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音芸神話 - yukito's side story -  作者: 七海 雪兎
第五章 -ignorance-
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海神 / 兎々


シャン、と鈴の音が鳴る。

その音で私はそこに女がいるのだと気が付いた。

こんな夜更けにどうしたのだろう。

ここらの住人はみな、既に寝静まっているというのに。

いやしかし、こうして私は起きているが、それは単になんだか寝付けなかっただけだ。

この女もそうなのだろうか。

じっと水平線を眺めている。

私が女を眺めているように。

ただ呆然と。

潮風になびくその髪に、髪飾りがちらりと見える。

なるほど、鈴の音はあの髪飾りから聞こえたのか。


じゃり。


砂を踏む音。

しまった。

女がはっと私をその目に捉える。

シャン、と髪飾りが鳴く。

こちらを振り向く際にふわっと浮かんだその髪が、どうにも美しくて私は思わず喉を鳴らした。

思わず手を差し伸べそうになる衝動を堪え、私はまず謝罪した。


「すまない、驚かせるつもりはなかったんだ」


女は胸に手を当て、警戒するように私を見つめる。

まずったな。

とは言え警戒させずに話しかけるなど、私にはどうせ難しいことだったんだ。

この女と特別何か話したいとか思ったわけでもない。

とりあえず事情だけ話して、私は立ち去るとしよう。

その方が女も安心して海を見ていられるだろう。

そう考えて口を開く。


「あの……良かったら、遊んでくれませんか……?」


瞬間、私の口は再び一文字を刻んだ。

えっと、遊ぶ……?

こんな夜更けに?

どうやら女にも私の疑念が伝わったらしい。

慌てて再度口を開く。


「えっと、その、私、誰かと遊んだことがなくって……」


訂正。

私の疑念は何一つ伝わっていなかった。

私の口は相変わらず動かず、ただ眉を寄せて疑問をアピールするばかり。

そんな私を見て、女はモジモジと落ち着きなさそうに視線を泳がせる。

先ほどまでの警戒はそこにはない。

それも私には不思議で仕方がなかった。

だがとりあえず、私は女が遊びたいと言うその願いに対する答えを口にせねばなるまい。

腕を組む。

口の形は一文字からへの字へと変わり、私は脳みそを回転させる。

相変わらずそわそわしつつも、私の様子を伺っている女。

まず、これだけははっきりさせておきたい。


なんて綺麗な人なんだ。


正直それが第一に私の頭に浮かんだ。

そして私のその第一があるからこそ、私の答えは決まっていた。


「いいでしょう、何をして遊びましょうか?」


どうせこのまま帰ったところで寝付けやしないのだ。

どうせならこの女と遊んで、関わりを残しておきたい。

私の答えを聞いた女は、途端にパァと表情を輝かせる。

そして今度は、女が私の問いに答えた。


「宝探しをしましょう」






そういう訳で、私は女の遊びに付き合うこととなった。

既に宝は隠してあるらしく、それを私に見つけさせようということらしい。

なんだか妙な話ではあるが、この女と過ごせるなら別に気にするほどのことではない。


「それでは場所を移動しますね」


そう言って私の背後に回ったかと思うと、私の目の前に暗闇が落ちた。

どうやらここではない場所に案内してくれるらしい。

見られたら困る場所なのだろうか。

それともこれも遊びの一環なのだろうか。

色々疑問は浮かんだが、なにより気になったのは女の手の冷たさだった。

潮風に当たっていたとは言え、ここまで冷たくなるものだろうか。

まるで今さっきまで水に浸していたかのような、そんな冷たさだ。

冷え性なのかもしれない。

私は自分にそう言い聞かせて、とりあえずは納得しておくことにした。


「さあ、着きましたよ」


視界が淡い光に包まれる。

一抹の寂しさを覚えながらも、私は辺りをぐるりと見渡した。


空が、青い。


不自然な青さだ。

それに頭上で浮かんでいるあの丸いものは、月ではないだろうか。

一体全体どういうことだ。

ここは一体どこなんだ。

混乱。

慌てて女を探す。

事情を説明してもらわねば。

勢いよく左を振り向いたところで、女の姿を確認した。

もし女が消えていたらどうしようかと、本気でビビッてしまった。

女は相変わらず嬉しそうな表情を浮かべ、私と目が合うとにっこりと微笑んだ。


あぁ、これは何も説明してもらえない。


そう悟るのには十分な笑みだった。


「さあ、既に宝探しは始まっていますよ」


そう言って二度三度手を叩く。

至極楽しそうに。

仕方がない。

こうなったからにはやるしかない。

とは言ったものの、辺りには岩や木のようなものしかなく、とてもじゃないが何か隠せそうな場所はない。

とすると足元、砂の中だろうか。

目印もなしに。

考えていても何も進まない。

まずは目についた岩の陰や、木のようなものの付近を探してみよう。

ちらりと女を見ると、にっこりと私に微笑み返してきた。

美しい。

美しいのだが、今はその美しさが少し恐ろしく感じる。

人ならざるモノを、私は女から感じ取っていた。

何者だ、この女。




「どうですか、見付かりそうですか?」


岩や木のようなものの陰をあらかた探した辺りで、女は私に尋ねてきた。

探索範囲も明確でなく、もし砂の中だとするとこれはかなりやっかいだ。

私は黙って首を振る。

せめてヒントがあれば、多少はわかりやすくなるのだろうが。

そう答えると、女は少し考えた後困ったように口を開いた。


「十四番目の文字が水面に映りし時、その心、兎を追いて五行の水を得んとす」


……はい?

何だって?

もしかして今のがヒント?

