
だから、すごく嬉しいの。
屈託のない笑顔で、彼女はそう言った。
そして自分の言葉に恥ずかしくなったのか、少し照れくさそうに頬を掻きながら「ね」と逆に私を励まそうとしていた。
……強い子に育ったな。
彼女の強さに僅かに見え隠れする寂しさから目を瞑り、私は今を祝うことにした。
「それに……」
彼女が指差して言葉を続ける。
その先にあるの私の手……に握られたビデオカメラだ。
そう、両親に頼まれて録画しておいたのだ。
あとでちゃんと両親にも祝ってもらうといい。
「しかし、ちせちゃんも遂に大学を卒業したのかぁ」
私が初めて彼女と出会ったのは、彼女がまだ幼稚園の頃だった。
その時も両親に頼まれて、彼女の世話をすることになったのだ。
確か、お誕生日会を開きたいから、彼女をびっくりさせるために少し預かってくれないか……だったっけな。
私が驚いたよ。
大事な娘をそんな簡単に私に預けて良いのかと。
その時の「だって親友だろう」と言い放ったあいつの顔は今でも忘れない。
それからというもの、何度も何度も私に彼女を預けたり一緒に出掛けたりした。
すっかり彼女も私に懐いて、時には「おじさんじゃなきゃやだ!」と駄々をこねたこともあった。
そんな彼女も大きくなり、小学校を卒業する頃には自立していった。
私の役目は惜しくも終わったんだなと、しみじみと思ったよ。
当時から私は独り身だったので、なんだかとても寂しい気持ちに浸ったのをよく覚えている。
「おじさん、なんだかその言い方……お年寄りみたいですよ?」
意地の悪そうな笑みを浮かべて、彼女は私を覗き込む。
彼女よりは歳を食っていることは間違いないので、否定しきれないのがなんとも悲しい宿命だ。
とは言え、こうして歳を重ねた今でも彼女と他愛のない会話が出来ていることに、私はほっとした。
なにせ彼女とまともに話したのなんて、小学校を卒業した時以来だ。
つい先日卒業式に出てくれと頼まれた時は少ししか話せなかったので、実は少し不安があった。
でもそれも杞憂だったようだ。
それは卒業式を一週間後に迎えた日のことだった。
彼女の両親からも少し聞いていたのだが、彼女が直接私に頼みたいことがあると言って待ち合わせをしていた。
「あ、おじさーん」
広場の向こうからなにやら可愛げな女性が私に手を振りながら駆け寄ってきた。
私が彼女を誰だか分かっていないのが伝わったのか、彼女は突然笑い出した。
「えーっと、お久しぶりです、ちせです」
私は驚いた。
当時と比べて随分と大人びた彼女は、本当に別人のようだった。
名乗られて初めて彼女が"ちせ"であることに気が付いた。
確かに面影はあるが、この人は"ちせ"ではないと言われれば信じてしまいそうな変わり具合だった。
まさかあの子がこんなに綺麗に育つとは。
嬉しいという気持ちもさみしいという気持ちも混じって、やっぱりなんだか嬉しくなった。
「両親からも少し聞いているとは思うのですが、実はおじさんにお願いしたいことがあって……」
私が彼女を認識出来たところで、早速本題に入った。
久しぶりに会ったからか、その口ぶりは少し緊張しているように聞こえる。
かく言う私も彼女との距離をどうすべきか悩ましい。
だが私は彼女の親……みたいなものなのだ。
私が悩んでどうする。
「うん、聞いてるよ……それで、どんなお願いだい?」
彼女をベンチに座らせ、少し間を開けて私も腰かける。
お茶でも買ってこようかと一瞬思ったが、それも遅いかと諦めた。
詳細を尋ねられた彼女は、申し訳ないとでも思っているのか少し躊躇いながら答えてくれた。
「実は来週大学の卒業式があるのですが……「なんだって、そりゃめでたい!」
ぽかんとする彼女。
しまった、つい興奮してしまった。
私はごほんとひとつ咳払いすると、彼女に話の続きを促した。
「えと、それで、その日は両親共に急遽仕事が入ってしまいまして……それでその…おじさんに代わりに出席してもらえないかなぁ…いや、して欲しいなぁと思いまして…」
もじもじとして尻すぼみなその頼みごとを聞いて、今度は私がぽかんとした。
なんだ、そんなことか。
いや、そんなことと言っては失礼だ。
とにかく私には断る理由がなかった。
むしろ自ら出席させてくれと言いたかった。
「勿論構わないさ!むしろこちらから出席させてくれとお願いしたいぐらいだよ」
言った。
これまで小学校はともかく、中高とそういった式典には参加していなかった。
そもそもいつなのか知らなかったし、知らされてもいなかった。
あくまで私は両親の代わりなのだ。
それで正しい。
けれど、こうしていざ出席出来るとなるとやはり嬉しいものが込み上げてきた。
「本当!?良かったぁ……ありがとう、おじさん」
断られることを考えていたからか、緊張で縮こまっていた彼女の表情は一変して、かつての笑顔を私に見せた。
外見は変わっても、やはり"ちせちゃん"は"ちせちゃん"だった。
