表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音芸神話 - yukito's side story -  作者: 七海 雪兎
第五章 -ignorance-
35/69

Fly Above / Sota Fujimori


人はみな、天国に憧れる。

ここは地上。

地獄よりも上にあるというのに、さらに高みを拝みたがる。


何一つとして嫌なことがない。

それはきっと素晴らしいことなんだろう。

全ての願いが叶う。

それはきっと幸福なことなんだろう。


しかしそれは、「嫌なこと」を知らなければ意味がない。

しかしそれは、「願い」を知らなければ意味がない。


初めから嫌なことがなければどうなるだろう。

初めから全ての願いが叶うとしたら、どうなるのだろう。

きっと「何もない」ことが嫌になる。

きっと「叶わない」ものが欲しくなる。


だから人は夢見る。


天国などなくったっていい。

「天国」という夢さえ見れれば、それでいい。






そう言って私は、差し出された彼女の手を握らなかった。

雲のような世界に佇む彼女は、嬉しそうな微笑みを崩すことなくその手を下ろす。

彼女が何者なのか。

私にとっては些細なことだ。

彼女にとっても、私は些細なことだ。

しかし彼女は私を愛す。

いや、私だけではない。

人が全て愛しいのだ。

まるで我が子のように可愛いのだ。


彼女は一人だった。

この国でたった一人だった。

国にはたくさんの人がいるというのに。

誰もが彼女と接触を持たなかった。

彼女だけではない。

国民はみな、一人だった。






私と彼女が出会ったのは、夢の中。

私は彼女の話し相手として呼ばれたらしい。

彼女の「誰かと話したい」という願いを叶えた結果。

無論誰でも良かった。

しかし彼女は意志を持って私を選んだ。

その理由は聞かされていない。

だがなんとなく分かる。

私は彼女と、どこかで会ったことがあるような気がするから。

もしかすると彼女はそれも知っているのかもしれない。

私に尋ねるつもりがあれば、彼女は答えてくれただろうか。

生憎私自身にはそんな記憶はないので、特に尋ねることもしなかったが。


どれほど話していたのかわからない。

話した内容も、そんなに意味のあるものでもない。

ただいたずらに時間が過ぎていくだけだった。

それでも、彼女はずっと嬉しそうに微笑んでいた。

どんなにくだらない話でも、彼女は退屈そうにはしなかった。

私もきっと、終始楽しそうな表情をしていたのだろう。


そして彼女は手を差し出した。

「私と共にここで暮らそう」と。

何一つ嫌なことがない世界で。

ありとあらゆる願いのかなうこの場所で。


彼女には全てお見通しだった。

私がどれほどの悩みを抱えていたのか。

私がどれほどの苦しみを背負っていたのか。

その全てが、この国なら取り除けるのだ。


しかし私は首を横に振った。

どんなに嫌なことがあろうと、私は戦う。

そして勝利してみせる。

嫌なことの先に、素晴らしい景色が待っているから。

どんなに困難な願いであろうと、私は叶える。

私が思いつく限りの最高の形で。

幸福という未来を。

私は自分の世界で、彼女たちの生きる国を再現する。

そう決めたのだ。

自分の「大切な荷物」を他人に預ける訳にはいかない。


彼女には全てお見通しだった。

私がそう答えることも。

私ならそれが実現できることも。

誰でもそれが可能なことも。

だから彼女は微笑みを崩す必要などなかった。

そして彼女の望み通り、私は夢から覚める。




「またね」


そう言い残して。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