だとしたら訳がわからない。

そもそもここに水なんてないし、兎もいない。

勿論何かの例えなんだろうが、今のところ私には何も思い浮かばない。

というか不安そうな表情をしているところを見るに、この女も宝とやらの場所がわからないのではないだろうか。

私に代わりに探させて、その宝を我が物にしようという魂胆だろうか。

……それは有り得る。

でないと見ず知らずの私に、遊ぼうなどと話しかけたりはしないだろう。

私がその疑念を口にしようとしたところで、またもや女はそれを遮った。


「見付けた宝は貴方の物です、どうか私を疑わないで」


とても悲しそうな瞳。

本当に、純粋に、ただ遊びたかったのか。

それは私にはわからない。

だが、私はそれでも信じてみようと決めた。

信じて、宝を見付けてやろうと。

例え裏切られたとしても、こうして美しい人と共に時間を過ごせたのだ。

それだけでも役得だろう。


そして私は唸る。

真剣にヒントを解読しようと、脳みそをフル回転させる。

恐らくヒントを解かずとも、虱潰しに探せばいつかは見付かるのだろう。

しかしそれでは「遊んだ」とはとても言えないし、時間もかかりすぎる。

幸い制限時間の類はないが、せめて日が昇るまでには帰りたい。

あの月の位置からして、残り時間は……。


そこではっとする。


もしかして、そういうことか?

いやだがしかし、それだけではヒントの半分も解決していない。

十四番目、水面、心、兎、水……?

ダメだ、繋がらない。

何度も辺りを見回す。

さっきも探した場所を何度も探す。

さっきまでと何か変わったことはないかと、うろうろ、うろうろと。

不安そうに女が見つめてきているが、その視線に返事をやるのが惜しい。

それくらいに没頭している。

その内どんどん巡回ルートが最適化されてきて、同じ岩や木のようなものを見る回数が増える。

そうやって何週もしていると、ふとあることに気が付いた。


私は今、どういう道順で回っていた……?


思い返す。

思い描く。


「あっ……」


この形は……十四番目の文字……?

いやそうじゃないな。

こんな文字は存在しない。

だがこの形には意味があるはず。

私は立ち止まる。

空を見上げると、随分月が傾いていた。

まずいな、じきに日が昇る。

形の意味を考えている暇はなさそうだ。

とりあえずこれは仮定しておいて、進めてみよう。


考える。

仮定が正しければ、残る謎はあと少し。

多分今私が立っているところから、さらに探さないといけない。

それは一体どこへ?




「貴方が立っているそこが、宝の場所なのですか?」


唐突に女が私に尋ねてきた。

いやそうじゃないと答えると、女は私の側に立った。


「でしたら、私も共に考えます。

 貴方の今の考えを、どうか聞かせてください」


何を今更と思ったが、それは口にしないことにした。

女に焦りが見えたからだ。

本当はタイムリミットでもあったのだろうか。

そんな疑問も浮かびはしたが、それは全てが終わってから聞くことにしよう。

私は女に、今の私の考えている仮定を説明した。


「……なるほど、わかりました。

 ……少し考えさせてください、恐らく、ここからは私でないとわからないかもしれません」


それだけ言うと、女は眠るかのように目を閉じた。

私も再び考える。

この場所がキーなのは間違いないと思う。

しかしここからどこへ行けばいい?

東西南北のはっきりしないこの場所では、私が今どこを向いているのかすらわからない。

女でないとわからない、ってそれは宝探しを言い出した者としてはどうかと思ったが、私の仮定あってのことだろうし、あまり言及は出来ない。

女がそう言った以上、私は女の考えがまとまるまで待つしかないのだろうか。


「……わかったかもしれません」


早い。

早いよ。

これから悩んで悩んで、朝日が差し込むのかと想像していたのに、まさかまだ月を拝んでいられるとは。


「貴方の仮定あってのものです、仮定がなければわかりませんでした」


そう言って微笑みつつ、女は歩き出した。

宝のある場所へと。

そして立ち止まる。

先ほどの地点から、そう遠くはない、その場所で。

パッと見ても、ただの砂しかない。

もしここに宝があるとして、どれぐらいの深さに埋まっているだろうか。

もし小さいものが埋まっていたなら、かなりピンポイントで掘らないといけない。


「大丈夫、掘る必要はありません」


静かに目を閉じる女。

手を組み、何かを呟くと、今度は空を見上げた。

そして何かを捧げるように、両の手を空に差し出す。


その手には首飾り。


いつの間にそこにあったのか、私にはわからなかった。

先ほどまで確かに女は何も持っていなかった。

何かを隠すようなものはないし、場所もない。

一体どこから出したんだ?


「おめでとうございます、貴方は見事に宝を見付けてくださいました」


そう言って、女は私の首に宝をかけた。

そっと首飾りを撫でてみる。

これは何の素材だろう。

初めて見る。


「それは、我らの一族に伝わる友好の証。

 どうか大切にしてくださいね。

 ……また、いつか、遊びましょう」


その言葉を最後に、私の前から女は姿を消した。






瞼に浮かぶのは、ただ泡のみ。

そしてゆっくりと目を開けると、私は砂浜に倒れていた。

月は白く輝き、波が私の体を撫でる。

ふらつく頭を抱えながら立ち上がると、シャン、と何かが音を立てた。

音の主を探すと、それはすぐに見つかった。


私の首にかかる、友好の証。


私は覚えている。

女のことを。

悲しそうなその瞳を。

嬉しそうな微笑みを。


私は呟く。


「また、遊ぼうな」


シャン、と首飾りが答えた気がした。


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