「こちらこそありがとう、ちせちゃんの卒業式に出られるだなんて嬉しいよ」
偶然にもその日は仕事もなく、何の憂いもない。
既に湧き起こった嬉しさを胸に隠しつつ、私たちは当日の段取りを確認した。
「そうかぁ、ちせちゃんももう大学を卒業か……」
その帰り。
空がすっかり茜色に染まった頃。
私はぼんやりと卒業祝いを何にしようか悩んでいた。
年頃の女の子が欲しがる物など、私にはわからない。
かと言って贈り物は何がいいかと本人に尋ねるのも気まずい。
どうしたものかと頭を振り絞る。
いや、実はもう決まっていた。
打ち合わせをしている時点で、あれを贈ろうと心に決めていたのだ。
他に良いものがないかと、今は悩んでいるだけだ。
でも悩むだけ無駄だなと思った。
やはりあれを贈るのが一番だ。
彼女が一番好きな花。
アルストロメリアを。
卒業証書の入った黒い筒を片手に、彼女は校内を見渡していた。
私もつられて見渡すと、そこかしこで生徒が涙し、喜び、笑い合っている。
「ちせちゃん、いいのかい?」
彼女にも友はいるだろう。
そう思って彼女に行っても構わないよとジェスチャーした。
しかし彼女は首を横に振り、大丈夫とそう言った。
もう十分泣いてきたのだろう。
喜んできたのだろう。
笑い合ってきたのだろう。
そして共に過ごした彼女らは、それぞれの道の上に既に立っている。
だから、大丈夫。
それになにも、今生の別れという訳でもないのだ。
帰ろうか。
彼女は名残惜しそうに校舎を少し見つめた後、こちらを振り返りにっこりと笑って「はい」と答えた。
桜色の風が空を踊る中、私たちは学校の門をくぐることにした。
「そうだ!写真、撮っておこう!」
忘れるところだった。
こんな大事な日に写真を撮らないでどうする。
彼女もそう思ったのか、くすりと笑って同意してくれた。
私は急いで鞄からカメラを取り出すと、どこがいいかときょろきょろと辺りを見渡した。
……うん、あの桜の木にしよう。
「よし、この桜の木をバックに撮ろうか」
こんな立派な桜の木の下で撮ってもらえることが、彼女も大層嬉しいようだ。
しきりに頷いて、早速木の下で筒を構えスタンバイしている。
うん、いい写真が撮れそうだ。
カメラを構える。
彼女の笑顔と桜がどうにもマッチしていて、綺麗だと私は思った。
これは両親もさぞ喜ぶことだろう。
「それじゃあ撮るよー……はい」
チーズ、と言いかけたところでいきなり強い風が私たちを襲った。
突風に驚いた私は思わずシャッターを切ってしまった。
結果画面に映し出されたのは、突風で乱れてしまわないよう髪を抑えて目をぎゅっと閉じた彼女の姿だった。
これはどう見ても失敗だ。
慌てて彼女がこちらに駆け寄ってきて、画面を覗き込もうと躍起になっている。
「お、おじさん、今の撮った?撮ったよね?」
「さあ」とお茶を濁しつつ、折角撮った写真なのでこれはこれでと残しておくことにした。
アルバムに載せるいいネタが出来てなによりだ。
猜疑の眼差しを私に向けながらも、彼女はもう一枚と素直に引き下がってくれた。
無事撮影も終え、あとはもう帰宅するのみとなった。
駐車場に着いても未だに彼女は不機嫌そうな顔だ。
さっきの写真を誤魔化したのがバレているようだ。
このままお姫様の機嫌を損ね続けるのは心も息も苦しい。
「ちせちゃん、改めて卒業おめでとう」
お詫びという訳でもないけれど、私はここで彼女に花を贈ることにした。
私が後部座席のドアを開け、何かをとりだそうとしているのを彼女は不思議そうに見ている。
何かもらえるのかと感づいたのか、不機嫌な表情はどこかへと消えてしまった。
物に釣られるとはまだまだ子供だな。
微笑ましいと思いながら、私は後部座先から目当ての物を取り出し、彼女に差し出した。
実はこの花を入手するのに結構苦労した。
この辺りの花屋では取り扱っておらず、隣町まで車を走らせることとなったのだ。
だがそんなことは別に大したことでも何でもない。
この花を渡すことの方がよっぽど大事なことなのだから。
「わぁ、ありがとうございます……ってこれ…!」
花束を受け取った彼女の表情が嬉しさと驚きでコロコロと変化する。
まさか私がその花を覚えているとは思っていなかったのだろう。
なにせもう何年も前の話だ。
だけど大切な"ちせちゃん"のことだ、忘れるわけがない。
それに……。
「ありがとう…ありがとう、おじさん……覚えていてくれてたんだね……嬉しい…」
目に涙を溜めながら微笑む彼女を見て、私も喜ばしい気持ちに包まれた。
そしてもうひとつ、私は彼女に伝えたいことがあった。
この花を贈るにあたって、重要なこと。
「それから……お誕生日おめでとう、ちせちゃん」
願わくば、彼女に"幸福な日々"が訪れんことを。
その華奢な手に握られた花のように、綺麗で可愛らしく笑った彼女に対して、私はそう祈った。




