Knell / Project B-
人形に感情などない。
だからワタシは何も思わない。
通り往く人々はワタシが人形だと気付かない。
ワタシには、それは関係のないこと。
右、左。
足を踏み出す。
こうして自分の意志で歩く。
ように見える。
あくまでワタシは操り人形。
誰かの意志によって歩む。
右、左。
いち、に、いち、に。
どう?みんな。
ワタシはちゃんと歩けていますか?
みんなは何も言わない。
ワタシのことすら見ていない。
じゃあワタシは大丈夫なんだね。
何も変なところがないから。
だから誰も反応しない。
ワタシは人形。
そこ行く猫さん。
ワタシは人間に見えますか?
それともちゃんと人形やれてますか?
ワタシの口がパクパク動く。
音は出ない。
だってワタシは人形。
声なんて出たらおかしいものね。
ワタシをちらりとだけ見て、猫さんは再び歩き出す。
尻尾をふりふり。
ワタシも手をふりふり。
空が少しずつ茜色に染まる。
ワタシは変わらずここにいて。
道行く人々に声をかける。
ワタシ、ちゃんと人形やれていますよね。
パクパク動く口を見つめる人並み。
やっぱりそこからは音は出ない。
おかしそうに笑う学生。
嘲るようにほくそ笑むサラリーマン。
あぁ、良かった。
ワタシは人形。
笑われても問題ない。
嬉しいという感情はよくわからない。
だけどきっとこんな感じ。
眉ひとつ動かさすに。
くるくるとその場で踊る。
想像の感情を表現する。
手を何度も叩く人々。
どうでしょう。
人間みたいに踊れていますか?
ワタシは考える。
勿論人形は考えないけど。
それでも多分。
「考える」ってこういうこと。
腕組み頭を傾けへの字に口を曲げる。
お空はもう真っ暗で。
それでもワタシはここにいて。
人形に家なんてない。
ワタシは人形。
もう何日もここにいる。
食事はいらない。
人形は何も食べない。
やがて世界は寝静まる。
ワタシは人形。
だから眠らない。
それでも一応目を閉じる。
寝てるフリだって出来ちゃう。
ワタシは高性能なの。
この時間は誰も通らない。
だからワタシは意識を遮断する。
人形に意識なんてないのかもしれない。
だけれど多分こういうこと。
ワタシの首がかくんと折れる。
朝日と共に目を開ける。
そろそろ人が通る頃。
ワタシは立ち上がり、伸びをする。
まるで寝起きのように。
人間みたいなこと。
私は模倣する。
人形でも学習くらいはする。
そしてまた、ワタシは人間を観察する。
今日はなんだか騒がしい。
青い服来た人がちらほら。
あ、ワタシを見た。
何か黒い箱を口元に寄せて。
そしてワタシに向かってくる。
なんだろう。
胸騒ぎ。
人形に胸騒ぎなんてわからない。
だけど多分きっと、こういうこと。
ワタシは駆け出す。
なんだか青い人に捕まってはいけない気がして。
駆け出そうとして転ぶ。
走るだなんて機能はどうやらないみたい。
ワタシは人形。
歩いてパクパクするだけ。
あとは踊ることぐらい。
青い人が駆け寄ってくる。
ワタシはなんとか立ち上がる。
膝から赤い滴がポタリ。
これはなんだろう?
地面に何か落ちていたのかな?
青い服の人がワタシの腕を掴む。
そして何かをワタシに告げる。
あぁ、ごめんなさい。
ワタシ、電池切れみたい。
視界が揺れる。
自分の足から目を離せない。
頭が下がる。
何も聞こえない。
ワタシが、電池式なのかは、知らない、けども。
けど、多分、きっと、そう、いう、こ、と……。
ワタシ、は…………人形。




