play:Float Under the Calm Knell / Project B-
どこからともなく鐘の音が鳴り響く。
とうの昔に果てたはずの城下町。
しかしこうして鐘の音は鳴る。
毎日のように鳴り響く。
誰の為に。
何の為に。
薄暗い晴れた空。
風が運ぶは終末の塵。
教会の扉をくぐってあらわれた"それ"には、魂がなかった。
もしもまだここに人がいたならば、きっと"それ"を「人形」と呼ぶことだろう。
砂埃を上げながら、人形は教会の扉を閉じた。
「おはよう、――――」
聞こえることのない挨拶に、人形は頭を下げる。
かつてそこにあった笑顔など、人形には残っていない。
それでも人形はにっこりと微笑むと、
「おはようございます」
そう、返した。
騒がしい街並みだった。
活気で溢れていた。
良き王だった。
良き民だった。
素晴らしい国だった。
誰もが笑っていた。
人形も笑っていた。
そんなことも全て、人形には残っていない。
人形は笑う。
そこにいない果物屋の店主目掛けて。
人形は笑う。
何もない鍛冶屋の娘に目掛けて。
人形は笑う。
影すら見当たらない露天商人目掛けて。
人形は笑う。
羽音も聞こえぬ鳥たち目掛けて。
人形は笑う。
それが人形の役割。
その昔、玩具屋は考えました。
争いの絶えないこの街に、どうにか笑顔を咲かせられないか、と。
大人たちは苛立ち、子供たちからは泣き声が絶えない。
王は頭を抱えるばかりで、兵士は疲れ果てている。
貧しきは蹴飛ばされ、一部の金持ちが不機嫌そうに大股で通りを歩く。
誰がこんな街に好き好んで訪れるだろう。
誰がこんな街に好き好んで住みたがるだろう。
だから玩具屋は作りました。
人形と言う存在を。
魂を持たず、思考を持たず、言葉を持たず、感情を持たず、記憶を持たず、命すら持たない。
ただひたすら、にっこりと微笑む。
そんな人形を。
でも人形はすぐに壊されてしまいました。
口も開かずただにこにこしているだけの人形に、人々は苛立ちをぶつけることしか出来なかっ
たのです。
だから玩具屋は作りました。
今度は口が開く人形を。
擬似的な思考を与え、簡易的な言葉を与え、わずかな感情を与え、一時的な記憶を与えました
。
何年も何年もかけて、ようやく完成しました。
「おはようございます」
第一声を聞いた玩具屋は、思わず涙しました。
その言葉を聞いたのは、本当に久しかったのです。
「……あぁ、おはよう、私のかわいい人形さん」
人形をそっと抱き締めると、ちゃんと人形も抱き締め返してくれました。
ひんやりと冷たい体から仄かな温かみが滲んでくるのを、玩具屋は確かに感じました。
それからしばらく、人形はあちこちを歩き回りました。
人を見かければ挨拶し、泣く人あらばそっと抱き締めました。
人形は一人でした。
でも人形を囲む人は一人ではありませんでした。
彼らにはもう苛立ちや悲しみや憎しみなどありません。
人形のようににっこりと微笑んでいました。
玩具屋は成し遂げたのです。
遂に笑顔を咲かせることが出来たのです。
まだまだこの輪は小さいものでしょう。
しかしいずれこの輪は、この街全てを包んでくれると玩具屋は確信しました。
「おはよう、――――」
「あぁ、おはよう、――――」
「――――、今日もいい天気だね」
「よお、――――、体の調子はどうだ?」
「バカだなお前、――――に体の心配してどうすんだよ」
「なあ――――聞いてくれよ、昨日あれからさ……」
「――――!遊ぼうよ!」
「おや、――――、こんにちは」
「おーい、――――!お前のとこのオヤジにこれ届けてくれ」
「――――、これ持っていきな!お代?ははは、そんなもんはいらねぇさ、持ってけ!」
「これはこれは――――、今日もお勤めご苦労様であります」
「おお、――――よ、今日もありがとうな」
「――――」
「――――!」
「――――」
「――――」
…………。
そして壊れました。
人形には何が起こったのか理解できませんでした。
どれだけ揺すっても声を掛けても、玩具屋は目を覚ますことはありませんでした。
人形は首を傾げます。
しかしその頭にはやはり状況を理解することは出来ません。
人形はにっこりと微笑むと、夜明けの鐘を鳴らすべく玩具屋を後にしました。
その後葬儀が行われている時も、人形は絶えず微笑んでいました。
周りが涙するのを見ては、次々に抱き締めて回りました。
人々も人形を抱き締め、亡き玩具屋のことを想いました。
人形には分かりませんでした。
抱き締めても誰も微笑んでくれません。
むしろ余計に涙を零すばかりです。
けれど人形には他の方法なんて知りませんでした。
だからただひたすら抱き締め、抱き締められ返しました。
人形の日常は何も変わりませんでした。
夜明けと共に鐘を鳴らし、店を巡っては挨拶をし、城に向かっては挨拶し、街を練り歩いては
人々と話し込み、時に抱き締め、常に微笑み、日が沈むのに合わせてまた鐘を鳴らし、玩具屋
に帰ってメンテナンスを行いました。
……いえ、変わったことがひとつありました。
人形の一日に、玩具屋がいなくなった。
ただそれだけです。
人形にとって、それは別に大したことではありませんでした。
一人、また一人と人形の一日から消えていっても、それはやはり、大したことではありません
でした。
城の前に人形が立つ。
門は開いたままだが、許可なく入ってはならないと教わっているので、人形は入ることが出来
ない。
いつまで立っても許可をもらえないので、人形は諦め街へと戻った。
いつもと同じ順に店を回り、いつもと同じ回数の挨拶を返す。
誰も人形に話しかけることはなく、人形も立ち話をすることもない。
ただ黙々と街を練り歩くと、いつしか空は赤く染まっていた。
人形は教会へと戻ることにした。
もうすぐ日没だ。
誰も人形を引き止めることはなく、人形も立ち止まる必要はない。
大して時間もかからずに、人形は教会へと辿り着いた。
ゆっくりと扉を開く。
誰も掃除をしないので、砂埃がもうもうと舞う。
人形には関係のないこと。
軋む階段を一定の速度で登る。
人の足では疲れてしまいそうな階段も、人形なら何も問題ない。
これほどの適任者は人形以外にはいないだろう。
息を荒げることもなく鐘の元へと登りついた。
茜に染まる街を見下ろす。
以前ならそろそろ星が落ちる頃合いなのだけれど、もう何年もその風景を見ていない。
でも、人形には関係のないことだ。
日が街の遥か彼方、城壁をも超えた向こうの山に隠れだす。
何とも言えない気分を燻らせながら、人形は勢いよく鐘を鳴らした。
どこまでも、どこまでも、その音が届くように。




