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音芸神話 - yukito's side story -  作者: 七海 雪兎
第六章 -death added to death-
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vow 1:YUBIKIRI-GENMAN / Mili


ピピピピッ。


目覚まし時計が僕を叩き起こす。

気だるげに体を起こし、カーテンを少し捲ると僕は眩しさに目を細めた。


また、今日が来た。


ここでの暮らしには、やっぱり慣れない。

ふと隣に目を向ける。

当然そこには誰もいない。

ひとつしかない枕は、相変わらず少し湿っている。


……また、干さなきゃね。


当たり前のように自分の温もりしか感じない布団を、丁寧に畳んで部屋の隅へと追いやる。

体に血を通わすようにぐっと伸びをして、溜まった物を吐き出すようにふぅと大きなため息をつく。

ぐずぐずしている時間はない。

遅刻なんてしていられないんだ。

僕は慌てることなく、支度を始めた。






「大丈夫、君なら大丈夫だよ」


そう君が言った。

そうだね、僕なら大丈夫。

こうして立派にやっていけているよ。


でも、どうしてだろうね。

ほんのちょっぴり、悲しい。


かつて君と絡めた小指を見つめる。

いつまでも共に。

そう誓って切った小指。

僅かな風になびく赤い糸は、もう二度とどこかへ繋がることはない。


それが……悲しい?

違う。

そうじゃない。

僕は怖いんだ。

君がどんどん僕からいなくなる、そのことが。

君がいなくても笑える。

そんな日が来ることが、僕はどうしようもなく怖い。


涙を流すたびに、君がそこから零れていく。



さよならは済ませたはずなのに。




君をここに閉じ込めておきたかった。


だから去り際にもう一度。

今度は一人で生きていくために。

僕らは指を切った。






今日も一日が終わろうとしている。

相変わらず仕事に身が入らない。

そろそろ上司の困った顔も見飽きてきた。

どうしたものかと考えながら、いつもと違う道で今日は帰ることにした。

どうせどの道を通っても慣れないのだから、いっそ慣らさない方がいい。

ずっと違和感を感じていないと、君を忘れてしまいそうでどうしようもなかった。


見覚えのない住宅街を歩く。

迷いはないけれど、足取りは重い。

俯いて歩き続けていると、唐突に赤い光が僕を照らした。

僕は顔を上げる。


夕陽が、そこにあった。

しばらく住宅街が続くと思っていただけに、ちょっと驚いた。


こんな所に公園があったのか。


僕は夕陽に引き寄せられるように、公園へと足を踏み入れた。

鉄棒、ブランコ、滑り台。

あまり大きな遊具もなく、こじんまりとして落ち着いた公園だった。

フェンスの向こうは川が流れているらしく、かすかにせせらぎが聞こえる。

その傍に立つ今は緑しかないこの大きな木は、春になるときっと桜色に染まることだろう。

良い場所を見つけたと、僕はベンチに腰かけた。

木の周りは花壇になっていて、色とりどりの植物が生い茂っている。

名前はわからない草花ばかりだけど、綺麗だと僕は思った。


風が草木を撫でる。

戯れるように今度は僕の髪をなびかせ去っていく。




……そろそろ帰ろうかな。


いつまでもここにいたい気持ちを抑え、恥ずかしそうに顔を隠した夕陽から目を背けた。

さっきまでより少し、ほんの少し軽い足取りで、僕は公園を後にする。


その時チラッと目の端に映った一輪の花に、僕は不思議と興味を惹かれた。

何故花壇の外で、しかも一輪だけ咲いているのだろう。

誰かが植えたのか、はたまた種子が偶然ここまで飛ばされたか。


なんとなく、可哀そうだと。

そう、思った。


せめて気付いた自分が、花壇に植え直してやろうと。

柄にもなく考えてしまった。

きっとこの花に自分を重ねてしまったのかもしれない。

あるいは君だろうか。


スコップも何にも持っていないけれど、懸命に土を掘り起こす。

額に汗を浮かべ、袖をまくって。

何をしているんだろうと思う。

でも体は止まってくれない。

何度も何度も土に手を差し伸べる。

幸い固い土ではなかったので、穴はどんどんと広がっていった。


やがて辺りはすっかり暗くなり、近隣から漏れる柔らかな灯りが僕を照らす。

通報されるのではとヒヤヒヤしていたが、どうやら杞憂に終わったようだ。

無事、花を花壇に戻してやることが出来た。

空けてしまった穴も埋め直し、満足感に浸る。


そこで初めて気が付いた。

自分の手が血に染まっていることに。

必死だったせいか、花の棘に気が付いていなかったようだ。

慌てて公衆トイレに駆け込むと、勢いよく蛇口を捻った。


瞬く間に血が流れていく。

出血自体は大したことはなさそうだ。

改めて自分の手を眺める。

どこが切れてしまったのだろうと。


洗い流したおかげで、怪我はすぐに見つかった。

小指の先に、赤い亀裂が走っているのが分かる。

他の指や手のひらも、少し擦れて血が出ている。

帰ったら消毒しなきゃなと考えながら、僕はトイレを出た。


そこで足が止まる。


蛍光灯の灯りに照らされた、自分の影がひとつ。

急に君との何かが切れた気がして、僕は思わず涙を零した。


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