A -Another AA from DIT- / D.J.Amuro
「音芸神話 ~The music myth Creation~ / DIT:作」に
掲載されている、
『AA〜「友よ、安らかに眠ってくれ。」〜』
(http://ncode.syosetu.com/n9374cb/37/)
の続編という位置付けです。
諸君は「英雄」と呼ばれる存在を知っているか。
先の戦争の只中で、俺はその「英雄」を見てきた。
俺がこうして諸君らに語ることが出来るのも、その「英雄」おかげだ。
惜しくも戦中に命を落としてしまったが、彼なくして今の平穏は語れまい。
まあしかし、もし「英雄」が生きていたとしたら、奴は「英雄」にはなれなかっただろうがな。
話は戦時中に巻き戻る。
「え?スパイ?」
私は思わずそう聞き返していた。
慌てて口を噤む。
上官に対して聞き返してどうする。
口応えしていると捉えられかねない。
何かしら言われるかと身構えたが、そんな私を見て上官は微笑むばかりだった。
「あぁ、そうだ、我が軍にスパイがいる」
既に潜んでいる部隊も割り出してあるらしい。
なるほど、私にその部隊に赴いてひっ捕らえてこいという訳か。
……きっと殺しても構わんとは言われるだろうが。
出来れば殺さず捕らえたい、その程度だろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、上官はにやけた口元をさらに歪めてようやく私に命令した。
その命令は、私の思惑とは大きく外れたものだった。
夜。
私は草むらの陰に潜んでいる。
敵襲されないよう明かりの類は一切ないが、私の目線の先にあの部隊がいる。
寝静まっているのかどうかまではわからない。
今のところ全員無事なようだ。
じっくり目を凝らしていると、一瞬何かが煌めいたようなそんな感じがした。
私はすぐにそれが何か理解した。
合図だ。
恐らくはさりげなく、仲間…いや敵に気付かせないほどの自然さでそれは送られたのだろう。
部隊はシンとしており、未だ異変は見られない。
私はじっと待つ。
あくまで冷静に。
蒸し暑さが私を不快にさせる。
そしてわずかに汗ばむ人差し指を、そっと引き金にかけた。
銃声。
私はゆっくりと銃を下すと、一息付いた。
部隊の分断に成功。
どうやら負傷者はいないらしい。
出来すぎたぐらいだ。
一人くらい奴らの銃撃に巻き込まれてもおかしくなかった。
そういうギリギリのタイミングを狙ったつもりだった。
まあいい、別に負傷者を出したい訳じゃない。
あとは彼らを追うのみ。
そして事の顛末を私は見届けなければならない。
音を立てないように静かに、けれども素早く私はその場を後にした。
「そうか、よくやった」
上機嫌そうに上官が私を褒める。
正直全く嬉しくない。
彼は非常に優秀な兵士だった。
なのに、私はその兵士を見殺しにしたのだ。
「既に我が国は優勢、このままいけば間違いなく我らの勝利だ」
そうだ。
しかも今回のスパイの件でそれはさらに加速する。
「さて、勝利した我が国の国民は一体何を望むと思うかね?」
答えなんて自分で出ているくせに、私にそう振る。
気持ちの悪い笑みから、ドロドロした何かが溢れてるかのようだ。
私は黙って首を振る。
「英雄だよ、君」
ヒーロー。
勝利の象徴としてはなるほど分かりやすい。
それが彼だと言うのだろうか。
「しかしながら、英雄は生きていてもらっては困る」
『悲劇の英雄』
そう上官は口にする。
国民の同情と畏怖の獲得。
生きていては何故駄目なのか。
その質問を口にするのは憚れたが、それでも意を決して尋ねた。
上官が鼻で笑う。
答えはいとも単純だった。
力の集中。
上層部はそれを恐れたのだ。
帰還されれば、国王からあらゆる権利を与えられることだろう。
それを振りかざして何をしでかすかわからない。
彼は優秀過ぎたのだ。
「それに、英雄は一人で十分なのだよ」
私にはその意味は図りかねたが、ただ「そうですか」と小さく零した。
そうして戦争は我が国の勝利を以てして終わりを告げることとなる。
それはすでに決まっていたことであり、私は特に何の感動も得られなかった。
失われた英雄に国民は泣き、感謝し、敬う。
「英雄」が自らの国によって失われたなど、知る由もなく。
何にせよ私はかの「英雄」を見殺しにしたのだ。
そしてのうのうと生き延びた私は、自らのコードネームの返上を申し出た。
はたしてそれは受理されることはなかった。
今ではもうコードネームなどないが、私にはJの方が合っていたのではないかと、密かに思いながら静かに目を閉じた。




